第6話

「ん……」


 寝起き特有のけだるさを感じながらも目を開ける。

 厚めのカーテンの隙間から隣のビルの明かりが針のように差し込んでいる。

 薄暗い部屋に目が徐々に慣れてきた。

「…!?」

 思わず声を上げそうになった。自分の胸元で寝息を立てる男の存在に気づいたからだ。

 とりあえず男と少しの距離を取る。

 不用意に起こすのは良くないと本能が告げている。

 幸いにも?このベッドはふたりで使うには十分すぎるほどに広い。


 寝ぼけ眼をこすりながら現状を整理する。


 たしかコンビニでご飯を食べて、

 食べたらルイが拠点があるから行こうと言い出して、

 それからそこに行って…


「……!?」

 本日二度目の声にならない叫び声。それは、今自分がいる場所に対する世間一般での呼称を思い出したからだ。

 思わず身体を反転させる。

 ぎし…と広さだけが取り柄のベッドが音を立てた。

「んん…なんだよ…」

 男は目を覚ましたらしい。


「お、おはよ…」

 恐る恐る声を出す。気まずい。気まずすぎる。けだるさなんてものはとうの昔に消えてしまった。

「ん、おはよ。っても相変わらず夜のままだけどな…」

 そこまで言ってルイは私の様子に気づいたらしい。

「ん?なにその顔。なんでそんな慌ててんの?まさか陽菜お前…」

 ルイがルイのルイをじっと見ている。


 一瞬の沈黙。


「え、図星?別に俺、そんな意図があってこの拠点に案内したわけじゃないんだけど…」

「えっ、ちが、私、寝ぼけてただけでっ」

 ルイはますます訝しむような顔をする。

「朝からお盛んだな…ま、朝じゃないけど」


「あーーー!!もーーー!!!とりあえず黙れ!!!!!!あと私の話を聞けえええええええ!!!!!」

 絶叫が響き渡る。

 

 広いベッドに厚いカーテン。ベッドの上には不必要なまでの大きな鏡が設置され、決して趣味が良いとはいえない壁紙がそれらを取り囲んでいる。

 ここは夜の城。大人の城。

 いわゆるところの「ラブホテル」であった。


 …

「そう拗ねるなよ…驚いただけだったんだよな?」

 ルイがなだめるように話しかけてくる。

「そんなに気になるんだったら新しい拠点探すか?」

 その(魅力的な?)提案に私は勢いよく首を横に振る。なぜならここが拠点となった理由を理解しているからだ。

 私はこの拠点にたどり着いたときのことを思い返していた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「というわけでここが俺の拠点だ。見つけるのに結構苦労したんだよなぁ」

 ルイが感慨深かげに語る。

 その一方で開いた口が塞がらない私。

「…なんで!?!?」

 “Se Road HOTEL”屋上にでかでかとネオンでそう記されているお城を前に、私は絶句していた。

 元は“Sea Road HOTEL”だったであろうその表示は、”a”のネオンが消えかかることで妙に下品な雰囲気を醸し出している。

「そんなに興奮すんなって。ちゃんと理由があるからさ」

 なぜか得意げな様子のルイ。

「これ聞いたら絶対しょうがないって思えるからさ!」

「はぁ…?」


 とても納得なんてするとは思えないけど。

 その理由次第ではこの男と決別する覚悟を胸に秘め、その理由とやらを聞いてみることにした。

 とても納得なんてするとは思えないけど。

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