第7話
「ここを拠点とした理由は、ずばり!三つある!」
ルイは「おほん」とわざとらしく息を吐くと、その理由について語りだした。
「まずひとつ、外の環境から隔離された空間だってこと。時が止まってるとはいえ、まったく知らないおっさんの真横で寝たくはないだろ?しかもこの世界には未知の部分が多い。もしかしたら俺たち以外にも動けるやつがいて、そいつらに襲われる可能性だってある。出入口は限られてた方がいい」
ルイはそこまで一息に語ると「実際に俺もこうして陽菜と出会ったわけだしな」と呟いた。
「でもそれだったらホテルじゃなくてもよくない?」
そんな疑問を投げかける。
待ってましたとばかりの笑みを浮かべるルイ。
なんか腹立つな。
「そこでふたつ目。なぁ陽菜、この街ってわりと都会だよな」
「急になに?そりゃまぁまぁ人多いけど…」
「時間が止まったってことはさ、今まで街を管理してたシステムも作動してないってことだろ?ま、光だけはいつも通りだけど」
「うん」小さく頷く。確かにルイはコンビニのドアを無理やりこじ開けていた。
「この街の建物なんてほとんどがオートロックだ。鍵がかけられた状態でシステムが停止、しかもそれを解除する人間も存在しなかったら…」
後は言わなくてもわかるよな?ルイはそんな目をこちらに向けている。
「この時代にこんな街中。鍵もなくいつでも立ち入りできて個室でベッドもあって…そんな都合のいい場所なんて存在しない」
「でも…」
私の疑念はまだ完全には晴れていない。
「その条件だったら別にこのホテルも一緒でしょ?扉はたぶんオートロックだし」
うーんと唸るルイ。
「そこに関しては正直運に助けられたって感じだな。時間が止まったのが夜だろ?だから、その時間に一番出入りが多そうなこういうホテルをしらみつぶしに探してたんだよ。そしたらたまたまここが見つかったってわけ。このタイプのホテルはロビーでどの部屋が使われてるか一発でわかるから探すにしても効率的だしな」
ルイは続ける。
「で、二階の部屋に今まさに入ろうと扉を開けてたカップルがいたからな。順番譲ってもらったんだよ。そのカップルはほら、ロビーの隅に移動させてもらったぜ」
…?
「えー!人動かしたの!?勝手に!?」
突然声をあげた私にルイがビクッと反応する。
「な、急に声出すなよ、てかそりゃそうだろ。ん、なんだ陽菜さんは見られんのが趣味だったか?」
「なっ、違ー!!!そういうことじゃなっ!!」
「じょーだんだって」ニヤけるルイ。
「なんか人に触るなんて抵抗とか、こう、なんかあるじゃん!普通は!!」
「普通は…ねぇ。この世界に慣れるとそんなこと考えもしなかったな」
そう言い放つルイの表情が一瞬だけ曇った。
…ような気がした。
ルイは当然そんな私に気づいた様子もない。
「でもな、運んでると意外に軽い気がしてな。さっき陽菜、時間が止まった人間とか見て剥製みたいって言ってただろ?あれ結構うまく言い表してたと思うんだよなぁ」
ふふん、やっと私のセンスに気づいたか。
…ってそうじゃない。今の私はもうひとつ確認しておくべきことができたのだ。
「なんか…さ」
「ん?」ルイが首をかしげる。
「ルイさ…妙に…」
「おう」
「こういうホテルについて…詳しくない…?」
「は」
「いやだって私たちまだ高校生だよ!?それなのにロビーから部屋がどうとか…私はそんな知識は学校で教えてもらってない!」
「学校で教えてもらう」
おい、真顔で復唱するなよ。
やれやれと肩をすくめるルイ。
「ま、これがガキンチョと大人の差、ってやつだな」
「あれ?こればっかりは私が正しいよね?あん?なんだその勝ち誇った顔は」
…
「はぁはぁ、ふー…」「ぜーぜー、ひぃー…」
肩で息をする二名。取っ組み合いの置き土産だ。
「ふぅ」どうやらルイの息が先に整ったらしい。
「あーやっぱ激しく動くとまだ暑いな…ま、ちょうどいい。この拠点を選んだ最後の理由の説明がしやすくなった」
「はぁ、ふぅ。そ、そういえば、そんな、話も、あった、わ、ね…」
「おいおい大丈夫かよ」
「だ、大丈夫…ふぅーー」
思いっきり深呼吸する。
肺に酸素が充満する。
…
やっと息が整った。
「よし、もう大丈夫そうだな?じゃ、今から最上階まで階段あがるぞー」
ルイが拳を突き上げ言う。
…はい?
「えぇ、い、いやだぁ…」
…
「なんでここ選んだか聞いてきたのは陽菜の方だろ!その最後にして最大の理由を実際に見せてやるって言ってんだよ!」
「か弱いJKにしていい仕打ちじゃないでしょ!なに?毎回階段上らされるの!?無理だよぉー死んじゃうよぉー」
「急にしおらしくなるなよ!安心しろって。拠点は二階だってさっき言っただろ?」
「じゃあなんで最上階だなんて…」
「この城のな、一番の売りを見せてやるってことだよ」
ルイがニヤリと笑う。
こいつ、ここ来てからずっとニヤニヤしてんな。
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