ep.26 喪失

 気付くと俺の右腕は、何者かに掴まれていた。

 その人物は……


「兄ちゃん……?」

 驚きで我に返る。

 しかし兄ちゃんにしては幼いし、人違いだろう。


 そんなことを考えていると、いつの間に自分の間合いの外に出ていたトルビーが口火を切った。 

「しゅていにょ!」

 は……?


 俺に向けられたトルビーの左の手のひらに大きな魔力を感じる。


 "送魔ステイノ"って言ったのかな

 やっぱり嘘じゃなかったのかな。ドッキリじゃなかったのかな。


 てか今噛んでなかったかな……



 いやそんなこと考えてる場合じゃない。


 俺の大きな弱点。

 本気で俺を殺すなら"送魔"を当てるだけで事足りる。


 トルビーにはそれがバレている。

 そんなの、避けられるはずない……!


 覚悟を決めて目をつぶった。


 

「……あれ?」

 数秒後に目を開けると、ペンダントが光っていた。


「おぉ〜マジですげぇ」

 そう言いながら、トルビーはニコニコしている。

「へ?」 


「……うそだよ」

 トルビーはどこか申し訳なさげにそう言うと指をパチンと鳴らした……



 ○●○



「……はっ?!」

 辺りを見回すとここはアンバー魔石店の前だった。さっきまで森にいたような気がするが……


 と、リンさんが「ドッキリ大成功!」と書かれたプラカードを掲げていることに気がついた。


「テッテレー!どうです?そのペンダント!ライムくんの弱点である送魔系の魔法を吸収してくれるんです!」

「……へ、へぇ〜」


 やっぱりドッキリか……!

 俺は今にも座り込みそうなほど安堵していた。


「さっすが〜、僕にもライムは騙せないや」

 ニコニコしながらそう言ったトルビーの目の下に、一筋、赤い線が入っていた。


「……あ、ごめん。俺、本気で……」

「いいよ〜こっちが仕掛けたんだし」

 トルビーはそう言って笑った。



 ちなみにただ1人、ラズリス姉さんだけは話に置いていかれて困惑顔だ。

 何も知らない人からしたら、俺の髪が切られて……って!

「俺の髪切ったでしょ!?」

 トルビーはごめんごめんと笑った。


「でも、切りたいって言ってたろ?不慮の事故で切れたならライムの担任も諦めるよ」

 

 俺の髪が長かったのは別に俺の好みじゃなかった。


 俺が魔力がないことを悩んでいた時に担任がいろいろと解決策を練ってくれたのだが、これもその1つだった。


 手入れされた髪は魔力を高めるという情報をどこかで掴んできて、伸ばすよう言われたのだ。 

 効果はゼロだった……つまり魔力量に変化がなかったので、先生に切っていいかと聞いたらダメだとしつこく言われた。


 さらには姉さんに、迷信だとはっきり言われた。

 

 そろそろ切ってやろうと思っていたところだった。

「まぁ、ありがと……いや、魔法の操作ミスったら首チョンパでしょうが!!」

「だいじょぶ、大丈夫!あれは髪を切る魔法だからね」

「そんなのあるんだ?」

「僕は生ける魔術書だからね」

 トルビーはしたり顔だ。


「調子乗りすぎ……」 

 てかこれは不慮の事故じゃないのでは……?

 というかさっきの俺の腕を掴んでた兄ちゃん似のちびっ子は誰だったんだ?



 と、姉さんが口を開いた。

「……えっと?」

 なにがあったか説明してよ、というような表情の姉さん。


 リンさんはニコッと笑うと、姉さん含め俺たちに説明を始めた。

「ペンダントの性能を感じてもらおうと思って、トルビーくんに"送魔"を頼んだんです。まさか髪を切るなんて、びっくりしましたが……」

「つい悪ノリがすぎました」

 そう言ってトルビーは少し決まりが悪そうにしている。


「いえいえ、わたしから持ちかけたので、トルビーくんがノリノリでちょっと嬉しかったです」

 リンさんがトルビーを許すのはなんか違う気がするが……

 

 リンさんはリンさんで、お父さんのレイザルさん譲りのイタズラっ気があるのかもしれない。



 ところで、トルビーはなんで急にあんなことしてきたんだ?

 てかなんであんな必死だったんだ……?


 それに……

「これでライムくんは弱点無しだね!」

 リンさんのその声で脳内会議から引き戻された。


 トルビーは笑っている。

「一緒に旅する身としてあーんな簡単な弱点があるとヒヤヒヤするし、ありがたいです!」

 そういえば、姉さん達は俺らのやり取りを聞いていたんだろうか。

 リンさんはまだしも、姉さんにトルビーが魔族だと勘づかれる訳には行かないだろうに。


「……リンさんは俺たちのやり取りどこまで聞いてたんですか?」

「やりとり?私がライムくんの気を引いている間にトルビーくんが"送魔"をしたんだよね?」

「我ながら完壁なタイミングだったと思います」

 リンさんに続けて、得意げにトルビーがそう言ったが、なんだか話が合わないような……



 ……いや、そうだったな。


 すべて魔石店の前で起こったことだ。

 リンさんと喋っていたらトルビーが"送魔ステイノ"を唱えた。

 するとペンダントが淡く輝いた。



 そう。トルビーと、件の少年リルを除いて、森の中で起こった出来事は忘れていたのだ。



 忘れているわけだから……


「ありがとうございました!」

 リンさんの元気な声に見送られ、俺たち3人はアンバー魔石店を後にした。


 さて、帰ったら勉強しなくては。

 とりあえず校外調査許可を取らなければ旅に出られない。



 寮の部屋に着き、椅子に座り、机の上の髪紐をとり、髪を結んだ。

 

 ……ん?

 手の上で固結びになった青い髪紐を見つめる。


 トルビーのか?これ。なんで俺が髪紐なんて持ってるんだろ……

 トルビーは今お風呂だし明日返そう。


 さて、気を取り直して。

 俺は教科書を開き、勉強を始めた。



 2人とも気づくことは無かったが、その日の夜、寮の部屋を覗く人影があった。

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