外では弟、内では妹で
まるでキャラが変わったかのような表情をした湊だったが、すぐに唖然とする俺を見て苦笑した。
「ごめんね兄さん。いつか話そうと思ってたのは本当だけど、流石にいきなりすぎたからさ……それでちょっとふざけちゃった」
「そ、そうか……」
「母さんに近い内、兄さんから何か話があるかもしれないって言われてたけどこれだったのかなぁ」
あ~、そういう伝え方を母さんはしてたのか。
流石の湊も内容までは把握してなかったようだが、ある意味心の準備という点では出来ていたのかもな。
「それで……ボクが女だと分かって兄さんは何がしたいの?」
「あ~……分かんね」
「分からないんだ」
「あぁ」
情けないことに、何をしたいのか明確には分かっていない。
ただ何も話さないというのは違うと思うので、俺がこうして話をしようと思うに至った考えだけは伝えておこう。
「湊も知っての通り、最近は本当に色んなことを考えるようになった。有栖や天音さんたち……ま、一番大きいのは有栖の存在だけど。俺も頑張られるんだ……頑張ってみるかって思うようになった」
「うん」
「俺が十六夜家の人間だからこそやれることもあるというか……それこそ天音さんの弟の治療費とか、離婚した父親の脅威を無くせることだとか、あんなにもスムーズに行ったのは俺が十六夜彰人だったからだ」
「全部が全部そうとは言わないけど、確かに普通の家だと出来ないことが出来る利点はあるね」
「だろ?」
もちろん、俺が彰人のまま逃げたとしよう。或いは彰人のまま排除されてしまい、俺の与り知らない所で物語が動き始めたとして……果たして俺が今まで手を差し伸べられた相手が、今この瞬間を笑っていられたかどうか……分かりやすい部分ならソフィアとフィリアだろうか。
「それで、湊のことも考えてみた」
「ボクのことを?」
「あぁ……湊とこういう話をしたことはなかったけど、もしも俺が以前のまま変わらずに家を出て行ったら……湊は家を継いだんじゃないか?」
「それは……そうだね。それがボクを引き取ってくれただけでなく、愛情を注ぎこんで育ててくれた父さんと母さんへの恩返しだから」
やはり、湊はそういうつもりだったようだ。
真っ直ぐにそう言った湊の頭へと、自然と手が伸びて撫でた……もちろん湊が女の子ということもあってすぐに手を離そうとしたが、その瞬間を遮るように湊が視線を向けてきた。
その瞳は続けても構わないと言っているように見えたので、そのまま湊の頭を撫でながら言葉を続けた。
「一旦、もしもの話をさせてくれ」
「え? うん」
「俺が逃げるか、或いは以前の俺のままで家を追放されたらどうなるかってのを考えたわけだ。流石にずっとかどうかは分からないけど、湊は女であることを隠し続けて家を継いで……そのまま自分を偽り続けて生きていくんじゃないかってさ」
どこかで必ずボロが出るか、或いは父さんと母さんがそこまでする必要は無いと言ってくれるはず……でも湊は恩返しのために家に尽くす。
原作ではちゃんと湊は男だったけど、あの通りになる可能性が高い。
そうなってくると湊はずっと周りを騙し続けて生きていく……更に言ってしまえば、彰人がやらかしたことで少なくはない苦労が十六夜家に降りかかるはずだしな。
「その……なんだ。俺が居るからさ……もしも湊にとってこうしたいっていう生き方があるのなら、そうしてほしいって思ったんだ」
「あはは……上手く言葉が纏まってない感じだね?」
「すまん……正直、ずっと弟だと思っていた相手が妹だったっていう事件の耐性は全くないもんでな」
「安心して。そんなことは滅多にないからさ」
湊の言葉に、まあなと俺も笑った。
「兄さん……ほんとに変わったね。以前の兄さんとは本当に違う……まるで別人だよ。有栖さんがああったのも頷けちゃうな」
「……有栖は……凄く変わったよなマジで」
「うん……でも今の兄さんだからでしょ。言葉が纏まらなくても、兄さんの目を見れば相手のことを想ってるのがちゃんと伝わるから」
でもと、湊は一旦言葉を切った。
先ほどまで浮かべていた笑みは鳴りを潜め、湊の持つ中性的な顔の良さを全面的に押し出すような、真剣な表情へと変わった。
「でもそれってさ、兄さんが抱え込むってことにもなるんじゃない?」
「いや……確かにそれもそうかもしれないけど、でも俺は――」
「ごめんね? ああ言えばこう言うって感じになっちゃうけど、もしそうなるならボクは兄さんを支えたいって思う」
「支える?」
「うん――ボクは兄さんの傍で弟……じゃなくて、妹っていう家族の立場で兄さんを支えたい。まあ弟とか妹ってのはどっちでも良くて、ただ家族として兄さんの傍に居られるからこそ支えたいって感じかな」
本来、俺が逃げようとしていた立場に残り続けるのなら……こうして仲良くなれたからこそだろうが、湊は支えたいと言ってくれた。
そうだな……家族だからこそ、兄妹だからこそってやつか。
「最近になって仲良くなったのは確かだけど、ずっと家族だったからこその親しみやすさってあると思うし、兄さんだってボクだからこそ言えることもあるでしょ?」
「それは……そうだな。湊が弟でも妹でも、湊だからこそ気軽に言えることがあるのは確かだ」
「だよね! こうやって一緒に居るのも、有栖さんや天音さんとはまた違う感覚があるんじゃないの?」
「……ある」
確かに、それはあるなと大いに頷いた。
血の繋がりは無くても家族だからこそ、兄妹だからこその距離感は心地良く、それは決して有栖や天音にはないものがある……なんて、つい最近この世界で生きることになった俺が何を言ってんだって話だが。
「だから、そんな立場のボクだからこそ兄さんを支えたい……今はそれでどうかな?」
「……そうだな。正直色々と考えすぎてるのもあるか」
「ボクはまだ中学生で、兄さんは高校一年だよ? 家のことを考えるのは大事かもしれないけど、今は薄らと考えるだけで良いんだよ」
「ははっ、そうだな」
……って、なんか話の趣旨がズレた気がする。
それは湊も感じていたのか、話を戻すねと言って言葉を続けた。
「兄さんがこの時間を作ってくれたこと、それだけボクのことを考えてくれたってことなんでしょ? それが凄く嬉しかった」
「そうか……それで、どうするんだ?」
「う~ん……ボクの考えを言っても良い?」
「あぁ」
「ボクは今のままで良いよ。ボクのことを知っているのは、今知ってる人たちだけで良い……だからボクはこれからも男の湊のままで良い」
「……良いのか?」
湊は笑顔で頷いた。
決して無理をしているわけでもなく、本当に心からそうしたいと思わせる表情だった。
「うん……もちろんいずれは有栖さんとか、天音さんたちのように親しい人には教えると思う。でも今はこれで良い……弟と思われている方が都合良いこともあるからね」
「へぇ」
「だから兄さん、これからもボクは弟として外では振舞うよ。でも……こうして二人の時とかは、妹として接しても良い?」
「っ……」
上目遣いで見つめられ、思わずドキッとした。
見た目は普段の湊と何も変わらない……弟としての湊の姿をしているのに、事情を知った上でこうして見つめられると妙な気分になる。
「……湊がそれで良いなら、俺はそれを受け入れるさ」
「うん!」
湊は満面の笑みを浮かべた。
緊張と共に恥ずかしさもあったが、湊のそんな笑顔を見せられたらそれも些細な問題でしかない。
今この瞬間、俺も湊も更に心の距離は近付いただろう。
湊が今の生き方を変えないと言った以上は、周りに秘密を抱えていくことに変わりはないまでも、兄妹として新しい日々が始まる予感を抱かせてくれる。
「じゃあ早速、一つお願いとかしても良い?」
「お? なんだ、ドンと来いよ」
妹からの頼み……いやぁこういうのってちょっと憧れがあったんだ。
だから俺はノリノリでそう言ったわけだが……後悔とは言わないまでも軽はずみだったなと思うのだった。
それは――。
「兄さん♪」
「……………」
その夜、湊と一緒に同じベッドで寝ることになったからだ。
ちょうど天音さんが明日は居ないので起こしに来ないのもあって、湊がこれを提案した。
「あれ~? 兄さん、もしかしてドキドキしてる?」
「……………」
今の湊は、いつも着ているようなパジャマではない。
俺が事情を知っているからということで、何とも際どいネグリジェのようなうっすい服を着ている。
中学生がなんて物を! なんて思いはしたのだが、湊曰く最近の中学生はこれくらい普通らしい……マジで?
(……あ、相手は妹だぞ!? 意識するな俺!)
意識するな……そう思いたいのに、服装がそれということは胸も抑えつけられておらず、有栖と同じくらいの巨乳が体に当たっている……くぅ、安請け合いするんじゃなかった!!
しかし、思いの外疲れていたらしくすぐに眠れたのは助かった。
(……これで、良かったよな)
(兄さん……ふふっ、まさかこんな風になるなんて思わなかったな。でも沢山色んなことを話せた……こうして知ってもらえたなら、ボクは妹として兄さんに接することが出来る……あははっ、どんなことをこれからしようかなぁ……本当に楽しみ!)
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