第10話

 こうして話せば分かるように、私は過去の醜い記憶、その履歴への嫌悪感がある。それでも私にとって人生はそのようなものだ、という一種の居直りもまた抱いている。彼女、初恋相手の部屋にはたくさんのライトノベルや漫画、ゲームがあったし、私自身もつい最近までそういう部屋の中で暮らしていた。それも徐々に変化して、今では思想書や純文学系小説ばかりで部屋を構成しているが――なんであれ、私が小さな一つの部屋なる場所に抱く想念はあまり変化していない。初恋も、初めての彼女も、何もかもとにかく下手くそにやっては火だるまになるような傷つき方をして、それ以上に相手を傷つけてきたような気がする。しかし、それでも私は生きているし、生きようと思っている。

 ある日、今の私が新宿へ向かう途上の道を歩いていた時。私は目の前を歩いていた女性の後ろ姿に強い既視感を覚えた。私はこの女性を見たことがあるし、それは何か重要な意味を持っていたはずだ、と思う。けれどもそれが何なのかは、結局理解することができなかった。

 その既視感の正体に気がついたのは、帰宅をしてシャワーを終えた後だった。

「あの後ろ姿は、私の初恋相手に似ていたんだ」

 と私は理解した。

 そして次に、私は自嘲した。――何だ、歳を食っても結局お前はまだ、あの初恋を引きずっていて、何なら今でもあの初恋の記憶を、自分が帰る先にあるものだと勝手に美化している。相手も、誰もそんな一連の挿話など覚えちゃいないだろうに。――そう思いはしても、人は記憶を操作することはかなわない。それならばせめて、今覚えている範囲だけでも良いから小説にしてみれば、一つ気持ちの区切りがつくのではないか? という心の声に、私は従った。それが例え、俗人の俗物根性と大差のない、面白みのない凡人の、記憶の美化がなせる技であったとしても。

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部屋 文乃綴 @AkitaModame

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