第3話 炎と水
【第三話】 炎と水
トラムに乗りながら真坂の地理についてレクチャーを受けること20分、私の新居が所在する黒羽駅前に到着した。エリナは私にバイバイ、とだけ言うとすぐに折り返しのトラムで寮のある東区方面へと帰っていった。エリナ曰く、市内の学生はトラムがタダらしい。とりあえず疲れたので、家のほうへと向かうことにした。もうすっかり日が落ちている。
停留所からまっすぐ歩いて5分、ブラウンカラーの新居はそこにあった。暖色系のライトが疲れた私を優しく癒してくれた。指定の208号室へ入るとすでに届いてあった荷物が段ボール状態できれいに置いてあったので、業者さんありがとう、と心の中で唱えつつ疲れた体は既設のベットへと引き込まれていった。
唸り声が響き、驚いた私が目を覚ますとこの間見た景色がそこに広がっていた。巨大な怪物のようなものと、数名人の姿が確認できたが距離が離れすぎていてわからない。思わず目の前に落ちていた石を拾おうとすると、手が石を通り抜け気が付けば地面に接触していた。あぁ、これ夢だ。こんな夢見るなんて疲れてるな、自分。その後、またしても世界が暗くなっていき、気が付けばもう朝であった。
そうだ、朝ごはん作らなきゃ。と思ったものの食材がない。ましてや荷ほどきも終わってない。仕方がないので駅前のコンビニ「イレギュラーナカジマ」で焼き立てのパン3点とペットボトルタイプの無糖紅茶を購入して家へ戻った。買った商品を食べ終わってから荷ほどきが残っていたことを思い出し軽く絶望。仕方なく、エリナに頼ろうと電話した。
―ごめん!荷ほどき手伝ってくれない!?何でもするから!―
―今何でもするって言った?―
―いや、気のせい―
―申し訳ないけど、今日は予定入っちゃっていて。代わりの人呼ぼうか?―
―知らない人はちょっと―
―大丈夫だよ。フレンドリーだし、面倒見のいい先輩だから。あ、もう時間だから切るよ~。また学校で~。―
切られた。いったい誰が来るのか、女子校育ちのエリナだから女子が来るのは確定だとして。変な人はやだなぁ。ま、エリナの知り合いだし、大丈夫でしょ。
数十分後、ドアノックをしたその人物は…初手から変人であった。まずドアノックがうるさい。
「開けんかーい!」
さすがに近所迷惑なので急いでドアを開け、綺麗な赤髪ロングのその人物を中に入れる。
「君がエリナのお友達ちゃんか?」
「は、はい」
「あ、うちか。うちは彼方学園3年。新魔道部部長の堀川円珠や。よろしゅう」
その綺麗な見た目、上品な王田(おうだ)弁のイントネーションとは反対に、言動は最悪であった。荷物を解くためにカッターを持ってくると、「いらん」と吐き捨てて素手で段ボールをこじ開け、中にあった食器類を盛大に床にぶちまけた。いくつかは割れていた。「ちょっと休憩させてや」という発言を一時間に20回は聞いた。さらには持ってきたペットボトルのホット飲料が冷めたからと、レンジでチンして見事破裂した。
さすがに我慢の限界だったので、円珠先輩には出て行ってもらうことにした。
「ちょっとお使い頼んでもよろしいでしょうか?」
すると、円珠先輩は寂しそうな顔でこちらをじっと見つめる。
「うち・・・迷惑やった?ホンマごめんな」
そんな言い方をされると反応に困る。心が痛みそうだったので買い出しはキャンセルすることにした。
「後で行きましょっか。これ片付けてからでも間に合いますし」
「ホンマ⁉これはよ終わらせて二人で買い出し行こか!」
さっきまでの寂し気な表情はどこへやら、すっかり楽しそうな元の顔に戻っていた。
「じゃ、いっちょやりましょか」
その数分後、円珠先輩が組み立て完了間近の本棚を倒してやり直しする羽目になった。さらにベランダに出てゴミ袋を振り回し、大量のカラスを呼びつける騒ぎを起こしたので問答無用で追い出した。エリナには申し訳ないけど、あの人とは関わるだけ危険だ。円珠先輩の失態の尻拭いを終え、明日の支度を終えた後、私はベッドの中に潜り込んでいった。
家のある黒羽駅から洛鉄電車で2駅5分のところに、彼方学園前駅は所在する。文字通り、駅を出てすぐに校門と5階建ての校舎が聳え立つ。真坂市内有数のマジア能力者が在籍する私立彼方学園。それが私の通う高校だ。トラムでも移動できるが、登下校時間は非常に混むため、定期券は比較的空いている洛鉄電車で購入した。
駅前でエリナと待ち合わせ、門を潜り抜けて下足室へと入っていった。私は2年3組だそうで、エリナと同じクラスであった。チャイムが鳴るや、全生徒廊下に並んで体育館へと向かい始業式が始まった。
理事長と校長の長いスピーチを終えて、生徒会長の新学期挨拶が始まった。
「生徒並びに教職員のみなさん、おはようございます。生徒会執行部会長、3年の岡崎雫(だ)理(り)亜(あ)です。新学期が始まり、新たに転入された方を含めわが校は926名の生徒が在籍しております。今後ともこの926名が快適に学生生活を送れるよう生徒会をはじめ本校一丸となって取り組みを進めてまいります・・・。」
そう演説する雫理亜先輩はまるで天使のように美しく見えた。水色のウルフカットに冷静な感情をこちらへ伝える釣り目‥。美しい・・・。抱きた・・。
「来夢、吐息うるさい」
エリナに突っ込まれた瞬間、我に返った。あ、危ない。
「そーいや、円珠先輩どうだった?なんかあの後ちょっと拗ねてたけど」
「いや、あまりにも悲惨だったから追い返しただけだよ・・・」
「何があったの!?」
エリナの声が思ったよりうるさく近くを通った理事長に注意された。その刹那、雫理亜先輩と目が合った。いや、合った気がした。気のせいかもしれない、と思いつつその後の演説はまじめに聞いた。
放課後、新入部員歓迎会があるとエリナが一足早く教室を飛び出し、自分もそれにならって部活探しをしに、教室を飛び出した。校舎の東棟と西棟、中央棟に囲まれた場所に位置する園庭には多くの部活が新入部員獲得に奔走していた。2年は少ないが、私のように転入生らしき子たちが部活探しを行っている。園庭をすこし見て回っていると、円珠先輩の新魔道部が1年生二人を勧誘、獲得していた。どうやって脅したんだろ・・・。
とりあえず、無視してお目当ての本家・魔道部へやってきた。憧れの雫理亜先輩が在籍しているのが決め手だが、同時にエリナを危険人物扱いした犯人に一言いうためだ。
魔道部のコーナー前に立つや、雫理亜先輩が声をかけてきた。
「やぁ、いらっしゃい。君は、エリナ君と喋っていた…」
「宇多野来夢です!今年洛都から転入してきました!」
「そうか、道理で僕も知らないわけだ。それで、入部希望?だよね」
その質問に、はいと答える。すると雫理亜先輩は
「うちの部活は部長が入部可能か不可か判断するから。ちょっと待ってて」
そう言うと、雫理亜先輩は園庭の奥で読書していた人を連れてきた。
「あれ、雫理亜先輩は部長じゃないんですか?」
「あぁ、生徒会で忙しいし。何より僕は戦闘向きだ。一方彼女のもつマジアは組織運営の上で有用なものだ。だから、彼女が部長。」
なるほど、と理解すると同時に部長が話しかけてきた。
「はじめまして、私は3年の三条李(すもも)です。貴方が来夢さん、ね」
そう挨拶を終えると、彼女は私の手のひらを触って、終わったかと思うとこう言い放った。
「あなた、危険ね。入部は認められないわ。」
告げられた言葉を理解するのに時間がかかった。そしてある程度理解をしたところでこう切り出した。
「李先輩。危険ってなんですか?去年エリナを入部拒否した際も、おそらく貴女が言ったんですよね?貴女がマジアで判断しているならあまりにもポンコツじゃないですか⁉」
私はなおも続けた。
「エリナも、私も何も危険なところなんてありませんよ!私なんてただの瞬間移動だし!」
声が大きかったのか、やじ馬が集まり始めた。円珠先輩もこちらに来てしまった。
雫理亜先輩が騒ぎを抑えようとする。
「諸君!誠意ある淑女は今すぐこの場を離れたまえ!これは我々と来夢君との個人的な問題だからな!」
「すみません、少し声を大きくしてしまって。」
「構わないさ。言いたいことはハッキリと言ったっていい。だが、李がそう判断した以上入部は認められない。申し訳ないが。」
雫理亜先輩が放ったその言葉に愕然とする私。見かねたのか黙ってみていた円珠先輩が割り込んできた。
「雫理亜!どういうことやねん!」
「円珠。誠意ある淑女は離れろと言ったはずだが」
「残念ながらうちには、誠意もへったくれもないんや!」
昨日の詫び一つ入れずこの物言いである。相変わらずである。
「でしたら力づくで排除するまでですね。どうしてもというならですが」
「入って早々わけわからん事言われて傷ついてる子がおるんやぞ!見てられへんわ!」
「そうですか…。では排除しましょう。治安維持のため、生徒会長岡崎雫理亜、参ります!」
そう言いだすと、雫理亜先輩は腕をゆっくりと下ろし、あたりを見渡してから円珠先輩にアタックを仕掛ける。円珠先輩はすかさずそれをかわし、体を反転させてカウンターを始める。肘鉄で的確に相手の腹、顎、背中、とコンボを決めていく。そして彼女は雫理亜先輩から間をとってからまっすぐと体当たりするかの如く走り出し、自身のマジアの名前を叫んだ。
「フィアンマ―放炎―!」
次の瞬間、円珠先輩が走った道の両脇に炎がついており、雫理亜先輩に向かうようにその炎は走っていった。ここで雫理亜先輩は炎に突撃し、炎とすんでの所で飛び上がった。雫理亜先輩はすこしも顔色を変えない。
「やはりそう来ましたか。しかし、当たらなければ意味がないですよ!」
そう言い放った瞬間、雫理亜先輩は少し目を閉じてから開眼し、マジア発動した。
「インマジェレ―水没―」
激しい爆音が園庭を覆い、気が付くと雫理亜先輩の足元から巨大な渦潮が現れていた。やがて渦潮は成長を続け逃れる術を失った円珠先輩を飲み込んでいった。溺れた犬のように抗っているがもう勝ち目はない。徐々に声が遠くなっていった円珠先輩はやがて力尽き、瞬時に決着がついた。
あまりに一瞬の出来事にあっけにとられていると、雫理亜先輩が近づいてきた。
「李の言葉遣いが足りないのは癖なんだ。不愉快に思ったら申し訳ない。」
そう頭を下げた雫理亜先輩はさらに続けた。
「しかし、彼女のマジアは適当なものではない。それは理解してほしい。」
「雫理亜先輩・・・。」
そうして三条先輩の方を振り向き先ほどの言葉を訂正する。
「先ほどはポンコツなどと言い放ってしまい、申し訳ございませんでした。」
「うん、気にしてないから大丈夫」
「ですが、エリナと私が入部できず、マジアを使えないままというのであれば・・・」
三条先輩の顔を凝視して続けた。
「私は誰と組んででも、あなた方魔道部を倒しこの学校の代表になってみます!構いませんよね⁉円珠先輩!」
やっと意識を取り戻し、地面で座っていた炎の問題児先輩に問いかける。
「ああ、かまへんけど・・・。ええんか?あんた雫理亜に憧れとるんじゃ・・・」
「大丈夫です。これは部活同士の話なので。個人個人では関係ないはずです」
そう言って雫理亜先輩の方を見る。
「ああ、無論だ。部の一員として君たちと対立するが、個人的な相談があるなら私のところに来い。そこのアホ円珠よりは役に立つぞ」
雫理亜先輩を激しく睨みつける円珠先輩を抑えつつ、話を聞く。
「では、こうしよう。2週間後もう一度この場所で、両部による試合を行う。ルールは二つ。チーム戦で戦うため、メンバーは必ず揃えておくこと。もう一つは、勝った方は負けた方から好きなメンバーを一人貰っていく。構わないね、李」
「ああ、問題ない。」
やってやる、ここで勝てなきゃ何も始まらない。絶対勝つ。
「やりましょう!2週間後!ここで!」
勝負の火蓋が切って落とされた。
【第三話】 炎と水
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