ep.16 所属

 呪文を唱えると一瞬体が浮き、図書館の入口に戻ってきた。重い扉を開け、外に出るとトルビーがいた。


「用は済んだの?」

「うん」

 いつの間にツノと羽は無くなっている。


「姉さんは?」

「先に帰ったみたい」


 ここからはラズリス姉さんとは別行動だ。そういえば魔導書のことは話すべきなのだろうか。


 俺たちはどちらからともなく歩き出し、宿へ向かった。トルビーはなんだか暗い顔をしていた。

「どうした?」

 俺が聞くと、トルビーは小さな声で返答した。

「怖くないの?」


 その数秒後、震えた声でトルビーは言った。

「僕のこと……」

「……」


 種族を偽るのは重罪だ。

 今でこそ平和に暮らしているヒト族と魔族だが、遠い昔は対立していたらしい。


 ヒト族は基本的に、魔族よりも魔力が少ない。そして魔族の方が魔法の扱いが上手い傾向にある。それに魔族の特権、無詠唱は奇襲に持ってこいだ。


 種族をヒト族と偽るのは、何か企んでいると見なされるのだ。


 つまり、トルビーは何かよからぬ事を計画しているのかもしれない。


 トルビーは俺がそう思うと考えた。

 だからあんなことを聞いたのだろう。



 ……俺はトルビーの肩に手を回した。

「怖い訳ないでしょ。ずっと一緒じゃんかっ」


 トルビーが安心したようにアハッと笑った。

「……良かったー、ライムと友達で!」

 一緒に過ごしていれば分かる。

 トルビーが、そんなことを企むわけが無い。


「まぁ、さすがに気付いた時はびっくりしたけどね……」


「いつ気付いたの?」

「多分……遅刻してった日」

「最近じゃんか……」

 呆れたようにトルビーが言うので、コハクの件を話した。


「それでトルビーに会った時、なんか魔力が似てるって思って……」

 トルビーからはふーん、と生返事が帰ってきた。


「あ、そういえば、日光とか平気なの?」

 トルビーは日中だって普通だし、この前ペペロンチーノを食べていた。


「僕、ちょっと特殊体質なんだよね。吸血種の弱点がないんだ」

「へぇ〜」

「まぁ副作用というか、そういうのもあるけど」

「それはそれで大変そう」

「ま、そんな大変なもんじゃないよ」


 そう言ったトルビーだか、どこか悲しげな顔をしていた気がした。


 そんなこんなで宿に着いた。


 その後はいつも通り。トルビーは夕飯の後、出かけると言って家を出た。なかなか帰って来なかったので先に寝てしまった。



 △▼△


 次の日、トルビーと学校へ向かっているとラズリス姉さんと会った。そのときに今日の昼休みに面談室に来てと言われた。


 言われた通りにトルビーとともに面談室に向かった。面談室は高等部のエリアにあるので少し緊張する。ドアをノックすると中から姉さんの声がした。

「入って〜」

 

 言われた通り面談室に入ると姉さんしかいなかった。

「昨日私が帰されてから本部長と何を話したの?」

「えっとですね?……」

 もちろん俺の魔導書が偽物だったことと、トルビーが魔族だったことは話さなかった。



「へぇ〜、旅にかぁ……いいなぁ、楽しそうで」

 そう言って笑ったと思うと、姉さんはニヤリと口角を歪めた。

「で、本当は?」


 嘘は付いていないのだが、確かに姉さんを退室させるほどのことじゃない。

 返しに困っているとトルビーが口を開いた。

「ラズさん耳貸してください」

「え、うん……」


「おすすめされた場所の中に……」

 そう前置きをすると、トルビーは口に手を添えて続けた。


「はあ?!本部長は何考えてんだっ!」

「ま、ラズさんに知られたらその反応になるから居てもらいたくなかったんでしょうね」

 そう言って笑いながら俺の方に戻ってきたトルビー。


「……何言ったの?」

 俺が聞くとトルビーはウインクした。

「ひみつだよ。言ったのは嘘だけどね」

 

 まったく、ほんとに息をするように嘘をつきやがる……


 宿題をやってこなかった時も魔力を当てると浮き上がるインクを調合したけど竜の魔力に設定しちゃって誰も読めなくなっただとか言って、マイナスどころか先生からの評価をあげていたっけ。


 俺はこれも嘘だと思うんだけどなぁ……



 と、姉さんがため息をひとつついた。 

「まぁ、武運を祈るよ……」

 ほんと何言ったんだよ……


 姉さんは頬杖をつくと、さらに続けた。

「本部長の命令って、一回言われて承諾しちゃうと周りに何を言われてもやり遂げなきゃって思わない?」


「ただラズさんがお人好しなだけですよ」

 トルビーがなんだか呆れたように言うと、姉さんは頬を膨らませた。

「なんかトゲトゲしてる……」

 

「まあ仮に止められようが職務は全うしますが」

「なんかトルビーって時々おませさんだよね」

 その言葉にトルビーの饒舌っぷりが失速した。

 急に青い顔をしている。


「あ、覚えた言葉を使いたくなっちゃう時期か……思春期だねぇ……」

 姉さんは1人で納得している。


「ふぅ……」

 安心した様子のトルビーに意地悪したくなって耳打ちする。

 

「身体的には12歳でも中身はおじさんだもんね?」

「おじさんは言い過ぎっ!」

「最近俺のこと蚊帳の外にしたお返しだよ」


 姉さんとのコソ練といい、昨日の本部長とのやりとりといい、何かと隠し事をされている。

「ごめんて」

 そう言ってトルビーは曖昧に笑った。



 と、カーン カーンと授業開始5分前の予鈴がなった。

「あ!ここから初等部の教室まで走っても5分はかかるから急いで!ごめん、授業遅れたら私のせいにしてもいいから!」

 そう言って姉さんは俺たちを面談室から追い出すと手を振っていた。


「リゴロ……ん!」

 "颯"を唱えようとした俺はトルビーに口を塞がれた。


「抜け駆けは許さん。てかこんなとこで"颯"なんてしたら衝突事故起こすよ?」

「確かに……」




 カーン カーン

「「ごめんなさいっ!」」


 授業開始のチャイムと同時に入室した俺たちにクラスのみんなの視線が集まる。もちろん先生の視線もだ。


 ちなみに先生は担任のテケン先生ではなく、理科のノエル先生だ。

 若い女性の先生で、白衣を羽織っている。前髪を赤いピン留めでとめていて、うちのクラスでも姉さんのクラスでも人気のかわいい系美人先生だ。


 ノエル先生は席につくよう促してからこう言った。


「ラズリスのせいみたいですね。全く、入ったばっかりの2人を連れ回した挙句遅刻させて。後で言っておきます」

「なんで、わかったんです……?」

 息を切らしながらトルビーが聞く。


「ラズリスに背中を押されましたね。それです」


「「……?」」

 俺たちは顔を見合ってから席についた。


 ……ふぅ。

 息を整えていると隣の席の女の子に手招きされ、ひそひそ声でこっそり怖いことを教えられた。


「ノエル先生、今みたいにちょっとの魔力を感知するのが上手いの。背中にラズリス?って人の魔力が残ってたんだよ。でもいつもは人までは分からないみたいだから、ラズリスって人と関わりがあるのかなぁ。ちなみに、遅刻すると森に隠れさせた、先生の相棒のうさちゃんを探す地獄のペナルティがあるって噂だよ」

「そんなに地獄なの?」


 すると聞かれていたのかノエル先生が言う。 

「気になるならやってみましょうか。放課後に南の森に来てください。トルビーさんもです」

 女の子に私が言ったからだと謝られたが、興味もあったので気にしなかった。




 放課後、俺とトルビーは言われた通り、南の森に行った。


「よく来ましたね」


 そう言って先生はルールを説明し始めた。

 と言っても単純なもので、あの子が言った通り、先生の使い魔のうさぎを見つけて捕まえるというものだった。


「そしてその子が私のイニーちゃんです」

 先生はトルビーの足元を手差した。

「うわ!?」

 

 そこには茶色いぶち模様のうさぎがいた。

 2本のツノがあること以外は普通だ。片方は折れてしまっている。


 と、トルビーが目を丸くした。

「魔うさぎじゃないですか。どこで?」


「もちろん魔界で」

 そう言って笑う先生に、トルビーは少し引いていた。


 先生はその様子を見て、少ししょげたような顔をした。

「『よまニン』ネタはウケないですか……」


 『よまニン』ってなんだっけ。

 クラスで聞いたことがあるようなないような……


 そんなことを考えていると先生が手を叩いた。

「……気を取り直して、始めますよ」

 先生がそう言った時にはいつの間にかイニーちゃんは消えていた。



「タイムリミットは日没まで。範囲は森の中。では、はじめ!」


 俺たちはその合図で森へ駆け出した。

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