ep.17 イニー

「では、はじめ!」

 ノエル先生の声で俺たちは森に入る。



「あの魔うさぎ、相当魔力が少なかった。生半可な探知じゃ引っかからんな……」

 歩きながら、トルビーが頭を悩ませている。


「一旦手分けしよう」

 俺の提案にトルビーも乗ってくる。

 と、それなら、と言って紙切れを渡してきた。


「これ僕の"念話"番号。進展があったらかけて」


 じゃ、と言って走っていくトルビー。紙切れには11桁の数字が書いてあった。

  

 "念話レパシー"

 離れた相手と魔力を送り合って会話する、心理属性魔法。魔力で相手を指定して言葉を送る。相手が応じると話が出来る。


 "念話"には管理センターがあり、初回登録時に一人一つ11桁の数字を割り振られる。

 トルビーに渡されたのはその"念話"番号だ。番号を思い浮かべながら使うと"念話"がその人にかかる。



 

 とりあえずイニーちゃんを探してみよう。


 

 ……まあまあ歩き回ったが足跡すら見つからない。どうしようか。

 

 パッと思い出してバックから1冊の本を取り出す

 無詠唱や呪言が載っている魔術書だ。使える魔法を探そうと魔術書をペラペラめくる。

 

 ……あ、これいいかも。


 "香炉"

 嗅いだことのある香りを生み出す魔法。


 魔うさぎが好きな香りが分かれば誘き出せるかもしれない。トルビーに聞いてみよう。



「"念話レパシー"」

 俺が唱えるとトルビーの声がした。


「もしもし……あぁ、待って!」

「もしかして見つけたの?」

 しかし俺への返答はなかった。


 数秒後……

「うわっ!……いってて」

 そうトルビーの声がした。


「大丈夫?」

「うん、今イニーさんが居たんだけど逃げられた。かなり素早い。見つけても捕まえられないかも」

 どうやって見つけたか気になるところだが時間もない、自分の作戦を話した。



「……いいかも。魔うさぎなら、こっちで言うニンジンみたいな植物が好きなんだけど」

「俺嗅いだことないよその植物の匂い……じゃあ、術式教えるからやってみて。合流するね」

「了解」


 俺は念話を切ってトルビーの魔力を目印に合流した。



「日、暮れてきたなぁ」

 ため息をつきながらそう言うトルビーに同意した。

 

 全くと言っていいほどイニーちゃんは現れない。待ち伏せしている間、使えそうな魔法を探したが特に見つからなかった。



「……あ!トルビー、個性魔法は?」

「忘れたの?"擬態"だけど……あぁ!」


「「先生に擬態すれば!」」

 同じことを思いついたようだ。



 トルビーがくるっと一回転するとノエル先生そっくりになった。赤い目以外は完璧と言っていいだろう。

「どうかな」

「声まで似るんだ。すご……」

「ふっふーん」

 その声で中身がトルビーだと違和感がすごい。



「とりあえず呼んでみる」

 トルビーの指示で俺は茂みに隠れ、気配を消す。


「イニーちゃーん。かくれんぼは終わりです、戻ってきてくださーい」


 トルビーがそう言うとプゥプゥと高い声が聞こえてイニーちゃんが現れた。


 トルビーは地面に膝をつき、手招きをする。するとイニーちゃんがトルビーのひざにぴょんと乗った。


 そのままイニーちゃんを抱え、トルビーがこっちに歩いてくる。

 

 木で一瞬トルビーが見えなくなったと思えば、いつもの姿に戻っていた。


「よし、先生のところに戻ろう」

「さすが。口調まで寄せられるんだ……」

「これは僕の観察の賜物ですぅ」

 トルビーは鼻を高くしている。それはそれですごいな。


 俺はノエル先生の元に帰ろうと、右に歩き出す。


「どこ行くの?先生がいたのはこっち」

 トルビーは置いてくよと言いながら俺と逆方向に歩き出した。


 また方向音痴を発動させてしまったようだ。



 △▼△


 先生が見えてきた頃、日はすっかり落ちていた。先生は俺を見て言った。

「おかえりなさい。時間切れですね」

「いいや?」

 そう言ってトルビーが俺の後ろからでてくる。

 その腕にはイニーちゃんが抱えられている。


 トルビーは優しく地面に下ろし、手をパンと叩いた。するとイニーちゃんは先生のところへ走っていく。


「イニーちゃん!すごい……見つけたんですか?!」

 いやいや自分でやれと言っておいてできないと思ってたのかよ。


「今まで成功した生徒はいなかったんです!この後に魔力探知を教えてペナルティは終了という手筈なんですが、君たちには要らないのかも……」

「教えてください!」

 魔力探知はよく知らない。それに先生は飛び抜けて上手いみたいだ。教えてもらう他ない。


「僕ら、探知で見つけた訳じゃなくて……」

 トルビーが話し始める。


 その間俺はすっかり警戒心の解けたイニーちゃんを撫でていた。




「……ふたりとも素晴らしい発想力ですね」

 そう言いながら先生はトルビーの肩をぽんと叩くと続けた。


「ライムくんには魔力探知を教えましょう。トルビーくんは帰ってもらっても大丈夫ですよ」

 トルビーはじゃあお先〜と言って街に帰って行った。



「さてと……始めましょう。実はきみたちの様子をイニーちゃんが見ていたんですよ」

 先生がそう言うとイニーちゃんがおもむろに後ろ足で立ち上がった。


「キミら、鈍感ですね。ボク、ずっと近くにいたのにです」

「しゃべった?!」


 イニーちゃんはやれやれといった様子で続けた。

「そりゃ喋るですね。ボクは魔うさぎだからですね」

 喋り方変わってる……


「喋り方変わってるって思ったですね?この言語喋りにくいですからね」

 読まれた……?


「心読んでないですね。みーんな同じこと思うです」


 俺が唖然としてると先生が口を開いた。

「困ってるよ。その辺で」


 イニーちゃん……いや、イニーさんは「はぁい」と不服そうに返事をして話し始めた。


「まず、ライム。君はトルビーの魔力を目印にして彼と合流したですね?……」



 全ての生物、物質は魔力を持つ。

 一般に無生物は魔力が少ない傾向にあり、植物、動物と魔力量が増えていく。


 例えば森で道に迷ったなら、木々の持つ魔力量よりも魔力量が多い箇所を探せば人に出会えるかもしれない。

 まぁ熊の可能性もあるが。


 と、ここまでは俺も知っていたし、トルビーと合流する時にもこの方法を使った。



「ちなみに、ボクが見つからなかった理由、分かるですか?」

「う〜ん、魔力量が少ないから?」


 トルビーも言っていたし、イニーさんの周りは魔力が少ない。

 

「惜しいですね。正解は森の木々とほとんど同じ魔力量だから、です!」

 なるほど……?

 

 イニーさんは「ピンと来ないです?」と言って続ける。


「森の木々とほとんど同じ魔力量だから、ボクが動こうが風が吹いたのと同じような魔力の動きをするです。君が今やっている方法だと周りとの差でしか魔力を探知できないです」

「今やっている方法?」


 イニーさんはニヤッとすると軽々と俺の肩に乗ってきて小さな声で言った。

「そうです。君、彼の秘密は知っているんです?」

 トルビーが帰っていった方を見ている。


「……トルビーが吸血種ってこと?」

 イニーさんはひょいっと地面におりて頷く。

「君には分かるんです?魔力の違いが」

「……なんとなくなら」

 やるですねと言ってイニーさんは続ける。



 魔力を見分ける方法は量だけではない。質を見る。魔力探知を極めれば相手を見なくとも眼の色や身長までわかってしまうという。


「声もわかるんですか?」

「わかるですよ。さっき彼がやってたです」

 イニーさんはトルビーがやったのが魔力探知だと思っているようだ。さっきのは"擬態"だけどね。


「彼のは少し精密すぎるです。魔力まで似ていたです。だからてっきりノエルかと思って近寄っちゃったです」

 イニーさんは両手で顔を覆っている。かわいい。


「それは置いといて、なんか違うって分かるならライムは素質があるです」

 そう言ってイニーさんは「質の魔力探知」を教えてくれた。



「……まぁすぐには無理です。地道にサンプルを増やすことです」


 色々な魔力を見ることで「この動物はこういう魔力」というように一般化ができれば探知を極められると言う。

 そうすればうっかり熊に助けを求めてしまうこともないだろう。



「さて、課外は終わりです。頑張るですよ。ここだけの話、みんなには質の探知なんて教えないです。ご主人にもできないですよ」


 ノエル先生も?


 でも……

「先生、俺の知り合いの魔力を言い当ててましたけど……」

「それはボクがやったです。使い魔のこと、なんにも知らんですね?なら、やってみるです!」


 そう言ってイニーさんは俺の胸に飛びついてきた。

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