エッチなこと
「ねえ、彰人さん……?」
「なんだ~い?」
「お願いだからそれ止めて! 気分が良いのは分かるけど止めて!」
「お、おう……」
それは……気持ち悪いってことぉ!?
なんて思ったが、確かに有栖が作ってくれたカレーを食べてからずっと俺はおかしくなっている。
相変わらずのポーカーフェイスは変わらないものの、彰人のイケボをこれでもかと台無しにするようなネットリボイスが出るくらいには、今の俺はテンションがバグり散らかしている。
「……でも、それだけ嬉しいと思ってくれたのね」
「おうよ。嬉しいと思ったし、何よりこんな素敵な婚約者が……素敵な女の子が傍に居るって思うとさ」
「そう……あなたから伝えられる真っ直ぐな言葉には、本当に私も弱くなってしまったものだわ」
「そこまでか?」
「見て分からない? あなたの事情を知ってから今に至るまで、随分と私は変わってしまったと思うけれど」
「それはまあ……そうだな」
事情を知ってからということはつまり、あの冷たい表情を浮かべていた有栖の頃からってことだもんな。
そう考えるとこんなに表情豊かになったのもそうだし、何より俺のことを好きだと言ってくれて、傍に居てくれるようになったのも本当に信じられないほどの変化だ。
「今はとても幸せよ。ただ、怖くもあるの」
「怖い?」
有栖は頷き、そっと身を寄せた。
腕をそのまま俺の背中に回すように抱きついた彼女は、ジッと俺を見上げて言葉をこう言ったのだ。
「だってそうでしょう? もしもあなたが……今のあなたが私の前に現れてくれなかったら、こんな気持ちになることもなかったのだから。私はこの気持ちを一生知ることなく生きていたはずよ」
「大袈裟だ……なんて言えないんだよな俺たちの状況って」
俺が世界を渡ったからこそ、俺たちは出会えた。
そんな夢物語にしてもあまりに都合が良すぎる出来事の結果、俺たちはこうして一緒に居ることが出来るのだ。
有栖はクスッと微笑み、薄らと頬を赤く染めた。
「キス……したいわ」
その言葉に、分かりやすく心臓が跳ねた。
ドクンドクンと激しく音を立てる心臓は、俺がそれだけ彼女の言葉に緊張していることの証でもある。
一度経験したこととはいえ、やはりこうなってしまう。
「分かった……っ」
顔を上げ、目を閉じた有栖にキスをした。
唇と唇を触れ合わせるだけの優しいキスではあるが、たったこれだけなのに心の底から嬉しいと叫びたくなる。
「……ふふっ、キスって不思議ね」
「そう……だな。なんでこんなに嬉しくなるんだろうなぁ」
「キスでこれなら……これ以上のことは一体、どんな気持ちを私たちに抱かせるのかしらね?」
「っ!?」
ビクッと肩を震わせた俺を見た有栖は、目を細めた。
恥ずかしそうにしていた表情から一転し、こちらを誘惑するかのような表情に一際心臓が高鳴った。
「ねえ彰人さん? 私はもっとあなたを知りたいわ……これ以上にあなたを知る方法は何と考えた時、やっぱりこれからもずっと一緒に居るのが一番なのは言わずもがなね」
「あ、あぁ……」
「後は……ふふっ、これ以上のことをしてみる? 例えばエッチなこと、お互いにお互いを貪り合う愛の営みはいかがかしら?」
「っ!?」
有栖は、遠慮なくそう言い切った。
彼女の言葉が意味することを理解出来ないなんてことはなく、ただでさえ熱くなっていた体と、そして顔がもっと熱くなっていく。
言葉を失った俺ではあったが……。
「っ……」
せめて挑発するような表情で言い切ったのであれば、最後までその様子を貫いてほしかったなと有栖に言いたくなった。
愛の営みはいかがかと、そう言った後に有栖は顔を真っ赤にした。
耳たぶまで真っ赤に染め上げ、今の発言に凄まじいまでの羞恥心を抱いていることが手に取るように分かるほど……しかもパクパクと口を開いては閉じてを繰り返し、最終的には目を泳がせるほどに動揺し始めた。
「あ、あの……えっと、エッチなこと……というのはアレで……その、やっぱり憧れはあるじゃない?」
「う、うん……」
「エッチなことに憧れを抱く……それはとにかく経験してみたいとかそういう早とちりってわけでもなくて、相手があなただからこそエッチな行為に憧れているのよ……!? 決してあの……興味があるから経験してみたいとか、そういう軽い気持ちじゃないの! だからそこだけは勘違いしないでちょうだい!」
「わ、分かった……っ!」
最後まで涼し気な表情と、余裕ある態度を貫いてくれよ……。
なんで言い出しっぺの君がそんなに慌てるんだ……いつもは絶対に見せないような慌てようがあまりに可愛くて、もっともっと愛おしいと考えてしまうようになって……とにかく、普段とのギャップでいつも以上にドキドキしてしまうだろうが……っ!
(ここは……有栖だけに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない。俺も一緒に恥ずかしくならないと!)
この時、俺もちょっとおかしかったんだ。
だから口を突いて出てきた言葉の数々も、俺の本心ではあるがちょっとかしかったからこそ出てきた言葉だったんだ……。
「俺も有栖とエッチなことしたい……あ」
「っ……!?」
その瞬間、まるで時間が止まったような感覚だった。
ただそんな俺の言葉が逆に有栖にとって余裕を取り戻す引き金になったのか、クスクスと笑い始めた。
「ふふっ、私たちったら何を話してるのかしらね。結局のところ、これからずっと一緒なのだから慌てる必要もない……ものね」
「そ、そだな」
有栖に釣られるようにして俺も苦笑し、いつもの空気に戻った。
とはいえ……やはり男としては、有栖のような極上の美少女とそういうことをしたいと思うのは至極当然の感覚ではあるため、有栖が言ったように慌てる必要は無い……でも。
「慌てる必要は無いのは間違いないけど、いつだって有栖が傍に居たいって思える人間に俺はもっとなりたいと思う」
「彰人さん……」
「だから……これからもよろしくな有栖」
「……えぇ♪」
俺は、もっと強くて良い男に……頼れる人間になりたい。
見栄を張りたいって気持ちはあるし、十六夜家の人間として……西条家と繋がる人間として、今よりも立派になりたいという気持ちはあるんだ。
だからこそ、俺は今よりももっと成長したい……そう思えることが、改めてこの世界で生きることの決心みたいなものなんだろう。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「あぁ」
そうして、俺たちはこの場を後にするのだった。
▼▽
有栖とのやり取りを終え、帰った頃には九時を回っていた。
思いの外疲れていたのかベッドに腰を下ろした瞬間、大きな欠伸と共に強烈な眠気に襲われ、そのまま横になろうとしたところでコンコンとノックがされた。
「? どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは天音だった。
いつも見るメイド服でもなく、以前有栖と一緒に寝た時のネグリジェ姿でもなく、ピンク柄の可愛らしいパジャマだった。
「どうした?」
「その……っ」
照れ臭そうにする天音は、次に続ける言葉に迷っている様子だ。
モジモジと悩む姿は可愛いのだが、今にもボタンが弾け飛びそうな胸元があまりにも目に毒すぎてそっぽを向いてしまう。
「あ、あの! 今日は是非、添い寝をさせていただけないでしょうか!」
「そ、添い寝……?」
「はい! 彰人様の使用人として、一夜を通してお世話をさせていただければと思い!」
「……………」
一夜を通してお世話ってどういう……。
しかし、天音の様子から勇気を出してこのような提案をしたことが頷けるのと、目が潤んでいる姿を見せられたら戻れとも言いづらい。
だが、少しばかり良い機会じゃないかと俺は思った。
改めて彼女に色々と話を聞きたかったので、俺は天音の提案に頷くのだった。
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