この葬式はおかしすぎる

多田島もとは

この葬式はおかしすぎる

「そろそろ葬式の時間か」俺はそそくさと急ぎの仕事を片付けると、女子社員の視線を気にしながら礼服に着替え、足早に出かける。

 取引先の会長さんが亡くなった。とはいえ会ったことも話したこともない相手なので、悲しいとか残念だとかいう特別な感情はない。

 先方からすれば弊社など地方の支店が取引している数ある出入り業者のひとつに過ぎないだろうが、うちからすれば主要な取引先だ。お得意様のご不幸ともなれば担当者として顔のひとつも出さねばなるまい。


 ふう、何とか間に合ったか。遅刻こそ免れたものの葬儀場に到着したのは告別式の直前だった。急いで受付を済ませてホールに入る。

 焦燥感から開放されて安堵していたせいか、そのときの俺は周囲の違和感に気づくことはなかった。

「何かおかしい……」そう気づいたのは告別式が始まってすぐのことだった。


 まず僧侶の色合いがおかしい。妙にカラフルなのだ。高僧が特別な色の袈裟を着ているといった感じではなく、トリコロールというか何かがおかしいのだ。

 それに聞こえてくる読経がおかしい。韻もテンポも聞きなじみのあるものではなく、読経というより歌唱に近いかもしれない。

 意味不明なフレーズが突如脳内で「チンポコ」に変換される。正確には「チムポクォ」が近いのだろうが、一度聞こえてしまうとチンポコにしか聞こえない。

 口元が緩んで変な息が漏れそうになるのを必死に堪える。だめだ、それが許されるのは小学生までだ!

 読経は一番の盛り上がりを見せる。僧侶に続いて参列者が復唱する。

「ウン、コターレ!」『ウン、コターレ!』

「ウン、チモーレ!」『ウン、チモーレ!』

 俺の耳にどう聞こえたか説明が必要だろうか?

 何も見るな! 何も聞くな! 太ももに食い込ませた爪の痛みに全神経を集中させる。


 何とか耐え切ったと達成感に浸っていると、祭壇の前に行列が出来ているのに気づく。

 棺桶は開かれており、順番に遺体に何かをしているのが見えた。

 既にこれが普通の葬式ではないことに気づいている。何をどうすれば正解かは全くわからないが、実はそれほど心配はしていない。

 こういうとき前の人間の真似をしてやり過ごすのが大人の知恵というものだ。

 人によって少しずつ違いがあるが、それはどの葬式でも同じだろう。

 大まかな流れを頭に入れ終わった頃、俺の番が回ってきた。


 死人なんて見たくないよなと思いつつ、覚悟を決めて遺体との対面を果たす。

 安らかに眠る会長は……真っ白に化粧されてカラフルな装束を着せられていた。


(これ、ピエロか? ピエロでいいんだよな?)

(いや、くいだおれ太郎かも――)


 目に見えるものと思考が結びつかず、一瞬唖然としてしまったが、遅れて笑いが波になって追いついてくる。


(いやいや、アカンてコレ!) うっうう……

(何でこんな格好しとんねん!) ん、うぉ……クッククク

(遺影とおんなじでええやんか!) &%@#……ブフッグフ

 

 心の中で関西弁で突っ込みが入るが、それが余計に状況を悪化させる。

 だ、大事な取引先……得たいの知れない宗教……絶対に笑うわけにはいかない!

 ゆがんだ顔を両手で隠し、腹のよじれを肩を揺らしながら必死に耐える。

 ヒーヒーと声にもならない音が漏れ、演技ではない涙がボロボロとこぼれる頃には周りの席からすすり泣く声が聞こえてきた。もらい泣きしているようだ。


 よし、何とか落ち着いてきた。耐え切った! やれば出来るじゃないか!

 俺の後ろには行列が出来ている。さっさと終わらせてしまおう。手順を思い出し、トレースする。

 まず合掌。

 で、次に細かく切られた色紙を一つまみして、遺体に振りかけてから合掌。

 3回目は色紙を振りかけてから、容器に入った液体を――

 唐突に昨日の昼に食べたひつまぶしが脳裏に浮かぶ。

 余計なことは考えるな!

 容器に入った出汁……じゃない、聖水かお神酒か何か知らない謎の液体を振りかけてから合掌し、今度は遺族席の前の列に並ぶ。


 やっと一息つけるかと思ったそのとき、意味不明な会話が耳に入りハッとする。

 声のする方に目をやると、参列者が遺族に何かを伝えているようだった。

 これまた誰一人として同じではない。俺は目の前の大男にターゲットを絞ると一言一句漏らさず記憶する。

 言葉の端々から最大級の感謝を述べているようだったが、大きな背中がやけに小さく見えた。

 おっと俺の番だ。目を伏せ神妙な顔つきをしてから先ほど記憶した呪文を完璧に詠唱してみせると、一礼して席に戻る。


 それからは式が終わるまで何事もなかった。というか覚えていない。

 抜け殻状態で呆然としていたのが逆に良かったのかもしれない。


 その後食事が振る舞われるとのことで、席の順に列になって食堂に移動する。

 俺は必然的に先ほどの大男の隣に座ることになるのだが、縁があるなと思うのは向うも同じか。目が合ったので会釈する。何か話をした方が良いのだろうか。

 などと考えているうちに食事が運ばれてくる。


 この匂いはラーメンか!

 おいおい、つくづくおかしな葬式だな。そこは精進料理だろ、普通は。

 参列者の前には次々とラーメンが運ばれてくるのだが、どれひとつとして同じものは運ばれてこない。注文など聞かれた覚えはないのだが、どういうシステムなんだ?

 あれこれ考えていると、程なくして隣の大男の前にもラーメンが運ばれてくる。

 野菜とチャーシューが山のように盛られた背脂ギトギトの特大ラーメンだ。

 いやいや、おかしいだろ! いくらなんでもデカすぎるだろ! あっ……

 俺は呪文の解読に成功した瞬間、これから降りかかる悲劇を悟った。

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