STELLA MAGICA -ステラ・マジカ-
橋ノ町 たなみ
第1話 リスタート
【プロローグ】 夢見た光景
―じゃ、いってくるね―
…私の…声?ここはどこだろ…。あたり一面霧だらけでよく見えない。
あれは何だろう。化け物のような形をした影が三体…と目の前にいるのは・・私?
わからない。今、何が起きているのか。それどころか自分の意識も思考さえもはっきりとしない。そういや昨日、遅くまで本読んでいたからなあ。眠たい。少しだけ目を瞑ったつもりだった。
気が付けば目の前が黒一色に染まり、次に目を開いたのは自分のベッドの上であった。
【第一話】 リスタート
アラームのベルが、私の安息の時間に終わりを告げる。けたたましく鳴り響くそれに手を差し伸べ、洗面所へと向かった。洗顔と歯磨きをしてリビングへ向かうと母がテレビを見ながら話しかけてきた。
「来夢(らいむ)、あんたも高校生ならニュースくらい見ておきなさい」
視線をテレビへとやる。眼鏡をかけた中年ぐらいのキャスターが優しく、しかしはっきりとした息遣いでこちらへ語り掛けてきた。
「先日行われた選挙の結果を受け、新たに堤零一(つつみれいいち)氏が率いる新月党が与党となる運びとなりました…」とテレビ画面から聞こえてきたため、母に愚痴を言った。
「…朝から政治の話?気が滅入るんだけど。」
母がため息をつきながら、リモコンのチャンネルボタンをタッチした。
「こっちのチャンネルにしましたよ、来夢さん。」
冗談交じりのセリフを母が吐き、私はどうも、とだけ返してテーブルの朝食を平らげた。
「来夢~!遅刻するよ~!」
家を出て数分後、後ろから現れたのは級友、出灰柚木(いずりはゆずき)だ。黒髪ロングの至ってどこにでもいる普通の女子高生。これが彼女に対する不変の評価だ。
「私は遅刻しないよ~。あんたはこのまま遅刻しそうだけど。」
そう、私は遅刻しない。絶対に。
少しばかり気を引き締め、後方30メートルまで迫ってきた柚木に告げる。
「じゃ、また後でねぇ~!」
「ちょ、待って」
その刹那、私の体はその場から姿を消し、一瞬の間に高校の前に辿り着いた。
これが、私のマジア(能力)だ。行きたいと思った場所に瞬時に行ける能力。十人十色、人の数だけ存在する個性的な能力。マジア。生まれた時から備わっているとされ、人によるが特に思春期にそれが発現、すなわち能力が目覚めやすい。そして体の丈夫な人でない限りは、20歳を境に能力が落ちていく。なお、その原理やなぜ人によって違うのかなど分かっていないことも多く、謎が多い。
ここまではどの学校の保健体育でも習うことだ。そして、マジアの謎を解明するという目的からある実験都市が造られた。私の住む洛都府から北に100キロのところにある真坂県(まさかけん)真坂市(まさかし)、である。年に一度3月中旬、全国の中高生を対象に「能力査定検査」が実施され、A判定=能力優秀・危険度が非常に高い、と判断された生徒が真坂に転入させられる。しかも一人で、法的責任能力があるとされる18歳までだ。それだけはなんとしても避けたい。だから、今日の目標はB判定=能力普通・日常生活での危険度なし、を勝ち取ることである。この瞬間移動能力がある以上、能力平凡・日常を不便なく過ごせる=C判定は難しいが、B判定なら問題ない。やってやる。
気合を入れて教室で朝礼を待っていると、生徒指導室から帰ってきたであろう柚木が死にかけながら教室に入ってきた。
朝礼が終わるや否や、更衣室に移動して静電気のパリパリ音がする体操着に着替えていく。そして廊下に並んで、まだ寒さの残る体育館へと移動し、自分の検査の順番が来るまで待つ。すると列の前にいた柚木がこちらを振り向いた。あ、まずい。
「ねぇ来夢、なんで置いて行ったのかなぁ?」
「ごめん~。遅刻しそうだったから」
「仲良く怒られようよ~。あのあと結局間に合わずに生徒指導の宮田にめっちゃ詰められたんだからぁ」
ゴメンごめん、と適当な返事でごまかすと、彼女もそれが分かったのか話題を切り替えた。
「でさ、なんとかB判定なるように頑張ってね!終わったらヤガミのバッカフェ行くんだから」
最近繁華街に出来た、SNSでも話題のカフェの名前を口に出す柚木。今日のお詫びについて行ってやるか、と心の中で唱え返事を返した。
「大丈夫でしょ、アスリートにはなれるかもだけど、危険人物なんてそうそうなれるもんじゃないから」
それもそっか、と柚木は返す。
「でもやっぱ便利だよねぇ、瞬間移動能力。私なんて本が少し早く読めるだけの万年C判定だし。あんたのそれがあれば陸上で世界一になれるのに」
「いや、反則でしょそれ」と返すとまたそれもそっかと笑う。
そうこうやり取りしているうちに私の番が来た。華の高校生活を賭けた勝負が始まる。検査官に早く、と手で催促され検査用のカプセルに入り込んだ。
結論から言おう。私の負けであったと。カプセルに入って一分ほどでドアを開けられ、検査官から「結果が出ました、Aです。A判定です」と通達された。
「来夢、あんたやっぱAじゃん!」と柚木。
「てことは、新学期までに行く学校を選ばなきゃいけないわけでしょ?」
そう。真坂市にあるいずれかの学校に転入すること、通える範囲に引っ越ししなければいけないと、検査終了時にアナウンスされた。
「ちなみに、いつから・・・?」
「検査官からは直ちに、遅滞なくとだけ」
「そっか、じゃあ二人でバッカフェ厳しいよね・・・。今後ずっと・・・。」
顔には出していないが、柚木のその口ぶりはかなり落胆しているように見えた。
「いや、行こ。今日行かなきゃ。」
「え、でも引っ越しの準備は?大丈夫?」
不安そうにこちらを一瞥する柚木。
「何とかなるでしょ。最悪荷物持って瞬間移動すればいいわけだし・・・」
そう答えると、不安が一気に消し飛んだような顔で柚木が提案を続けた。
「そっか、それなら問題なしだね。じゃあ授業もないことだし、今から行こっか、夜神!」
「うん、もちろん!」
「あ、来夢電車賃ある?」
「は?」
そうして私たちの最寄駅・長者町駅から洛鉄電車に乗って15分、夜神駅に到着した。
洛都の中でも特に栄えているこの街は、若者の街と呼ばれお洒落な店や、サブカルチャーの店が軒を連ねる。駅前広場にそびえたつ大昔の大王の銅像は各地から大勢の人が訪れる観光スポットであり、私たちの待ち合わせスポットでもある。洛都の都心から少し離れた住宅街に住んでいる私たちにとってはここが一番の遊び場でもあった。
並ぶこと30分、目的地のバッカフェに着いた私たちは歩行路側のテラス席に陣取り、私は注文したアイスティーをぐっと飲みこんだ。
「それでさ、どうするのさ」
何が?と理解不能です、の顔で柚木を見る。
「だから来夢の能力の名前だよ。A判定の人は何かしら名乗っているんでしょ」
「それはそうだけど、今決めても・・・」
と言い終わらないうちに柚木が畳みかける。
「いやいや、能力自体何なのか分からずに行っちゃった、エリナが言うならわかるけど!あんたもう分かってるじゃん!」
そういえば、と思い出す。1年前、私の幼馴染で柚木とも仲の良かった九条エリナ・アレクサンドロヴィナは「能力が発現していない」にも関わらず、A判定を下され、高校生活のすべてを真坂で送ることが決まった。
「あれずっと謎なんだよね、エリナ自身得意なものも無かったし。誤作動?」
私のこの問いに柚木は全力でスルーを決めた。
「話そらさないでよ、で何にする?あれだったら私の本から命名する?」
そういうと人を殴れば一発で気絶させられるほど分厚いスクールカバンの中から一冊の本を取り出してさらに続けた。
「これは100年前の伝説の能力研究家にして(マジア)の名づけ親セシル・ナダールの遺作よ!」
また柚木の歴女語りが始まった。こうなると手に負えない。
「その昔はるか遠い地球の裏側から、マジア能力者の多い東洋に渡ってきた伝説中の伝説。その半生を綴った一作で・・・」
おなかがいっぱいなので、そろそろやめさせる。
「で、この本がなに?これのタイトルを私につけるってこと」
答えるや否や、正解ですと言わんばかりに人差し指をこちらに向けてくる。
「ほら、瞬間移動ってそのまま漢字で書くとださいし、ワープとかありきたりじゃん?だから少しだけ詩的要素も兼ねて…」
聞き終わるより先に、柚木の手元にあるその本のタイトルをもう一度読む。
「ん、あぁこれの意味?それは・・・」
それを聞き、いい名前だと思い自身の能力をそう呼ぶことにした。
「じゃ、面接の練習でもするか。高校変わるならいるでしょ、自己紹介ぐらいは。」
「うん、そうだね。」
柚木を面接官に見立て、自己紹介をしていく。
「宇多野来夢。16歳。趣味は旅行です。そして・・・」
「私のマジアは移動に特化した能力!トゥリスタ―旅人―!」
夜神で散々楽しんだ後、家に帰ってすぐ母に報告した。急いで一人暮らしの家を決める必要があること、荷造りが必要なこと、そして何よりも・・・。
「行く学校どうしようか?真坂市内なら公立私学合わせて8校あるけど・・・」
「いや、9でしょ、私調べたし。お母さんの情報昔で止まってるんじゃないの」
といったところで、母が反論してきた。
「いやいや、何をおっしゃるのですか。来夢さん。うち一校は王立校でしょ。あなたが入れる学校じゃないから行けるのは8校よ」
それを言われると言い返せない。受験前の中学生ならともかく、試験もやってレベルも分かっている高校生にその論法はきつい。
「わかったから、うるさい。で、私は別に王立じゃなくてこっちに入ろうとしてるんだけど!」
さっきの論破でたまったストレス君が少し私の口調から漏れてきた。
「ここ、いいじゃない。女学校だから変な男もいないし。何よりあのエリナちゃんと同じじゃない。」
えっへん、そうですよと目で母に訴えかける。
「あと必要なのは・・・そうねぇ、やる気?」
はぁ、そうですかと生返事を返す私に母は続けた。
「これから数年間、使えなくなるまでマジアと向き合っていくのよ?なにか一つ目標立てたほうが暇にならなくていいんじゃないの?」
「例えば、年に一回行われる魔道大戦に出て優勝するとか、あるいは陸上の新和代表としてでるとか・・・」
夢想を膨らませる母にこう返答した。
「いや、そこまで深くは考えていないけど・・・。ただせっかく持った能力だし誰かを救える能力にしたいな、とは思うよ。」
そう答えると、母はすごく感銘を受けたかのような顔でこちらを凝視していた。
「母感激!それでこそ宇多野家の娘!」
抱きつく母を振りほどき、ネットで住居探しを完了させて眠りについた。
「忘れ物はない?チケットは?大丈夫?」
それから三日後、準備を終えて靴を履き終えたた頃、母がやってきた。
母の心配そうな顔に対して少し笑いながら
「それを言うならあと2~3歩手前でしょ、もう玄関だよ。」
「それもそうね、でもほんとに気を付けてね?いつもの一人旅とは訳が違うのよ?」
「大丈夫。わたし、ちゃんと帰ってくるから。」
そう答え、母の安堵する姿を両目に収め、いつもの挨拶で締めくくった。
「じゃ、いってくるね」
【第一話】 リスタート
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