ep.25 裏切り
「繧、繝溘リ繧、!」
知らない言語を話されたように何を言っているか分からなかったがトルビーの声が耳元でこだました。
と、風に乗ってさらさらと糸のようなものが視界に入ってきた。
数瞬後、それが自分の髪の毛であると理解した。
「繝翫う縺」縺ヲ」
もう一度トルビーの声が聞こえて視界が一瞬暗転したあと、先程までアンバー魔石店の店先にいたはずが、周りを木々に囲まれた静かな場所でトルビーと二人きりになっていた。
「髪、切りたいって言ってたろ?」
そう言われ、首に手を回して髪を触ろうとしたがその手は何に邪魔されるわけでもなく首に触れた。
「次は首だな」
「へ……?」
トルビーの目には光が宿っていない。
冷たい視線をこちらに送っていた。
と、風の刃のようなものが首を目掛けて飛んできた。首を倒して避け、足元のナイフを拾って駆け出す。
……なんで森にナイフなんて落ちてるんだ?
無数に飛んでくる"風刃"を避けていると、トルビーが急に間合いを詰めてきた。その手には俺が拾ったものと同じようなナイフが握られていた。
キンッと音を立ててぶつかるナイフ。
それを押し返すと、トルビーは軽く吹っ飛んだ。
トルビーは着地すると不敵に笑って続けた。
「……急になんでこんなことって顔してるな……信用しちゃだめだろ。吸血種は飼い犬を使って人を殺そうとする種族だ」
「それはあいつが異常だっただけでしょ?」
俺が言うと、トルビーは一瞬焦った表情を浮かべたが、すぐに鼻で笑った。
「人間は騙されてる。僕らは……魔族は殺しを楽しむような種族なんだ。信用させて、それを裏切った時の……」
トルビーの声が震え出す。
「絶望した顔は……最高なんだよ……!」
目をかっと開いてそう言いきったトルビー。
そしてまた間合いを詰めてくる。
トルビーのナイフの軌道に自分のナイフの刃を合わせていく。
「どうした?ずっと受け身で面白くないなぁ〜。もっと向かってこいよ!」
そう言ってトルビーは煽ってくる。
確かにこっちから攻撃する気は無いが、割と防御で手一杯なのである。
「……ねぇ、なんで今なの?」
なんとか攻撃をいなしながら聞いてみる。
一瞬の間が空いてから、トルビーが口を開いた。
「……リンさんのせいにできるからだよ!ライムが渡されたペンダントがヤバいやつだったってことにできるでしょ?ほら僕、頭いいだろ?」
うん、急に語彙力が無くなった。
これは嘘確定だ。
たしか、ツリーハウスにあった本によると、魔界では人間界のように社会が形成されていて、法のようなものもあるらしい。
その法で殺しは重罪とされていると書いてあったはずだ。
ならば、吸血種ないし魔族の多くが殺しに楽しみを見出すほど、殺しに触れることは無いはずだ。
つまりトルビーは嘘をついている。
魔界対策本部という組織がある時点で、魔界の住民である魔族が危険な存在であると言っているようなものだ。俺がツリーハウスの本を読んでいなければ魔族をサイコパスだと思っていてもおかしくなかった。
要するにトルビーはそれを利用して騙そうとしている。
でも、なんでこんな嘘を……?
「おい!考える片手間に僕の相手をするな!」
トルビーの攻撃がいっそう強まった。
それもなんとか避けていると、トルビーがイラついたように口を開いた。
「お前の父さんと母さんはもう殺した!」
「……ふーん、母さん強かった?」
トルビーは俺の反応が予想外だったようで一瞬動揺を見せたが、それを取り繕うように威勢よく言った。
「僕にかかれば楽勝だよっ!」
「そっか。本当に殺したんだったらお前を警備隊に突き出すよ」
「……じゃあ本も燃やしたぞ!」
トルビーからの攻撃は止まらないが、話口調はだんだんヤケになってきている。
「放火だな。行くぞ〜警備隊」
と、トルビーは目に涙を浮かべ出した。
なんでそんなに必死?てか何に必死なんだ?
「……ちびっ!」
「ネタ無くなってるじゃん……」
いつも饒舌なはずのトルビーが、小学生の悪口みたいな語彙力になっている。
と、言葉を絞り出すように唸ると、小学生……もはやちびっ子のようにいじやけた口調で言った。
「童顔!可愛い顔しやがって!」
……トルビーがナイフを持っている方の腕をガシッと掴んだ。
「えっ?」
トルビーが涙目で困惑した表情を浮かべている。
……が、そんなことどうでもいい。
「可愛いって言ったなぁ?!」
◇◆◇
鬼の形相でライムに睨まれ、冷や汗が出た。
咄嗟に自分の腕を掴んでいるライムを振り払い、飛び退いた。
(忘れてた忘れてたぁ!ライムに可愛いは禁句だった!)
そんなことを考えてる間にサクッと間合いを詰められて突きやら斬撃やらが飛んでくる。
……あ、でも結果こうやって攻撃してきてくれてるからいっか。
いやよくない!本気すぎるだろこれぇ?!
狙う箇所が確実に殺しに来ていることを物語っている。
「……ねぇ、ライム?ごめんって、僕が悪かったって」
「……」
さっきまで余裕そうだったじゃん!
喋ってたじゃん!
……上司の命でライムの本気を引き出した訳だが、僕は別に戦闘が得意なほうではない。
どうしよう。このまま押し切られたら、最悪こっちが殺されそうだ。
だいたいなんで僕の上司は、僕にこんなことさせてるんだ?
……ライムは勘が良すぎる。
僕が嘘をついているのを見破っているようだった。
「あ……」
まずい。このナイフの向き、完璧に僕の首を捉えてる。
手で防ぐには間に合わない。魔法もダメだ。一瞬のクールタイムの隙をつかれた。
死を覚悟したその時だった。
パシッと音を立てて、ライムの腕が掴まれた。
掴んだ人物は……
「リルくん……?」
「ごめんね、トルビー。危ないことさせて」
舌っ足らずな幼い声なのに、妙に安心させられた。部下のピンチに駆けつけてくれたのだ。
「トルビー、泣いてる?」
「な、泣いてないっすよぉ。目になんか入りまして……」
ライムはまるで"記憶投影"を一時停止にしたようにピタッと静止している。リルくんの魔法だろう。
「僕、満足だよ。だからほら、とどめ刺しちゃって」
その一言に心臓をぎゅっと掴まれたような感覚になった。
と、リルくんは笑った。
「殺せってことじゃないよ〜。アレだよアレ。今実験中でしょ?」
「あ〜、びっくりしましたよ」
僕がライムから離れたのを確認したリルくんは指をパチンと鳴らした。するとライムが動き出した。
しかしライムが僕に突きつけようとしたナイフは、腕はリルくんに掴まれていて、僕はライムの間合いの外にいる。
「しゅていにょ!」
僕が言う少し前、ライムがリルくんを見て、「兄ちゃん?」と言った気がした。
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