有栖の重い感情

 湊が湊ちゃんだった。

 それが確定した翌日のこと、今日も今日とて学園に向かう日ではあったのだが、朝からどうも大変だった。

 というのも……。


「はい、彰人さん。まだ眠たいの? だったら私が寄り添ってあげるからゆっくりしましょう? 二度寝? 二度寝だけで良いの? いっそのこと学園を休んでしまって、一日中私に甘えてしまえば良いのだわ」

「……………」


 ただいま俺氏、パジャマのままで有栖に膝枕をされているで候。

 何故こうなったかと問われれば、名前を呼ばれて目覚めた瞬間に有栖の顔が視界に入り込み、あれやこれやとこのような体勢に。


「あの……何かあったのか?」

「何かあった? あらあら、それは不思議なことを仰るのね」

「え?」

「あなたが昨日、私に甘えたいと言ったからでしょう?」

「……あ」


 そう言えばそうだったと思い出す。

 でもあれは違うってメッセージを飛ばしたはずなんだが、まあそれは良いとしてもこうやって朝に押し掛けるのはどういう……。


(悔しい……常識的にはあり得ないはずなのに、有栖とか言う史上最強クラスの美少女だからか逆に嬉しくなっちゃう……これが男か……ふっ)


 結論、別に悪くはない。

 流石に有栖が言ったように、学校をサボッてまで彼女に甘えると言うのは許されないが、幸いにもまだ少し早いのでしばらくこのままを継続してもらおう。


「一日中は流石に無理だが、しばらくはこのままで良いか?」

「もちろんよ。学園のない休日ならずっとでも良いのかしら?」

「それは……良いんじゃない?」

「言質は取ったわ」


 これは、大変な言葉を人質に取られたかもしれないな。

 ちなみに部屋の中には天音さんも待機しており、目が合う度にクスクスと微笑ましく見つめられる。

 一種の公開処刑ではあるのだが、まだ昨日の疲れが抜け切らない体に有栖の膝枕は特効薬かもしれん。


「それで、昨日のアレは何だったの?」

「……あ~、いずれって言いたいところだけど、時が来たらとしか今は言えないんだ」

「そう、なら良いわ。その時に話してちょうだい」

「あっさり引き下がるな?」

「そう言っているのに聞き出そうとされるのは嫌でしょう?」

「……あぁ、ありがとな」

「良いのよ。良い子良い子」


 よしよしと頭を撫でられた。

 子供扱いをしてくるのは覚醒した羅夢だけで十分なので、有栖のナデナデ攻撃は少し勘弁してもらった。

 それからひとしきりのんびりした後、有栖を交えての朝食だ。

 もちろんその場には湊も居て、彼……じゃなくて彼女は隣に座る有栖と楽しそうにお喋りをしている。


「……?」


 ふと、母さんと父さんの視線を感じた。

 母さんは言わずもがな、父さんも昨日のことは母さんから聞いたらしく俺を見て何やら頷いている。


(……信頼……かな)


 母さんだけでなく、父さんからも俺に対する信頼が見て取れた。

 俺はまだ自分が湊に対してどのように接すれば良いのか、その明確な答えは出ていない……今まで通りで良いのか、それとも俺が居るからと湊に別の道を示すのか……ま、今はまだ分からないか。


「彰人さん?」

「兄さん、どうかしたの?」

「いや、何でもないよ」


 何を察して声をかけられたのか、ビクッとはしたもののポーカーフェイスのおかげで悟られなかったらしい。

 ただ……冷静になって考えると湊って凄くないか?

 湊が引き取られてから今まで、元々知っていた人以外にはずっと隠し通していることが、逆に怖いくらい凄い。


「あ~、それで有栖さんは早くから来てたんですね」

「そうなのよ。湊君だって何かあると思うでしょ? 夜とはいえ、婚約者からいきなり大至急甘えさせてほしいだなんてメッセージが届けば」

「それは……その、僕には婚約者が居ないので分からないんですけど」

「そうねぇ……それじゃあ彰人さんで想像してみて? いきなり大至急助けてほしいって言われたらどうする?」

「……なるほど、有栖さんの気持ちがこれでもかと理解出来ました」


 てか、有栖と湊って本当に仲が良いなって思う。

 原作でもあまり絡みのある描写はなかったが、共に彰人のことで苦労した部分もあると思うし、そういった面でも気が合うんだろう。

 まあ今の俺としては、婚約者と弟……じゃなくて妹が仲良くしている姿というのは見てて微笑ましくなる。


(……なんつうか、思いっきり意識しちまってるんだよな。いずれ慣れるとは思うけど、早い内にスッキリさせてしまった方が良いかもしれん)


 早速、今日の放課後にでも湊と話をしてみよう。

 何事も迅速な行動が全てだからな……それにこの様子だと、母さんも父さんも湊とその話をすること自体を止めるつもりは無さそうだし。

 ……もしかしたら湊の接し方がぎこちなくなり、今までの関係が変わるかもしれないが、それでも兄として伝えられることはあるはずだ。


「……ふぅ、ご馳走様」


 朝から賑やかな朝食の時間を過ごし、有栖と共に家を出るのだった。

 それから学園に着くまで俺と有栖の間に会話は途切れなかったが、俺が気にしていることについては本当に聞いてくるようなこともなく、気にしている素振りさえもなかった。


「それでは、行ってらっしゃいませ」

「行ってきま~す」

「行ってきます。ありがとうございました桜木さん」


 程なくして学園に着き、有栖と並んで歩いて行く。


「……ふわぁ」

「あら、大きな欠伸ね?」

「まあな……なんつうか、昨日は本当に疲れてたんだ。少し考え事もしてて結局、寝るのちょい遅かったしな」

「気にしないようにしているのに、そこまで言われたら本当に何があったのか気になるわよ」

「それもそうか……悪い」


 でもこの眠さ……朝の段階でこれはマズイかもしれない。

 そんな俺の不安は見事に的中し、一限目の授業から眠気との戦いが始まってしまい、常に体のどこかを強く抓って寝ないように必死だった。


(これは……昼休みになったら寝ないとヤバそうだ)


 午後は今以上に眠くなるだろうし、どうにか仮眠は摂ろう。


「大丈夫?」

「あぁ……ごめんな有栖」

「良いのよ。だから言ったでしょ? 今日は一日、私に甘えて部屋に閉じ籠れば良かったのよ」

「……確かにな」


 今の状態だと、それは本当にそうだと頷いてしまう。

 そうして眠気に負けそうになったら有栖に声をかけてもらうというのが続き、ようやく待ち望んだ昼休みがやってきた。

 有栖と共に昼食を済ませた後、実は居眠りスペースとしても使われることの多い屋上に向かう。


「学校で初めての仮眠タイムだが、やっぱここだわな」

「ポカポカとした良い陽気ね」


 原作でもここは生徒の間で人気スポットであり、授業という堅苦しい空間から抜け出せる唯一の場所でもあるので、こうしてここにやってきた俺と有栖以外にも人はそこそこ居た。


「てか、有栖も来るのか」

「良いでしょ。あなたの傍に居たいのよ」

「……………」


 ……ほんと、嬉しいことを言ってくれるよ。

 横になれるほどの大きなベンチが一つ空いていたので、そこに有栖と共に腰を下ろし……そして流れるように頭を掴まれたかと思えば、そのまま朝と同じように膝枕の状態へと移行した。


「……ありがとな」

「ゆっくりおやすみなさい」


 空を見上げるように体を横にしているため、この角度からだと大きく制服を盛り上げる有栖の巨乳がこれでもかと目に入る。

 ただそのことに興奮したり恥ずかしくなる以前に、今の俺は眠気に抗えない状態だった。


「私……ちょっと憧れていたわ」

「え?」

「こんな風に屋上で過ごすこと……暖かな陽気を感じながら、大切だと思う人と共にのんびり過ごす瞬間を」

「……そうか」

「えぇ、だから私はこれだけで楽しいの」


 柔らかそうな山の向こう側から、ひょこっと顔を覗かせて有栖は笑みを見せた。

 そんな彼女の表情に一際安心感を抱くと同時に、俺は目を閉じた。





「……ふふっ、可愛い寝顔ね」

「……~」

「あら、寝言……? それだけ気を抜いてくれているってことかしら」


 少しばかりの悪戯心が芽生え、有栖は僅かに顔を近付ける。

 そうすると彰人の小さな寝言が聞こえた。


「ありす……は……あいつと……恋人になるの……かな」

「……はっ?」


 あいつとは、ダレダ?

 楽しかった気持ちは鳴りを潜め、彰人の寝言が意味するのは何かと考えてみたが、有栖には当然のように答えは出せない。


「夢……なの? だとしたらどれほど不愉快な夢を見ているの? 私があなた以外を見ると思っているの?」


 たとえ夢だとしても、現実にはあり得ないのだとしても、もしも彰人がそのような不愉快な記憶を垣間見ているのだとすれば、それを考えるだけで有栖が抱く不快感は増大する。


「もしも、どこか違う世界が存在したとして……彰人さん以外の誰かとそういう仲になる可能性があるのだとしたら、それは私ではないわ。今の私は、あなたの前に居る西条有栖はあなたしか見えていないのよ」


「もういっそのこと、あなたと私の体を共に鎖に繋いで、永遠に鍵が開くことのない部屋があれば良いのにね」


「そうすれば、世界はあなたと私だけで完結するというのに……あぁ、何でもかんでも思い通りにはならない……これもまた人生なのかしら」

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