あれれ~?

「ねえ彰人さん?」

「うん?」

「私は婚約者が居るのに、誰かに靡くような女ではないわ」

「……いきなりどうした?」

「いえ……少々聞き捨てならない寝言を聞いたものでね」

「はぁ……」


 つまり……どういうこと?

 実を言うとこのやり取りなんだが、昼休みに目を覚ましてから何度か続いていることで、俺が寝ている間に何かがあったらしい。

 有栖っていう美少女に膝枕をされている時、何か夢を見たわけではないがとても心地良かったのは確かで、やっぱり膝枕ってのは不思議な魅力があるのだなと再認識した。


「あぁそうだわ」

「なんだ?」


 ムスッとした表情から一転し、真剣な表情へと有栖は変わった。


「さっき私の耳にも入ったことなんだけれど、学院の生徒で誘拐されそうになった子が居るらしいわ」

「誘拐?」


 おいおい、物騒な話題だな。


「されそう……というよりは、車に乗せられて連れ去られたけど助かったらしいわ」

「……へぇ」

「私や彰人さんは常に影が守っているから良いとしても、私たちが生きる世界はそういう場所よ。身代金目当ての誘拐なんてのは別に珍しくないとだけ覚えておいて」

「……おう」


 正直、背中がゾッとした。

 確かに日本でも有数の金持ちの子息や息女が集まるこの学園なので、そういうことがあっても何らおかしくはない。

 というより原作でも有栖がそんな目に遭ったしなぁ……ただあれは身代金ではなく、シンプルに有栖の体を狙っての犯罪だったが。


「あれかな……いきなり黒塗りの車が現れて、顔を隠した男たちに無理やり車に乗せられる感じか」

「全部が全部そうとは言わないけれど、あながち間違いでもないわね」


 金持ちの世界……怖すぎるだろ。

 まあ分かってはいた……さっきも言ったが原作でもそういうシーンはあって、主人公が絡む事件もいくつかある。

 ただ……こうして改めて実例を聞かされ、自分たちの立場がそういうことを気にしないといけないって言われると、やっぱり怖くなってしまう。


「何が起きても大丈夫、なんて絶対は言えないわ。でも西条家の抱える影はそれを絶対にするため、常に頑張ってくれているわ。だからあまり考えすぎないようにね?」

「……おう」

「でもある意味、そうやって怖がることが普通なのにね。私だって確かに怖いけれど、そういう世界だからと受け入れているから」


 有栖はそう言うが、おそらくこの学園に通う人はそうなんだろう。

 もちろん全員が全員そうであるとは言わないが、そういうことがあっても仕方ないと考えている人は多く居そうだ。

 もちろんそうならないようにしっかりと守られているだろうがな。


「そういうこともあるだろうけど、それ以上に腹黒い陰謀なんかが渦巻く世界なのは知ってるからな」

「そうね……むしろそっちの方が多いでしょうね」

「嫌な世界だぜ……そんなことを気にせず、気楽に漫画を読んで、ゲームをして過ごすような気楽な日々ってかけがえのない物だったんだな」

「気楽に漫画を読んで……ゲームをして……気楽な日々……か」

「有栖?」

「ううん、何でもないわ」


 有栖は首を振って立ち上がり、俺もそれに続く。

 教室を出てしばらく歩いていると、仲良く揃って後ろ姿を向けているソフィアとフィリアを見つけた。


「……うわ出た」

「ぷふっ!」


 もちろんこれはフィリアについてだ。

 ソフィアになりすましていたあの出来事から話はしていないが、結局あれっきりということは、俺のことは違ったんだとフィリアは結論付けたんだろう。


「あのローラン姉妹……フィリアさんだろうけれど、あの子を相手にそんなことを言えるのはあなたくらいでしょうね」

「いやだってさぁ」

「気持ちは分かるわよ……あぁ、本当に面白いわ」


 ちなみに、この会話の中で俺は気付いていた。

 有栖が吹き出した音が聞こえたのか、前を歩いていたソフィアとフィリアがこちらに気付き、すぐ傍まで近付いていたのを。


「何を笑ってるの?」

「??」

「あら、ごめんなさい。何でもないの」

「何でもないは嘘じゃない? あの有栖さんがそこまで笑ってるなんて、珍しいどころじゃないけど……」


 フィリアが困惑したように、まだ笑いが収まらない有栖を見ている。

 そんな中、ソフィアは俺のすぐ前に立ち口を開いた。


「彰人君」

「うん?」

「フィリアが迷惑をかけてごめんね」

「……あ~、ソフィアを装ってのことか」

「うん」


 チラッとフィリアが離れているのを確認し、気にするなと続けた。


「前も言ったけど、なんでか分からないが騙されることはなかった。もしも気付かなかったらそのまま話してただろうし……ははっ、意図せずとはいえ約束を破らなくて良かった」

「あ……うん♪」


 一応、あのことは俺とソフィアの秘密になってるからな。

 結局あれからもソフィアは家を救ってくれた人に関して、以前ほどではなくともそれとなく訊かれているようだが、それでもずっと俺のことは喋らないでくれているので本当に助かる。


「二人の……約束だから」

「おう、約束だ」

「うん……っ」


 その後、下駄箱まで彼女たちと一緒に歩く。


「あ、そうだ! ねえ有栖さん、それから彰人君も」

「何かしら?」

「うん?」

「土曜日はお暇? 良かったらうちに来てお茶会でもどう?」

「っ! 良いじゃん、どうかな二人とも」


 フィリアの提案に、ソフィアもどうかと聞いてきた。

 有栖と目を見合わせ、君に任せると視線で伝えると彼女は頷いた。


「そうね……せっかくこうして仲良くなったのだし、お邪魔させてもらおうかしら」

「決まりだね」

「楽しい土曜日になりそう」


 ということで、有栖と共にローラン家へと向かうことになった。

 一夏さんのお茶会に誘われたりと、最近は何かとお茶会に縁がある気がしないでもないが、これもまた十六夜家の人間としての付き合いみたいなものだ。


「……って、知られたらまた面倒なことになりそうだな」

「何が?」

「あぁいや、今でも十分友達にはなったけど……こうして家同士の結び付きまで強くなったりしたら、今以上に妬まれたりしそうだなって」


 有栖を婚約者に持ち、西条家と繋がりを持つだけでこれなんだ。

 西条家と同等クラスのローラン家と更に親しくなったら……それはそれで今以上に嫌な目で見られるだろう。


「ま、それは仲良くしてくれることを拒む理由にはならないけどさ」

「……苦労してるんだねやっぱり」


 そうだよぉ、苦労してるんだよぉ。

 家の名前が重いのだと、以前に話して事情を知っているソフィアは共感してくれるのか、寄り添ってくれるかのように心配してくれる。

 しかし、フィリアに関しては何でもないと言った様子でこんなことを口にした。


「有栖さんが傍に居る以上、彰人君は大丈夫でしょ? でも何かあったら是非私たちにも教えてほしい。人の友人にどんな形であれ手を出すことの愚かしさは、恐怖に変えて骨の髄まで刻むべきだから」

「お、おう……」

「……ちょっと怖い」


 フィリアの言葉に、俺とソフィアは揃って引いた。

 あぁ何だろう……こんな風に俺と同じ反応をしている人が居ると、妙に親近感を抱いてしまう。

 有栖やフィリアがおかしいとは言わないが、ソフィアはこっち側なんだなと思えるからだ。


「あら、何か不愉快な仲間外れをされたような気がするわね」


 ……うん、やっぱり有栖も凄く怖いよ。

 ちなみに有栖の地の底から響くような低い声に、ソフィアも一緒に肩を震わせていたのでやっぱり俺たちこっち側だ。



 ▼▽



『きっと、何か大切なことをするのでしょう。頑張ってね? 彰人さんのことを応援しているから』


 帰り際に有栖からそんな言葉を伝えられ、俺は今こうして湊と向かい合っている。


「兄さん……凄く真剣な顔だね?」

「まあな」


 放課後、俺は湊と話をすると決めていた。

 知ってしまった以上、黙っておくのも正しい選択だろうけど……どうにも家族相手にそれをするのは俺自身納得出来ないと思ったからだ。

 これで湊が嫌な顔をすればすぐに話は終えるし、これで俺が嫌われたりすればそれはそれで……嫌だけど受け入れるしかない。


「なあ湊……俺、母さんから話を聞いたんだ」

「……………」


 たったこれだけなのに、湊の表情も真剣なモノへと変わった。


「この流れだと……もしかしてそういうこと?」

「たぶん湊の想像している通りのことだと思う」

「そっか……そっかぁ」


 決して嫌そうではなく、むしろ輝かんばかりの笑顔だった。

 あれ……? なんだか俺の想像した反応と違うというか……ちょっとシリアスな空気になるとばかり思ってたんだけど。


「正直、ボクもいつ話そうかなって思ってたんだ……だってほら、結局どこまで行ってもボクは女なわけで。いくら男として過ごしてきたこれまでのことがあっても、最近どうも我慢出来ないことがあってさぁ」

「み、湊……?」

「言ったでしょ? 兄さんとこういう関係になりたかったって……仲良くなりたかったって」

「あぁ……」

「それに手が届きそうになっちゃうと、弟としては嫌なんだよね……妹として可愛がってほしいって、そんな欲望がどうにも抑えられなくなってたんだよ」

「……………」


 もう一度言わせてもらって良いか?

 なんか俺の思ってたのと違うんだけど!?

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