偶然にも程がある

あの日の傷も癒えた俺は、電車にのっていた。

時は9月上旬、二年生の夏も終わり冬に向けての準備が始まる頃だった。

蒸し暑い駅構内から車両に乗ると、空調の冷たい風が俺を五回は生き返らせた。

聖戦闘学園と俺の家は、正直に言ってかなり離れている。小一時間程電車に揺られながら学校へ向かうのだ、その間は虚無の時間である。

はっきり言って、今の学園の授業はかなり難しい。

普通科高校の基礎科目に加えて、『才』先端科学や戦闘訓練、サバイバル訓練など、頭も身体も酷使するハードな内容が目白押しだ。

さらにこの学園の恐ろしさは、自治の殆どを『聖徒会』と呼ばれる才強さいきょうの生徒達が行っている所にもある。

その権力は学園長に並ぶとも云われ、生徒達の過半数の支持があれば、学園内のルールさえ変えてしまうそうだ。

勿論、俺のような出来損無いはA4紙一枚にも満たない儚い命であろう。出来るだけ目をつけられないようにしなければ……。


学園まであと二駅と言うところで、目の前の乗車ドアが開く。

するとそこには、首の無い女が立っていた。

いや、よく見たら目茶苦茶デカイだけだ。首から上はドアから完全に見切れており、かろうじて金髪ツインカールの先端だけがユラユラと電車の空調に揺れている。


「失礼いたしますわ」


2mを優に越えたばかでかい女が、二発のミサイルを大きくスウィングしながら乗車ドアをくぐる。外の熱気か威圧感か、どちらなのか区別はつかなかった。

ただ存在そのものが強烈な圧となって、俺という人間の矮小さを本能で理解わからせた。

ひたすらにデカイその女は赤い下敷きで自らの顔を仰ぎ、その風の心地よさに目を細めていた。

半袖の制服ははち切れんばかりで、その肢体が外へ外へと拡散しようとするのを辛うじてとどめていた。

床にはピチャピチャと汗が滴り、既に水溜まりの様相を示している。


「なんて代謝の良さなんだ……」


ピタリと身体に張り付いた薄いシャツの下から、紫のミサイルカバーが透けていた。

俺の顔ぐらいはあるだろうか、そんなことを思っていた矢先、俺はその女が刺さるような目線をこちらに向けていることに気が付いた。

しまった、鼻の下を伸ばしているところを見られたかも知れない。

その女はピチャピチャと水音を立てながら此方へ向かってきた。


「どうして淑女専用車両に、薄汚い男が乗っているのかしら」


そう言って前屈みになりながら俺の情けない顔を睨み付ける。


「あ、あのー、俺は一応学園の生徒で……」


俺がそう伝えると、女は眉をピクリと動かす。


「聖戦自治法第二条ね……」


聞き慣れない言葉が出てきたが、聖戦自治法とは、学内のあれやこれやをどうこうする類いのアレである。

第一条、生徒たるもの淑女であれ。

そして第二条、淑女とは『才』有るもののことである。

古い内容なので、『才』を持つ男の処遇については、全く考慮されていないのだ。これらはマジで後になって知った。


「あたくしは『雅ウルカ』、あなたのお名前は?」


淑女たるもの、名を聞く時は先に名乗れ。

そう言う決まりがあるのかもしれない、ここは名乗るべきなのだろう。

俺は制服の襟を正す


「俺は木村、木村隼人だ」


俺の名を聞いた途端に、雅の額にみるみる血管が浮き出てくる。そう、それは奥ゆかしいジャパニーズマンガスタイルの怒りマークそのものであった。


「そう、あなたが……あたくし茶華道部の主将を張っておりますの、先日はりーちゃん先生がお世話になったそうですわね」


なんたる偶然、世間とはかくも狭いものなのか。

これはなんと繕えばいいのか、俺の『才』はブラを外す力で……なんて事をいえば、今ここで社会的にも物理的にも抹殺される事は確定だろう。

腹をくくって身構える俺に対して、怒りの形相を示した雅の行動は以外にも冷静であった。

胸ポケットから汗で湿った何かを取り出すとそれを俺の前へ投げつける。

ベチャッと音を立てて床に広がったそれを見て言葉を失った。俺の足元には、水浸しの白い手袋が投げられたのだ。


聖戦自治法第八条、淑女たるもの売られた決闘ケンカは必ず買うべし。

俺は今、このデカ女に模擬戦を挑まれたのである。

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