第4話 簡素な葬儀
「最も基本的な呪文は【大地】、【火炎】、【風】、【水】の四つ。それらを組み合わせることで新たな呪文が生まれる。例えば、【大地】と【風】を組み合わせると、風化を意味し、それが【崩壊】という呪文になる。【大地】と【水】は、すべての避難所を意味し、それが【生命】になる。【大地】と【火炎】は、鍛えられた岩を意味し、それが【鉱石】だ……」
月光秘境を出た森の中、篝火を囲むサラスとティロ。サラスは静かに呪文の基礎知識を教えていた。
「術式を唱えるのとは違って、呪文を組み合わせるには、二つの呪文から同時に魔力を引き出し、それらをつなげなければならない。そして、それが成功すると、新たな呪文が光点として現れる。その後は、その光点を使って施術すれば、呪文を再度連結する必要はない。」
「じゃあ……二文法術で特に便利なものって何ですか? サラス様。」
「まずは、複数の敵に効果的な【飛石】だ。これは【鉱石】と【風】の呪文で発動できる。まず【鉱石】を試してみるんだ。」
ティロは意識を魔力の湖へと潜り込ませた。
(【鉱石】は【大地】と【火炎】……どちらももう使ったことのある呪文だな。)
彼女は【大地】の呪文に魔力を集中させ、一本の線を引き出す。
(次は【火炎】の呪文にも同じように魔力を引き出して……)
彼女が慎重に操作する中、先に引き出した【大地】の線が消えてしまった。
「あ、消えちゃった。」
「組み合わせる前に、二つの呪文それぞれの魔力が少なすぎたり、差がありすぎたりすると消える。」
「わかりました、サラス様。もう一回試してみます!」
「できれば、二つの呪文から同時に線を引き出してみろ。左右対称に動かせば、すぐに繋がるはずだ。」
「えっ? そんな方法があるんですか?」
「俺が最初に呪文を組み合わせたときは、そうやって成功させた。」
「さすが……」
自分と彼の間にある才能の差に、ティロは思わず苦笑した。
(でもサラス様は私の進歩を考えて、丁寧に説明してくれているんだ……私も頑張らないと。)
彼女は意識を二つに分け、慎重に【大地】と【火炎】に魔力を送り込み、同時に線を引き出そうと試みる。
(集中、集中……あっ、危ない、少しズレかけた! これ、左右の脳を連動させる力が必要なのね……)
二つの魔力が次第に近づき、触れた瞬間、両方とも消えた。しかし、先日二環法師に昇格した際に広がった魔力の湖の一角で、新たな光点がゆっくりと輝き始めた。
「成功したみたいです! サラス様!」
「まだ終わっていない。その呪文の特性を理解しなければ使えない。」
「【鉱石】の特性……鉄や炭が石の中に混ざっている……そして。」
ティロは咏唱を省略できる六文対応の杖を掲げた。
「【飛石】!」
地面から無数の細かい鉱石が舞い上がり、雨のように法杖の指す方向へ飛び、木に無数の穴を開けた。
「できました! これが【飛石】ですよね、サラス様!」
「ティロ。」
「どうしました、サラス様?」
「君は、案外呪文の才能があるようだ。」
「えへへ~」
ぐぅ——
ティロの腹が、タイミング悪く音を立てた。
「……まずは食事にしよう。」
「そ、そうですね……では、持ってきた鹿肉を調理してきます!」
「手伝おう。」
「えっ? いえいえ! サラス様はお休みになっていてください。こういうのはメイドの役割ですから……」
「この身体は疲れを感じない。それに、ティロ、一つ教えておこう。俺は他人が勝手に気を回すのが嫌いだ。俺が求めるのは服従だけだ。」
「はい……」
ティロはサラスをこっそりと見上げた。
(サラス様って、もしかしてツンデレなのかも……?)
帝都、天鵞大教堂。
「おや、これはリリィアニーじゃないか。冒険者の生活はどうだい?」
庭で月を眺めていたのは、サンタクロースのような白い髭をたくわえた老人だった。
放心したリリィアニーは、顔を上げて軽く挨拶するだけだった。
「マルコ神父……」
彼女の疲れ切った表情を見て、名をマルコという老人は彼女のそばへ歩み寄った。
「どうした? そんなに元気がなさそうに見えるが……後ろにいるのは君の仲間かね?」
マルコが指した先には、リリィアニーの後ろを歩くワオインと提爾の遺体を抱えるジャックの姿があった。
「うっ……うう……」
ティールの死を思い出し、リリアンニの目から再び涙が溢れる。
しかしマーコ司祭は勘違いをし、リリアンニが冒険生活で恐怖を抱え、誰にも相談できずに疲れているのだと考えた。
彼は、かつてリリアンニを育ててきたときのように、そっと彼女を抱きしめる。
「よしよし、リリアンニ、大丈夫だ。疲れているならここで少し休むといい。この場所はいつでも君の帰る家だよ。」
リリアンニはその言葉を聞いてさらに声を上げて泣いた。マーコは彼女の背中を優しく叩き、子守歌を口ずさむ。
「白き翼の抱擁のもと、命の揺りかごへと帰れ……」
ジャックは徐々に近づき、リリアンニの泣き声を耳にした。彼はその場で立ち止まり、自責の念に駆られた表情を浮かべる。
その隣では、重い表情の華櫻が一歩前へ進む。
「ジャック殿、ティール殿の遺体はこちらにお任せを。殿は月光鹿の毛皮を持ってギルドに戻り、報酬を受け取ってください。」
ジャックは何も言わずに頷き、ティールの遺体を華櫻に渡すと、落胆した様子でギルドへ引き返していった。
華櫻は一人でティールの遺体を抱え、大聖堂の地下墓地で安置するために進む。
「リリアンニ殿……」
華櫻の声に気づいたリリアンニは振り返るが、そこにいるのは華櫻だけだった。
リリアンニは涙を拭い、冷たい声で尋ねる。
「彼は逃げたの?」
「いいえ、ジャック殿は冒険者ギルドに戻り、報酬を受け取りに行っただけです。」
「そう……」リリアンニの声は冷たい。「仲間が死んでいるのに、最初に考えるのは金なの?」
「いえ、ジャック殿に先に報酬を受け取りに行ってもらうのは拙者の提案でした。」
リリアンニは華櫻の意図を理解し、ため息をつくと、それ以上は何も言わなかった。
華櫻が抱えているティールを見ると、マーコもリリアンニを解放し、近づいて遺体を確認する。
「……かわいそうな子だ。天使がその魂を導いてくれるように。」
リリアンニは顔を上げ、震える声で尋ねる。
「司祭様……わがままだとはわかっていますが、この大聖堂には死者を蘇らせる術があるのでは?」
「もしそんな術があって、私のような者でも知っているなら……世界はとっくに崩壊しているだろうね、リリアンニよ。」
「ふっ、ふふ……馬鹿げてる……死さえも権力者だけが掌握するものだなんて?」
「少なくとも表向きでは、大聖堂の上層部でさえ誰も蘇生術を実現したとは聞かない。……ただし、数百年前のウネイド魔法塔の指導者の一人が、死者を蘇らせる儀式の魔術を開発したという話がある。」
マーコの言葉に、リリアンニの瞳は再び希望の光を宿す。
「その当時、ウネイド魔法塔はまだ邪悪な団体に堕ちてはいなかったのだが……」
「行きます!」
リリアンニの目は輝きを取り戻し、マーコを見据える。
ウネイド魔法塔が邪悪な団体として知られるのは周知の事実だが、それでもリリアンニはティールのためなら……
(何だってする!)
マーコはため息をつきながら告げた。
「無理だ、リリアンニ……聞いた話によると、その魔術は九文法術だそうだ。君も九文の意味を知っているだろう?」
九文法術。
冒険者の大多数は五環が限界だ。一部の才能ある者が六環に到達し、師匠から学ぶか自力で六文を研究できれば、それだけで相当な実力者とみなされる。
七環ともなれば、名声は街中に轟くだろう。
八環の魔術師ともなれば、王室の魔法顧問として仕えることが可能で、生涯安泰だ。
九環や十環は、数百年に一度現れる天才中の天才。
さらにその上となると、もはや凡人の範疇を超える領域だ。史上最強の魔法使いは生涯で十三環に達したと言われるが、その魔法の研究を成し遂げる前に寿命を迎えた。しかもその魔法使いはエルフ族だったため、寿命は人間よりも遥かに長かったという。
「それでも……」リリアンニはマーコを見つめ、強い意志を込めて答える。「仲間のためなら、私は何だってする。」
リリアンニが、ティールのためにジャックを罵倒したその口で、今、そう言ったのだ。
「そして、もう一つの悪い知らせがある。」
「なんですか?ウネイド魔法塔の入会試験が厳しいとか?加入したら世間から嫌われるとか?それとも内部の関係が緊迫しているとか?どんな理由でも、私は……」
「ウネイド魔法塔は、数日前に消滅した。」
「え……?」
その言葉を聞いたリリアンニだけでなく、華櫻も深い衝撃を受けた。
「さあ、公墓へ向かおう。歩きながら話そう……数日前、陛下が魔術師部隊を派遣したんだ。ウネイド魔法塔を調査するためにね。理由は、通りすがりの商人が見つけた、とある村の全住民が忽然と消えてしまったことだ。生活の痕跡は新しいのに、人がいない。これは全員が何者かに連れ去られたとしか思えなかった。」
大聖堂に入り、ステンドグラスから月光が差し込み、冷たい光が神像に降り注いでいる。
「しかし地理的に考えて、敵国の仕業とは考えにくいし、身代金の要求もなかった。そのため、この人々が奴隷として売られたか、儀式の生け贄にされた可能性が高いと判断し、陛下は近くにあるウネイド魔法塔を最初の調査対象にした。」
「それで?村人たちが部隊に協力して、ウネイド魔法塔を倒したんですか?」
「いや、もしそうだったらまだ説明がつく。しかし……」
マーコは大聖堂の側面にある小さな扉の前で立ち止まり、腰に下げた鍵を取り出して錠を開けた。その扉は地下公墓への入り口だった。
「ある日、偵察部隊が魔法塔を監視していると、塔の結界魔法が無効化され、周囲には見張りも一人もいなかった。これが敵の罠かどうかを疑っていた矢先、ウネイド魔法塔が崩壊した。」
「内部抗争……?」
「かもしれない。魔法塔全体が七文法術【マグマの地震】で破壊された。部隊はすぐに捜索を開始したが、生存者は一人も見つからず、塔の内部も溶岩で完全に焼き尽くされ、何も残らなかった。」
「じゃあ、その復活の魔術は……?」
「おそらく失伝しただろう。その魔術が発表された当初から、条件が厳しく、生贄が必要だったこともあり、すぐに廃れたんだ。仮にウネイド魔法塔で伝承されていたとしても、今ではもう失われているだろう。」
希望が絶たれた。
「どうして……」
「リリアンニ殿……」
「こんなに不運なことがある?冒険者になった初日から、普通なら出会うはずのない魔物と遭遇し、仲間の無能さで、もう一人の仲間を失って……しかも存在するかもしれない復活の魔術が、ちょうど数日前に失われていたなんて……」
「人生とはそんなものだよ、小さなリリアンニ。広大な世界では、もっと多くの予期せぬ出来事が起きる。全てが順調にいくなんてあり得ない。しかし……」
マーコは優しくリリアンニの頭を撫で、華櫻からティールの遺体を受け取ると、石棺の中に安置し、別れの祈りを捧げた。
「私は一生かけても何も成し遂げられなかったけれど、小さなリリアンニ、君が努力を続けるなら、きっと見つけられるだろう。」
「何を見つけるんですか?」
別れの祈りを終えたマーコは、リリアンニを石棺の傍に引き寄せ、安らかに横たわるティールを見せた。
「君が見つけたいと思う全てのものだよ……さあ、私はこの黒髪の嬢ちゃんと先に行くよ。君が彼に最後に伝えたいことを伝えたら、ここを出るといい。明日、私は棺を閉じに戻るよ……夜になるとこの公墓は冷えるから、あまり遅くならないようにね。」
マーコは先に去り、残された華櫻は何か言いたそうだった。
「リリアンニ殿、ティール……」
「大丈夫よ、華櫻……少しだけ、二人きりでいさせて。ティールと話をしたら、すぐ戻るから。」
「……もしも、殿がいつか復活の魔術を探すことになったら、拙者も同行させてください。」
華櫻はそう言い残し、その場を去った。
「ふふ……」
リリアンニは石棺の中のティールの冷たい手を握り、ぼんやりと撫でた。
「あなたがいないなら、冒険者なんて意味がないのに。でも、それでも私は、あなたを蘇らせる方法を探さなくちゃいけないんだ、ティール……」
彼女は俯き、一瞬ためらった後、ティールの唇にそっと口づけた。
「もっと強くなったら、彼らから離れて、もっと強い仲間を見つけるわ。そして、新しいパーティで、私たちの物語を始めるの。」
ティールの口にはまだ血の味が残っていた。リリアンニは彼の手を再び元の位置に戻し、静かに言った。
「ティール、風邪をひかないようにね。おやすみなさい。」
石棺の中のティールは、何の応答も示さなかった。リリアンニは重い足取りで、その場を後にした。
「ウネイド魔法塔……九文魔術……」
墓室の隣にある行き止まりの片隅で、マーコ神父はため息をついた。
(彼女に話すべきではなかったのか……主よ……)
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