第3話 狩人たち

月光の秘境。


「サラス様、奥へ進むにつれて魔物が少なくなってきたように感じます…」


「中間部分は月光ライオンの縄張りだ。彼らは縄張り意識が非常に強いので、密度が低い。」


二人の前方で咆哮が響き渡り、洞窟の天井にいた月光虫が数匹落ちて草むらに紛れ、四方へと逃げ去った。


「まあ、縄張り意識が本当に強いんだな。」


月光虫の断続的な微光に照らされて、一匹の月光ライオンが高く頭を持ち上げ、堂々と歩み寄りながら、二人を獲物の目で見据えてきた。


「来た!あれは…【火炎】!」


野生動物は火を恐れるという知識は、人間の遺伝子に刻まれた本能のようなものだ。


しかし、ティロの杖先で揺らめく炎を見ても、月光ライオンは怯む様子を全く見せない。


「月光秘境の交通の要所にいる魔物が、こんな半端な威嚇で退くわけがない。それどころか、凶暴な光を浮かべてきやがる。」


「気にするな。こいつは殺さずに済むなら、それに越したことはない。この種は数が少ないからな。外にいる月華鹿や奥の銀狼とは違う。死体をちゃんと処理しないと、すぐに見つかる可能性がある。」


サラスは悠然と歩を進め、全身から発する濃厚な死の気配で月光ライオンをじわりと後退させたが、相手は諦める気配を見せず、横歩きで慎重に様子を伺ってきた。


(本当にこれで大丈夫なの…?)


月光ライオンはほぼティロと同じくらいの背丈があり、がっしりした体格に鋭い爪、そしてむき出しの牙を持つ。そのような野獣を目の前にして、普通の人間が恐怖を覚えないはずがない。


それでもティロは震える心を抑えながら、必死で後を追った。


(サラス様が戦う必要はないと言ったんだから、大丈夫なはずよね。)


サラスはわずか七歳で四環の魔法使いとなり、この程度の魔物を瞬殺できる実力を持つ。彼にとって、月光ライオンなど目に入らないのだろう。


だが、肉食魔物とほとんど接触したことのないティロにとっては状況が違う。彼女は慎重に一歩一歩進むことしかできず、視線も月光ライオンから片時も離せなかった。


身を守るためか、それとも自分に勇気を与えるためか、ティロは杖を月光ライオンに向けたまま、ずっと【火炎】を発動し続けていた。


「今日の目標はさらに奥にいる銀狼だ。こいつらは単体の戦闘力は月光ライオンに劣るが、群れで行動するのが特徴だ。経験値稼ぎには最適だぞ。」


(経験値稼ぎ…天才の目には、敵が私のような凡人とは全然違って見えるんだな…)


ティロがそんなことを考えていると、影からもう一匹の月光ライオンが飛び出してきた。それは先ほどのライオンと違い、縄張りを守るためではなく、純粋に空腹を満たすためにティロに飛びかかってきたのだ。


「きゃっ!」


ティロは気づいた瞬間、攻撃するよりも前に本能的に杖を握りしめ、自分を守る姿勢をとった。


しかし、この体格の肉食魔物に突進されたら、魔法杖を持つだけのか弱い少女にどうこうできるはずがない。


(攻撃しないと…!)


そう頭では理解していても、恐怖で杖を握る手は動かせない。


飛びかかってきた月光ライオンは空中で動きを止められ、そのまま地面に叩きつけられた。サラスがその後ろ脚を掴み、もう一匹の動きをじっと観察していたのだ。


「こっちは雌で、あっちは雄だな…。ティロ、怖かったか?」


ティロは杖を握りしめる手を少し緩めた。一瞬とはいえ、死を覚悟するほどの恐怖を味わったため、神経は極限まで張り詰めていた。


それでも彼女は気丈に装い、サラスを安心させようとした。


「いえ、大丈夫です…」


サラスはティロに一瞥をくれた後、雄ライオンの動きを再度確認し、雌ライオンを引きずりながらさらに奥へ進んでいった。


「考えが変わった。劣等な生命は野良犬のように道端で死ぬべきだ。」


雄ライオンは挑発を理解したように見え、サラスに飛びかかってきた。そしてその牙を彼の右腕の小腕部に食い込ませ、痛みを与えて雌ライオンを解放させようとした。

しかし、牙や爪がどれだけ鋭かろうと、それらが当たるのはただの鋼鉄であり、サラスには何の痛みも与えられない。彼はそのまま二匹のライオンを引きずって、前方の暗闇へと消えていった。


「サラス様…?」


サラスは答えず、暗闇の中からは肉体が岩に叩きつけられるような鈍い音が聞こえてきた。


次いで二度目、三度目の音。


ティロは杖先で燃える炎を見つめた後、サラスの方向を不安げに見やった。


音が何度も繰り返された後、今度は骨が砕ける鈍い音が混ざり始めた。


「【昆虫、飢餓、駆使】——虫噬。」


「【火炎】。」


しばらくして、サラスが暗闇から現れた。


雄ライオンを引きずりながら戻ってきた彼の鎧の正面と雄ライオンの体には血が飛び散り、所々に白い灰が見受けられる。


彼は雄ライオンの後脚を掴むと、そのまま投げ飛ばした。


雄ライオンは地面に叩きつけられ、悔しそうに牙を剥きながら一声吠えた後、不満げに後退し、二人の視界から消えていった。


「行くぞ。」


「はい!サラス様、お手は痛みませんか?」


「痛くない。」


「そうですか…以前は気づきませんでしたけど、サラス様、こんなに力が強いんですね。」


「冥界であの戦士の魂を食らった後、なんとなくこんな感じがするようになった。それから…」


彼は近くの血に染まった岩壁を見つめた。


「現世に戻った後も、魂を喰らう力はまだ残っているらしい。それに、魔物の魂も喰らえるようだ。もっとも、月光ライオン程度では何の力も得られなかったがな。」


サラスたちは狭い通路を抜け、月光秘境の奥へと足を踏み入れた。


「【風】。」


サラスが手をかざして魔法を発動させると、後ろから風が吹き抜け、血の匂いをまとって秘境の奥へと流れていった。


「銀狼が来たら、通路の出口まで戻るぞ。地形が狭いから、群れで戦う彼らの利点を封じられる。」


「了解です!」


銀狼は肉食で食欲が旺盛だ。そのため、地面には数多くの骨が散らばっている。それらの中には月光ライオンのものも、人間のものも、そして銀狼自身のものも含まれていた。


銀狼たちは狩りの際に、獲物の反撃で命を落とした仲間を食べてしまうことがある。自然に腐敗させるという行為は、彼らにとって冒涜であり無関心を示すものなのだ。


「サラス様…あれ、人間の骨ですか?」


「そうだ。だが、その近くに落ちている物を見れば分かるが、冒険者ではなさそうだな。月光秘境の最深部に住む『月の民』の骨だろう。」


「月の民?」


サラスは草むらに落ちていた一本の槍を拾い上げた。それは木の棒に石が括り付けられた粗末なものだった。石にはシンプルな白い線の模様が彫られている。


「月の猿が進化したものだという説もあるし、長い間ここに隠れて狂気に陥った犯罪者だという説もある。だが、結論として言えば、ただの野蛮人だ。」


「えっ?秘境には魔物だけがいるんじゃないんですか?」


「月の民を魔物として分類すべきかどうかは、暇な連中が好き好んで議論するテーマだ。だが敵という観点で言えば、秘境には魔物以外の敵も存在する。訓練不足、物資の欠乏、環境への理解不足、それらすべてが敵になる可能性がある。」


サラスはそう言いながら、手にしていた槍を遠くへ投げた。それは斜めに地面へ突き刺さり、その先端に一匹の左目に傷のある銀狼が優雅に乗り、その背後には飢えた獣の群れが控えていた。


「だが、魔物以外で最も危険で、予測不能な敵は…他の冒険者だ。」


サラスはそう言い切ると、ティロに指示を飛ばした。


「ティロ、さっき言った通りにやるぞ。」


サラスが後ろを守る中、ティロはすぐに通路の出口へと退却した。


「アウゥ~~!」


銀狼の群れを率いる頭狼が遠吠えをすると、背後の狼たちが一斉に突撃してきた。しかし、彼らはサラスを無視してティロにまっすぐ向かってきた。


「鎧の中に肉がないと嗅ぎ分けられるんだろうな。この銀狼たちは、月光ライオンよりも賢い。」


サラスが冗談めかして言った。


(サラス様が冗談を言うなんて…記憶の中の彼はいつも真剣で、冷静な人だったのに…いや、今は回想に浸っている場合じゃない!)


銀狼の群れに対抗するには、狭い場所で彼らの数的優位を封じ込めるのが基本戦術だ。だが、サラスの指揮が加わることで、ティロの中に不思議なほどの自信が芽生え、彼女が生み出す炎も一層勢いを増していた。


(魔法を事前に発動しておけば、銀狼たちが火を恐れなくても、いきなり正面から突っ込んでくることはないはず。問題は、どのタイミングで仕掛けるかだ…!)


しばらく動きを見せないティロの様子を、サラスは黙って見守っていた。

(そうだ、それでいい。戦闘のコツを自分でつかむことこそ、成長への道だ。)


銀狼たちの頭狼は、背後から攻撃することもなく、サラスの隣に降り立ち、共にティロの方をじっと見つめている。


狼群は狭い通路を前進する際、自然と雁行(がんこう)陣形を取らざるを得なくなっていた。


(思ったより激しく来るな…。でも、負けるわけにはいかない!)


ティロはサラスを一瞥し、最前列の狼が跳躍して襲いかかろうとするのを見た瞬間に決断した。


「【火炎】!」


ティロが放った炎は、これまでのどの【火炎】よりも勢いがあり、先頭の数匹の銀狼を瞬く間に焼き尽くした。後続の狼たちは急ブレーキをかけようとしたが、数匹は止まりきれず、同じ運命をたどった。


銀狼は現在のティロにとって十分に強力な魔物であり、サラスは一切手を出していない。つまり、これはティロが単独で行った戦いだ。


指輪の力により、彼女の魔力は目に見えるほど増大していた。


(やった!それに、今までよりも魔法の制御が格段にしやすくなってる!)


だが、サラスの表情に特段の喜びは見られない。


銀狼の群れは一時的に後退したが、ティロの炎は徐々に魔力を消耗させており、長く維持することはできない。


(さて、ティロ、お前はこの状況をどう切り抜けるつもりだ?)


銀狼たちは通路の両脇にある険しい岩壁に爪をかけ、後ろ足に体重をかけてジャンプしようとしているようだった。


(狭い地形を利用して上下から同時に攻撃するつもりか…。なるほどな。)


「ええ…」


ティロも銀狼たちの意図を理解したようで、彼らの目に宿る飢えを隠しきれないことを感じ取った。


(ティロが二環まで成長していれば、これくらいの状況に対処できるだろうが…。今のままでは、ほぼ詰んでいる。だが、もしかして…)


彼女は一瞬、助けを求めるような目でサラスを見た。だが、サラスは依然として何もせず、頭狼と並んで立っているだけだった。


これは一種の博弈だった。駒となるのは、ティロと銀狼の群れだ。


「ティロ。」


「はい!」


「知ってるか?月光秘境には冷涼なハーブの香りが漂っている。低レベルの秘境とはいえ、この珍しい植物が育っている場所だ。」


(こんなときに何の話をしているの?サラス様!)


サラスの突然の話題に、ティロはますます緊張した。その結果、彼女の感覚はさらに研ぎ澄まされていった。

すると、不意にハーブの香りが鼻をかすめた。


(この匂い…!)


彼女の頭の中に、田舎道や羊を放牧していた山の風景など、いくつかの記憶が次々と思い浮かぶ。


それらの記憶はすべて、一つの共通点を持っていた。


(わかりました、サラス様…!私は強くなります。もう、足を引っ張ったりしません!)


ティロは心を落ち着け、魔力を巡らせると、これまでになく自信に満ちた表情を浮かべた。


「さあ、来なさい!」


「アウゥッ!」


銀狼の群れは一斉に攻撃を開始し、狭い岩壁を上下に跳び交う一方、地上からもティロに向かって突進してきた。


ティロは銀狼たちがあと一歩のところまで接近した瞬間に動いた。


「【大地】!」


ティロが新たな呪文を唱えると、岩壁の上部が内側に押し寄せ、上からの進攻を封じ込めた。行き場を失った銀狼たちは下方の攻撃陣形を乱し、計画が崩壊した。


(そうだ、この感覚!大地のぬくもり、香草と土の香り!)


(初めての【大地】で岩を自在に動かすとは…。よくやったな。)


「【火炎】!」


ティロの再度の炎により、もう一波の銀狼たちの攻撃が撃退され、数匹が命を落とした。


自信に満ちたティロは、秘境の地形を自在に変えることができるという新たな力を得て、もはや恐れるものはないようだった。


頭狼が再び遠吠えを上げると、残された銀狼たちはその後ろに退避し、動きを止めた。


「えっ、どうしたの?」


サラスは頭狼の行動を観察し、銀狼たちが道を開けて暗闇の中に消え去っていく様子を見届けた。


「奴ら、怯えたのか?」


「狼の群れが獲物を恐れるなんてことはない。」


サラスは暗闇に消えた狼の群れを見つめながら、静かに言葉を続けた。


「だが、怯えたと思っておこう。」


ティロの胸が突然熱を持ち、魔力の泉が再び拡大する感覚が押し寄せた。しかし、今回はこれまでとは違う。


「胸が…急に熱く…!」


単に泉の面積が広がっただけでなく、その中の魔力の質そのものが新たに生まれ変わったかのように感じられる。ティロは、その広がった魔力の中に、まだ見ぬ呪文の可能性が秘められていることを悟った。


「これは、お前の魔力が二環に到達した証だ。臨場感の中で新たな呪文を閃いたのは、上出来だ。」


「へへっ…サラス様のおかげです!」


(褒められた!)


「今日はここまでだ。現場を片付けて、撤収の準備をしろ。戻ったら二環呪文の構成を教えてやる。」


「はい!」


月光の秘境、入り口。


「暗いな…松明でも持ってきたほうがよかったんじゃないか?」


「ダメだ。月光虫は油の匂いに非常に敏感だ。火を灯すどころか、松明を持ち込むだけでも虫の群れに襲われる可能性がある。」


「そ、そうか…」


ジャックが先頭に立ち、邪魔な草木を切り払いながら進み、その後ろにティール、リリアニー、そして華桜が続いていた。


「気持ち悪い…」リリアニーは、どうやら虫に対して嫌な記憶があるようだ。


「ティール殿、非常に博識ですね。拙者、感服いたします。」


「大したことはない。君の言う通り、準備不足こそ秘境挑戦における最大の敵の一つだ。」


「松明がダメなら、【閃光術】はどうでしょう?」


「それなら使える。」


そう言われると、リリアニーはすぐに手にした聖杖で一塊の光を発した。


「むぅ…拙者から見ると、少し明るすぎるような気もしますが…」


「ごめんなさい華櫻、私…本当に虫と暗闇が苦手で。」


数人はそれ以上何も言わず、道を進み続けた。やがて、月華鹿の生息地にたどり着いた。


石壁には水が染み出ている場所があり、二頭の月華鹿が水を舐めて喉を潤していた。

リリアニーは一時的に光を消し、華桜の手をぎゅっと掴んだ。


「おお、発見だ!」


ジャックは声を抑え、剣を抜いて静かに近づいた。


「待って、ジャック…!」


ザザッ。


草木が揺れる音が月華鹿の敏感な耳に届き、振り返ることなく逃げ出した。


「あっ。」


「【火炎、風】——炎扇!」


ティールはジャックの奇襲が失敗したのを見るや否や、すぐに炎の魔法を放ち、逃げ遅れた一頭を命中させた。この環境に長く適応してきた月華鹿にとって、高温はより大きなダメージを与える。


華櫻はリリアニーの手をジャックに渡した後、すぐに前に出て刀を抜き、正確に月華鹿の首元を後ろから斬りつけた。


「一頭だ。」


彼女は武士刀についた血を一振りして払うと、刀を鞘に収めた。


「えへへ、ごめんなさい、ちょっと無鉄砲だったかもしれない。」


「これで一頭だな。華櫻、剥皮をお願いできるか?」


「お任せください。拙者がやります。」


彼女はもう一振り小型の「脇差」を取り出し、傷口から皮を剥ぎ始めた。


リリアニーはジャックの手を振り払っただけでなく、ティールの反応をこっそりと伺った。


(抱きつく相手を変えるなら、せめてティールがいいな、華櫻。)


別にジャックが嫌いなわけではないが、ティールのような物静かで冷静な少年の方に好意を抱くのは、少女として自然なことだろう。


皮を剥ぎ終えると、石壁から湧き出ている水で内側の血を洗い流し、巻いてジャックのリュックに入れた。


「ジャックの装備は重装すぎて、こういう機敏で反撃してこない魔物には向いていないと思う。分担を決めた方がいいんじゃないかな。」


「うん…」ジャックは自分の鎧を見下ろし、さっきのことを思い返した。やることがなくなるのは嫌だったが、しぶしぶ同意した。「それじゃ、俺は道を切り開いて、戦利品を背負う係をやるよ。」


「私は照明を担当するわ。もしケガしたら、治療も私に任せて。」


「私と華桜は攻撃を担当する。その後、まずは俺が行動に影響を与える魔法で攻撃する。それで一撃で仕留められなかったら、華桜がとどめを刺す形で。」


「拙者、異議はございません。」


分担が決まると、狩りは明らかにスムーズになり、一行は徐々に月光秘境の奥深くへと進み、依頼の目標達成に近づいていった。


だが、四人が進む道の闇の中には、狩人の視線が潜んでいた。


「これで8枚だよな…だろ?」


「9枚だ。あと1枚で完了だ。」


「もうすぐ帰れるな…えっ、みんな見て、あれ…寝てるのか?」


リリアニーが指さした方向を見ると、一頭の月華鹿が背を向けて地面に伏せており、横向きに頭を倒して、非常に静かに微動だにしていなかった。


「損傷がないみたいだな。たぶん肉食魔物の襲撃で死んだわけじゃない…静かに近づこう。」


リリアニーは聖光を消し、ジャックとティールと共にその場で待機した。一方、華桜は一人で前へ進み、確実に一撃必殺できる位置を取った。


「【大地】。」


ティールが魔法を発動し、月華鹿の前方、左側、右側を封鎖すると、華桜は素早く前進し、正確な一撃で斬撃を命中させた。


しかし、皮を剥ごうとしたところで、華桜は動きを止めて固まった。


「どうした、華桜?」


「本当に…残酷です…」


華桜はそばの茂みから一本の枝を折り、それを胸の前に掲げ、静かに祈りを捧げた。まるで死者を悼むかのようだった。


「何があったんだ?」


「この月華鹿、私たちが発見する前に、すでに死んでいました…」


「えっ?でも、肉食魔物だったら…」


「人間の仕業です。」


三人は華桜のそばに集まり、この月華鹿の頭部を見た。口は苦しそうに大きく開き、顔は黒焦げになり、毛は全て失われていた。


「何かで縛られて、生きたまま焼かれたようだ。」


それでも、体の皮はほぼ無傷だったため、華桜は剥皮を始めた。ジャックとティールは静かに待機し、リリアニーはこの月華鹿の魂に祈りを捧げていた。


「どちらにせよ、これで依頼達成だ。皮を剥ぎ終わったら、ギルドに戻ろう!」


ジャックは気を取り直して、場の空気を和らげようと努めた。


「叔父から聞いた話だけど、冒険者の中には、依頼を受けずに秘境に入る連中もいるらしい。高価な戦利品を狙うわけでもなく、ただ狩猟そのものを楽しむためだけにね。でも、そういう連中でも獲物はできるだけ一撃で仕留めて、無意味に苦しめたりはしないらしいよ…」


「フン、ただの精神的に歪んだ奴らさ。ギルドに報告したって追跡は不可能だろう。俺たちは、自分たちのやるべきことをやるだけだ。」


「どうぞ、ジャック殿。洗い終わりました…」


「おう!今行く。」


ジャックが石壁の下で作業中の華桜のもとに歩み寄ると、華桜は振り返りざま、最初に彼を勢いよく突き飛ばした。


ジャックの背後から、人間とほぼ同じ背丈の月光ライオンが飛びかかってきたが、華桜が彼を突き飛ばしたおかげで、その攻撃は空振りに終わった。


石壁にぶつかった月光ライオンは、その表面に深い爪痕を残した。


「月光ライオン!?資料ではもっと奥深くにいる魔物のはずだし、自分の縄張りからほとんど出ないって書いてあったのに…どうして?」


「原因なんて後回しだ。迎え撃つぞ!」


「ジャック殿、背負っている荷物をまず脇に置いてください。動きが制限されます。」


華桜は武士刀と脇差を抜き、二刀流の構えを取った。ジャックは華桜の左側に立ち、リリアニーとティールはその二人の後方で、いつでも魔法を使えるよう準備を整えていた。


「援護を頼む。」


ジャックと華桜は同時に前進し、二刀と大剣を振り下ろして攻撃を仕掛けた。しかし、月光ライオンは全く恐れることなく、比較的細い武器を持つ華桜に狙いを定め、突進してきた。


華桜の双刀は月光ライオンに地面へと押し付けられ、ジャックの斬撃は命中したものの、ほとんど掠った程度で大したダメージを与えることができなかった。


月光ライオンは頭で華桜の胸部を激しく突き、反動を利用して後退しながら、華桜を吹き飛ばした。自身も安全な距離まで下がった。


「華桜!」


「【火炎、風】——炎扇!」


「拙者は大丈夫です…ゴホッ…」


胸に甲冑を着ていたとはいえ、華桜はこの一撃で吐血した。それでも彼女はリリアニーの治療を断った。


「好機は一瞬で消えます。今は治療が絶対に必要な時ではありません!」


ジャックは身をかわしてティールの炎扇を通し、華桜は炎が月光ライオンの視界を遮っている間に側面から包囲した。


炎扇は広範囲を薙ぎ払うが、一瞬だけの火炎である。月光ライオンは避けられないと判断し、体を横に向けて頭部を守り、この炎扇を強引に受けた。


「まだ終わっていない!」


月光ライオンの視界が回復する前に、華桜は双刀でその頭部に交差する斬撃を放った。


斬撃は命中し、炎が消え去ると、華桜の双刀には血が滴っていた。ただし、それは月光ライオンの右顔面を掠めた程度で、深い傷を二本残したにすぎなかった。


月光ライオンは怒りの咆哮を上げ、再び華桜に飛びかかったが、ジャックがそれを食い止めた。華桜もその隙に素早く体勢を整え、斬撃の勢いから立て直した。


ティールは魔法を詠唱しながら冷静に考え込んでいた。この月光ライオンには何か奇妙な点があるように思えたが、それが何かはっきりしない。


「あの月光ライオン、華桜とジャックの二人に同時に攻撃されても、そのうちの片方にしか対応せず、全力で突進してきます…肉食の魔物って、こんなに命知らずなんですか?」


リリアニーの言葉がティールの注意を引いた。


炎の光に照らされ、ティールはその月光ライオンの体に血痕が付着しているのを目にした。それは毛に凝固しており、今の戦闘で付いたものではないが、古い血痕というほどでもなかった。


「これは…人間に怒りを買わされたんだ!」


ティールは結論に至り、すぐにジャックと華桜に指示を出した。


「ジャック、華桜!無責任な言い方かもしれないが、もっと捨て身で攻撃してくれ!このライオンは人間に怒らされている上、本来俺たちが相手にするべき魔物じゃない。長期戦になればなるほど、状況は不利になる!」


ジャックと華桜は武器を握り直し、ティールの言葉を無条件に信じた。


月光ライオンは人間の言葉を理解できないはずだが、数人が戦略を話し合い、その中心にいるのが灰髪の少年だということを悟ったようだった。


一声咆哮を上げると、今度はジャックに向かって飛びかかった。


「俺を狙ってきたのか、いいだろう!」


ジャックは大剣を構えて防御の態勢を取り、ティールは呪文の準備を始めた。一方で華桜は引き続き側面からの包囲を狙った。


「力比べなら俺に自信があるぞ!」


「ここで終わりだ!」


「【火炎、風】——炎扇!」


「えっ、あの…頑張って!後で華桜の治療を手伝うから!」


月光ライオンはジャックとの間に少し距離を取ると、再び四足で身を低くし、一見すると全て計画通りに進んでいるように見えた。


しかし、華桜は違和感を覚えた。本能が告げていた――月光ライオンの狙いはジャックではない。


「ティール殿、お気をつけください!」


月光ライオンは高く跳び上がり、ジャックの肩を飛び越え、炎扇をものともせずティールを地面に叩きつけた。そして彼の肩に噛みつき、鋭い爪を深く腹部に突き刺し、内臓をかき乱した。


これらはすべて一瞬の出来事だった。その衝撃に、数人は呆然としてしまった。


「ティール!」


「ティール殿!」


「ああああああああああ!」


この灰色の髪を持ち、普段冷静で口数の少ない少年が、初めて感情を露わにした瞬間だった。


最初に反応したのはやはり華桜だった。彼女はすぐさま前に飛び出し、まずは月光ライオンの爪を斬りつけた。内臓の損傷は肩の怪我よりも危険だからだ。


「放せ!放せ!ティールを放せ!」


リリアニーも聖杖を振り回して必死に叩いたが、月光ライオンはどうしても口を離そうとはせず、まるでティールと心中しようとしているようだった――いや、それ以前の行動からして、誰でもいいから誰かと共倒れになりたかったのかもしれない。


「ティール!」


ジャックは側面から月光ライオンの口をこじ開けようとしたが、その咬合力は彼の想像をはるかに超えており、いくら力を込めても微動だにしなかった。


「ジャック殿、どいてください!」


一刀で骨まで達し、二刀目で骨を断ち切り、三刀目で肉を切り裂く――華桜は見事な三連撃で月光ライオンの爪を切り落とし、さらに一刀でその頭を正確に斬り落とした。これでジャックもようやく月光ライオンの口をこじ開けることができた。


「ティール、今すぐ治療します!」


リリアニーは聖杖をそっとティールの傷口に当てた。肩の傷口は血まみれで、骨が見えるほど深かった。


「腹部を先に治療してください、リリアニー殿!」


「わ、わかりました!【生命、水】——癒し!」


華桜はすぐにティールの鼻下に手を当てて呼吸を確認し、何か衝撃を受けたような表情で、ティールの虚ろな瞳を見つめた。


洞窟の奥から吹いてくる風が、いつもより冷たく感じられた。


「リリアニー殿…」


「ティール、大丈夫、大丈夫だから…」


彼女の目には涙が溢れた。大切な少年が目の前でこれほどの重傷を負ったのだから、たとえ助かったとしても、その痛みは避けられない事実だった。


「リリアニー殿。」


「華桜、何か言いたいことがあるなら後にして。治療中は…集中しないと!」


「その必要はありません…ティール殿はもう…亡くなられました…」


目を見開き、口を大きく開けたまま、誰が見てもそれはただの昏睡状態ではなかった。しかしリリアニーは、どうしてもそれを信じようとはしなかった。


「そんなはずない、そんなはずない!」


「激痛で亡くなったのか、内臓が損傷したのか…あの月光ライオンは、人を殺す術を熟知しているかのようだった。ティール殿を絶対に殺すという決意で襲いかかったんだ。」


その言葉を聞いたリリアニーは、まるで現実を無理やり受け入れるように、大声で泣き始めた。そして、地面に転がった月光ライオンの頭を、聖杖で何度も叩きつけた。


「彼を…連れて帰って埋葬しましょう。」


(俺のせいなのか…?)


ジャックは重苦しい雰囲気の中にいる少女たちを見つめながら、自分を疑い始めた。


(俺がもっと早く気づいて、月光ライオンを食い止めていれば、ティールは死ななかったんじゃないか…?)


「どうして…!」


リリアニーは地面に跪き、泣きながら訴えた。


ジャックは俯きながら、端に置いてあった荷物を静かに背負い、ティールの遺体を抱き上げた。華桜はリリアニーを支え、連れて行こうとしていた。


「どうしてティールじゃなくてあなたが死ななかったの!どうしてティールの代わりに攻撃を防がなかったの!あなたは戦士でしょう!」


リリアニーの言葉は鋭い刃のようにジャックの胸を貫いたが、彼にはどう答えればいいかわからなかった。


「それはジャック殿の責任ではありません。月光ライオンは本来ここにいるべき魔物ではない…誰かが奥深くから追い出したのでしょう。彼らはきっと、ライオンの家族や仲間を殺したのかもしれません…だから、こんなにも怒り狂っていたのでしょう。」


「そんなの受け入れられない!ティール…ティール!私のティール…」


三人が去った後ほどなくして、サラスと楽しそうな表情のティロが奥から現れた。


「サラス様、今夜は私が月華鹿のステーキを作って差し上げます!」


「私は食事を取る必要がない。」


「えっ…」


サラスは隣にいるティロに目を向けた。その表情には落胆が隠しきれていなかった。


「食べる必要がないというだけで、食べたくないわけではない。」


その言葉を聞いた瞬間、ティロの表情は再び明るくなった。


「わかりました!」


サラスは前を歩きながら、何かに気づいたようで足を速めた。


「えっ、サラス様、どうして急にそんなに早く歩くんですか?何かあるんですか?」


「…あの月光ライオンだ。」彼は斬り落とされた月光ライオンの頭を拾い上げ、傷口を観察した。「一撃で切断され、頸椎まで達している…だが、切断面から判断するに、おそらくレベルは低いが装備の整った初心者だな。それに…」


サラスは月光ライオンの牙と爪についた血に目をやり、冷笑を浮かべた。


「チームで戦っていたようだが、この月光ライオンに重傷を負わされた者がいるか、あるいは殺された可能性もあるな。」


「こいつの縄張りってそんなに広いんですか?初めて遭遇した場所からここまでは結構な距離がありますよね。」


「俺たちがここまで追いやったんだろう。そして運悪く、新米冒険者の一団に出くわした…だが、くだらない命などどうでもいい。戻るぞ。」


「了解です!サラス様、今夜はどんな味付けのお肉が食べたいですか?蒸しますか?それとも煮込みますか?あ、私の故郷には、お肉を紙のように薄く切って、そのまま生で食べる方法があるんです!」


「好きにしろ。」


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