懐かしい味
体調を治し、学園に復帰した有栖の周りには多くの生徒が集まった。
西条家の有栖に何かあれば、その内容がどんなものであれ話はすぐに広まってしまい、多くの憶測を呼んだりしてしまうほどだ。
今回は俺を通じて彼女が風邪であることは伝わっていたが、それでも彼女の周りに多くの生徒が集まるのを見ればそれだけ慕われているのが良く分かる。
「……つっても女子ばっかだけど」
もちろん男子も近付いて声をかけようとはしているが、女子たちの壁があまりにも分厚くて近付けそうにない。
彼らの中に下心がある者も居れば、当然そうではなく純粋に心配する者も居るには居るのだが……まあ、その辺りのことに関して有栖はしっかりしてるし相手の見極めは出来ているんだろう。
「おはよう彰人君」
「おはよう」
「っ!?」
ジッと有栖の方を見ていたせいもあってか、突然の声に驚いた。
傍に立っていたのはソフィアとフィリアであり、彼女たちも有栖の様子を確認するために来てくれたようだった。
「っと……おはよう二人とも。有栖はあの通り良くなったよ」
「みたいだね。良かった」
「彰人君も表情が良いし、それだけ有栖さんが居てくれるのは安心するんだね」
「それは……まあな」
友人たちと話をしていた有栖がこちらに気付くと、すぐにその輪から外れてこちらにやってきた。
「おはよう、ソフィアさんにフィリアさん。私が居ない間、彰人さんの傍に居てくれてありがとう」
「ううん、私たちも楽しかったから」
「そうだね。それに有栖さんが元気になって良かったよ」
二人の言葉に、有栖も嬉しそうに頷いた。
そうして俺を挟みながら三人が会話を始めたが、改めて思う――彼女たちというか、所謂ネームドキャラ的な立場の彼女たちはあまりにもレベルが高すぎるということ。
もちろん有栖たちだけでなく、他の名前を知らない人たちもイケメンや美女は揃いまくっているが、やはり彼女たちは纏うオーラが違う……ってそう考えると、この世界は顔面偏差値が高すぎるな。
「あ、そうだ」
「この場合だから言っちゃおうかな」
「え?」
「なんだ?」
言っちゃおうって一体なんだ?
首を傾げる俺と有栖に、彼女たちは教えてくれた。
「来年の生徒会に、私たちも所属することになった」
「彰人君と有栖さんは所属するんでしょ? それを手伝いたいって会長に相談したら是非にって」
「あら、そんなことが……」
「へぇ……」
ということはつまり、来年から彼女たちも同じ生徒会……か。
彼女たちが生徒会に入るというのは原作になかった流れだし、これもまた家が没落しなかった影響か……それとも俺と有栖が彼女たちと仲良くなったからか……どちらにせよこれはこれで賑やかになりそうだ。
「流れでそのまま三年になった時も同じかも?」
「そこは私たちの頑張り次第?」
「あら、何か不祥事でもない限りは持ち上がりになるんじゃない? おそらくだけど私と彰人さんもそうなるだろうし」
「……うん?」
有栖の言葉に疑問を抱いたが、確かに一度生徒会に入ったらそのまま翌年もというのは珍しくないはずだ。
こうなると羅夢が卒業した後の生徒会長は有栖……?
そうなるとは限らないが有栖が生徒会長を務める姿も様になっており、容易に想像出来るくらいだ。
「そうなった場合は、有栖が生徒会長か?」
「私が? う~ん……まあ、彰人さんが傍に居るのなら別にやってあげてもいいかしらね」
試しに言ってみれば、有栖も有栖で構わないらしい。
「おぉ……有栖さんが生徒会長なのも面白そう」
「でも実際、現状だと有栖さんくらいしか任せられる人居なさそう」
「私の評価、ちょっと高すぎるんじゃない?」
「いや、妥当な評価だと思うぞ?」
ソフィアとフィリアに視線を向けると、彼女たちも強く頷いた。
その後、朝礼が近付いてきたのでソフィアたちは教室へと戻り、隣に座る有栖はふぅっと息を吐いた。
「彰人さんを通じて、色々な繋がりが私にも出来たわね」
「有栖なら俺が居なくてもみんなの中心になっていたはずだろうけど」
「ふふっ、あなたからの評価も本当に高いわね。でもそれが何より嬉しいものだわ……いつだって、あなたから良いことを言われる度に私は嬉しくなってしまうから」
「じゃあこれからもどんどんそうする」
「えぇ、そうしてちょうだい。そうしてもっともっと、私をあなたに夢中にさせてちょうだい。一分一秒、あなたに触れられないだけで気が狂ってしまいそうになるくらいドロドロに依存させてちょうだい」
「それは……流石に言い過ぎでは」
ごめん、ちょっとその言葉は怖いかも……?
別に有栖から向けられる言葉としては嬉しい部類なのは間違いないし、こんなにも立派で美人な彼女から依存させてほしいと、そこまで頼りにされることは間違いなく嬉しさが溢れ出す物だ。
だが言葉のインパクトとしては強すぎて、ちょっと反応に困ってしまったのは内緒だ。
(俺も少し危機感は感じてるからな)
何の危機感か、それは有栖にとことん甘やかされたら俺はどうなるんだろうという危機感……いやほんとにマジで怖いんだよこれが。
改めて気持ちを通じ合わせてからというものの、有栖と一緒に居るだけで雰囲気が甘くなるような、そんな感覚がずっと続いており、それを絶対に手放しくないと常に考えている。
有栖だけでなく天音さんも……そして他にも多くの人たちが俺を支えてくれる現状は、最初の頃からは想像も付かない。
(なんて……こんなことを思った時に有栖から何か――)
そう思った瞬間だった。
「ねえ彰人さん、今日あそこに行かない? ほら、あの用意したお家でのんびりしましょう?」
「……………」
ほら、やっぱり有栖はこういう時にこうしてくるんだ。
▼▽
放課後になってすぐ、俺たちはあの家へとやってきた。
有栖と一夏さんが用意してくれた一軒家……まさかのプレゼントであると同時に、かつての記憶を呼び起こしてくれる不思議な場所。
「……………」
有栖がお手洗いに行き、俺はおもむろに庭に出た。
夕方というのもあって家に帰る幼い子供たち……幼稚園生もそうだが、小学生くらいの子たちが発する騒ぎ声が良く聞こえる。
「どれどれっと」
更に外に向かえば、多くの子供たちが列を作っていた。
近所の人らしき大人がその子たちを守るように誘導する姿も、どこかかつての懐かしさを思い出させてくる。
俺たちの時代はここまで過保護ではなかったけれど、こんな風に大騒ぎをしていた時期が俺にもあったわけだ。
「すれ違う爺さん婆さんに挨拶とかあったなぁ……」
それからしばらく、俺は外の景色を眺めていた。
そこそこの時間眺めてしまい、有栖がトイレから戻って随分と時間は経っているはずなので、少々慌てて家の中へと戻った。
すると、彼女はエプロンを身に付けていた。
「有栖?」
「今日はすぐに帰らないわよ。ここで夕飯を食べてから帰りましょう」
それはつまり、有栖が料理を作ってくれるってことか?
「と言っても食材があるわけでもないし、無難にカレーライスくらいになりそうだけど良いかしら?」
「それは全然! おぉ……めっちゃ楽しみだ」
「ふふっ、期待しててちょうだいな」
婚約者が振舞ってくれる料理……何でも美味いに決まってる!
カレーライスは別に高級な料理というわけではないだろうけれど、それでも美味しさが約束されていると俺は考えている。
それからの俺は、ずっと有栖が料理する姿を眺めていた。
この場所で、俺と有栖だけの空間で、彼女が俺のために料理を作ってくれる……そのことに幸せを感じつつ、そうして用意されたカレーライスは凄まじいくらいに美味しくて、そしてどこかそれさえも懐かしさを俺に抱かせるのだった。
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