第2話 車内にて


【第二話】 車内にて


 【第二話】  車内にて

 ―紳士淑女のみなさま、ごきげんよう。私は6月に真坂市で開催される、マジアを用いた国内最大のスポーツ大会「魔道大戦」の委員長を務めます、堤零治郎と申します。さて、魔道大戦に伴い開催週の間、真坂市周辺では安全な大会運営のため、交通規制を実施いたします・・・―


 真坂へ向かう特急に乗るため、洛都最大のターミナル駅夜神にタクシーで向かっていた私の視界にとある男が映し出された。堤零治郎(つつみれいじろう)。国内最大の財閥「新都(にいと)グループ」の総帥だ。私が今から乗る洛都鉄道も彼のグループの傘下だ。新路線の開設やそれに伴うインフラ整備で洛都エリアを完全に掌握した新和経済界の雄であり、実験都市真坂の開発にも携わっていると、父が教えてくれた。


 画面の中の男はなおも続ける。

―それからもう一つ。安全対策は万全ですが、大戦は市街地でも執り行われます。市民の皆さまにおかれましては、予め手配してある施設あるいは知己の家屋にて過ごされますようご理解ご協力のほどお願いいたします・・・―

 とまで聞いたところで、タクシーの運転手が声をかけてきた。

 「ついたよ、嬢ちゃん。金はもう貰ってるからゆっくり降りな。」

 そう言い放つ運転手にお礼の言葉と軽い会釈をし、ロータリーから駅舎を眺めた。

 「久しぶりだな。夜神。エリナと遊ぶ時か旅行以外来なかったからな・・・。」

 でも、もうすぐ会える。かつて遊び倒した夜神の街を少しだけ目に焼き付けた後、コンコースを通り抜け、ホームのある地下一階へと降り立った。地下とはいえ、掘割式の吹き抜け構造になった終端駅に、逼迫感といった言葉は見受けられない。

 旅行で何度も鉄道を使ううち、妙な知識までついてしまったな、と自分の中で反省会を開く。

 「私の乗る列車はこれかな、特急プルート9号真坂行」

 スピード感をその身で教えてくれるかのような流線体の前面に、黒を基調とした上品なエクステリアの車両が私を出迎えてくれる。これがわたしを果てまで連れて行ってくれる今回のお供…。


 などと感動していると、後ろから突如声をかけられた。驚いて振り向くと、そこには去年引っ越していないはずの・・・エリナがいた。

 「エリナ⁉」

 驚きを隠せない私に、エリナは物凄い勢いで抱き着いてきた。

 「久しぶり!来夢~!元気だった!?」

 「もちろん!あと・・・暑苦しいから離れて…」

 そういうとエリナは私の体から離れ、その腕を自身の背の後ろで組みなおしていた。正直かなり痛かった。

 「で、どうしてここに?」

 「そりゃ、春休みだから~・・里帰り的な?」 

 新和イチ栄えている洛都の、それも夜神に実家がありながらそれを里呼びするとは。あまりにも贅沢ものである。

 「だったら知らせてくれたらよかったのに・・・」

 「ゴメンゴメン。パパとママに挨拶しなきゃだったし。それに滞在期間も短かったから」

 なるほどね、と脳内で理解し、うなずきでそれを示す。

 「ま、話の続きは車内でしょ。聞きたいこといっぱいあるし」

 「うん、そうだネ」

 乗り込むや否やホームに発車メロディが流れ、旅の始まりを駅構内に告げる。やがて列車はゆっくりと車輪を動かし、振動をもって私たちに動き出したことを知らせる。旅の始まりを感じさせるこの瞬間がたまらなく好きだ。

 と、感慨にふけっているとチケットの指定席変更を終えたエリナが車掌室から戻ってきた。


 流れる景色が洛都中心部のビル群から郊外の住宅街へと切り替わる中、エリナは高校のことを教えてくれた。

 「A判定が出て真坂に行ったけど、それから能力が発現することは無かったの」

 1年経ってなお能力が発現しない、そんなことが果たしてあるのだろうか。やっぱり機械の誤作動じゃないのか。

 「高校の先生は、中学一年でA判定を受けてから、高校二年に上がるまで能力不明だった子もいるから・・・って言ってくれたけど」

 そう話すエリナに、私はある疑問をぶつける。

 「能力って発現しなきゃならないのかな?特殊な人間じゃなければ20歳ぐらいで能力も落ち着いて普通の人間になるわけだし。三年間何もなく過ごせるのなら・・・。」とまで発言したところで、違うよ!と返されてしまった。

 「私のパパは、真坂に行く以上なにか一つマジアで好成績を出して来いって。出来ないなら九条家から追い出すって。」

 私は、あまりに厳格なその父親の発言に唖然としてしまった。

 「仕方ないから魔道大戦で優秀な成績を残している魔道部に入ろうとしたんだけど・・・。追い返された。「危険だから」って」

 エリナが言われたその言葉はあまりにも理解不能だった。危険なマジアでもなく、性格も問題ないばかりかむしろみんなに好かれる彼女を危険人物扱いするのは理解しがたい。

「あれかな。足引っ張って迷惑かけるのが分かってるから、チーム戦をするうえで危険だってことかな。」

「そんなことないから!」 

 エリナの発言を即座に訂正する。

 「だって、エリナ別に悪い子じゃないじゃんか。それ言った人はどうかしてるよ!」

 「来夢、ありがと。そう言われるだけで嬉しい」

 そう、エリナは悪い子じゃない。そんなこと言う人は誰であれ許さない。絶対。

 「ただ、魔道部に入れなかったらまずいんじゃないの」

 「だったんだけど、ある先輩が私のこと救ってくれて、今はその人の部活にいるの」

 エリナは続けた。

 「その人の名前は堀川円珠(ほりかわえんじゅ)。そして今私が所属しているのが」

 「新魔道部。魔道部に対抗するために作られた部。」

 エリナの説明で合点がいった。要するに新たに立ち上げた新魔道部で何かしら功績をあげたらあの父親にも認めてもらえる、といった次第だ。

 気が付けば列車は洛都府を出て、真坂県に突入していた。あと1時間もせずに終点だ。


 県境を越えて約50キロ進んだところに、真坂県の県都にして目的地である真坂市はある。人口101万9千人ほどを誇る大都市で、マジア研究のために国の施設が置かれる実験都市でもある。

 その中心部に位置する真坂駅に遅滞することなく、正午ちょうどに列車は到着した。

 「やっと着いた。腰が痛いよ~」

 「来夢久しぶりに電車乗ったんじゃないの?」

 エリナがこちらをニヤニヤしながら眺めてくる。うるさいな、と口を膨らませててから本題を切り出す。

 「で、私の住む家ってどっち方面行けばいいの?」

 「まず家の住所教えてよ」

 鋭くエリナに突っ込まれる。不覚。

 ここだよ、と言って住所の書かれたメモをエリナに見せる。

 真坂市南区黒羽(ぐろう)駅前6丁目6―6 ビアンブニュメゾン 208号室

 「黒羽か・・・。市内の案内もしたいし、トラムで行こっか」

 そうしよっか、と返答するやエリナは物凄い勢いで改札へと走り抜けていった。少し息切れしながらも追いかける私。改札を抜けて右に曲がり、南側出口へとたどり着く。

 「ここが真坂だよ、来夢」

 そう呟くエリナの背後に映し出されていたのは、百貨店と高層ビルが聳え立つ光景であった。

 「未来と過去、都会と田舎が交差する街、真坂にようこそ!来夢!」

 市の広報か、とでも突っ込みたくなるエリナに思わず笑いがこみあげてくる。やがて駅のペデストリアンデッキを降りて、トラムと呼ばれる路面電車を待つために停留所へ向かった。

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