誘いは甘い

 学園は基本的に寮生活である。基本的、というのは、ポイント次第では家を借りて一人暮らしができるからだ。生徒の通学風景は学園アニメ要素を満たすことから、学園からも推奨されている。

 とはいえまだ1年生1日目の牡丹には関わりないこと。このまま自分の部屋まで行っても良かったが、入学して友達が一人もいないというのはまずい。単に思春期の少女としてもそうだが、キャストとしては寂しいだけでは済まないのだ。


 先ほど生徒会長から脅されたばかりである。群れることで身を守ろうとするのは本能的な行動だ。

 考えることは同じで、すでに教室や廊下で1年生の固まりがいくつもできている。変な先輩のことを考えていた牡丹は余り物の一員だ。

 他の生徒がグループでかしましく自己紹介し合う中、出遅れた牡丹はどこかの輪に入ろうとうろついていた。


「あの、大丈夫?」

「はい!あ、うん。大丈夫だけど……」

 思わず敬語になりかけて赤面する。ここには同級生しかいないのだ。

 振り向くと、明るい色のボブカットをした少女が立っている。肌は軽く焼けているのに、やたら光を反射しているように見える、まぶしい女の子だった。

 わりと陰キャ寄りの牡丹には毒である。しかし陽キャゆえにそんな心中などお構いなく、元気に話しかけてくる。


「よかった。あたし片町奈々。あなた、島に来て初日ってかんじ?」

「うん。あ、わたし東雲牡丹、です。よろしく、片町さん」

 どうしても他人行儀になってしまう牡丹の肩を叩いて、奈々は明るく笑った。

「あはは、奈々でいいよ。クラスメイトまで敬語だったら、ここで普通に話せる場所ないじゃん」


 もっともだった。牡丹もつられてほほ笑む。

「ふふ、そうだね。奈々ちゃんは前からいるの?」

「一週間前に上陸。ちょっとだけ先輩だね。ゲームはもうやった?」

「変な先輩がいて、1ポイントだけ取られたけど……」

 奈々が妙な顔をした。一週間いても、百円しか賭けない異常者とはそうそう会えないらしい。こちらを疑うかのようなリアクションに、牡丹はむしろ安心した。

「あははは!なにそれ。1ポイントじゃ水くらいしか買えないよ?物価高いから、ここ」

「そうだよね。変な人だったなあ……」

 それでも嫌悪感はあまり無い。騙されたとはいえ、たかが1ポイントの勝負であそこまでの全力を出されたのだ。

 大人げないと思うし、悔しくもある。だが正直、楽しかったという気持ちも否定できなかった。


「じゃあ、ほとんどやったことないも同然ってかんじ?」

「うん。そうなるかな」

「なら一緒にゲームやらない?」


 牡丹の眉根が寄る。さっきできた友達だが、流石に見る目を変えざるを得なかった。

「それは、わたしと奈々ちゃんでってこと?」

 険しい目つきに、奈々はうかつなことを言ったと気づいたようだった。高まる警戒心を打ち消すように、手をぶんぶん振り回す。

「違う違う!新人だけでやっても、あんまり経験値にならないでしょ?1年生で集まって、2年に勝負を挑むって話」

「それは、危ないんじゃないかな」


 とたんに牡丹の表情が心配そうなものに変わった。

 先の敗戦の記憶がよぎる。

 高校生で一年のアドバンテージは大きい。学園のゲームは、このおかしな世界に特有のものだ。どんなゲームにもルールがあり、ルールには必ず裏がある。

 その裏をかいてルールをハックするのが、詭計であり戦術と呼ばれるものだ。

 牡丹はまだここのルールに慣れていない。定石も知らずに囲碁や将棋で勝とうとするようなものだ。


「申し訳ないけど……リスクが高すぎるよ。奈々ちゃんも止めたほうがいいと思う」

「うんうん、気持ちは分かるよ。でもさ、そのリスクが小さかったらどう?」

 少し心が動いた。すぐさま却下するには惜しい提案だった。

「どういうことですか?」

「ほら、敬語」

「あ、ごめんなさい」

「いいけどさ。さっき言ったでしょ?1年生で集まってって。要は2年と一対一だと、実力もそうだけど持ってるポイントが違うからね。何人かのポイントを合わせて、勝ち負けどちらでもポイントは等分しようってわけ」


 案外真っ当な提案だった。

 要は合資だ。株式投資と似たような発想。みんなでお金を出し合って、一つの事業に投資する。負けたとしても損は何分の一かにおさまる。これなら実力差があろうとリスクは少ない。そもそも賭ける額が小さいのだから。

「それ、奈々ちゃんが考えたの?」

 強いて不審な点を探せば、あまりに出来すぎていることだ。

 奈々の見た目は完全に体育会系である。この学校に入学できたのだから頭が悪いはずはないが、失礼ながらこういうことを思いつくタイプには見えない。


「うーん、私が考えたともいえるかな!島で知り合った友達と一週間考えて思いついた作戦だし」

「あ、他にも参加者いるんだね」

「そりゃあそうだよ。仲間もなしに誘えないよ、こんな作戦。あとで紹介するね」


 断る理由がまた減った。やはり出来すぎている感は否めないが、疑心暗鬼にも思える。

 怪しいといえば、怪しいのだ。夢島は弱肉強食の世界である。誰であろうと、ゲームに誘われた時点で疑うべきだ。

 しかし何もせずにいたとしても、ポイントは目減りするばかりなのも確かだった。

 学園より支給されるポイントは雀の涙。ここでポイントを稼ぐには、客を相手にするか、生徒間のギャンブルで奪い取るしかない。

 キャストとしての王道は、言わずもがな前者である。接客こそはキャストの本分。生徒全員に課せられた義務であり、これを放棄することはできない。


 しかし客人とゲームをする際には、多くの制限が存在する。

 最大のものは、勝ちすぎてはいけない、ということ。客からボるだけでは人は離れる。儲けさせる体験を与えなくては、カジノという商売は成り立たないのだ。

 ゆえに客とのゲームにおいては、賭けたポイントの額面に応じた手数料が支払われる形となる。つまり大きな賭けほど儲かるわけだ。

 しかし、お客様とは勝手なもの。ろくにポイントも持っていないペーペー相手に、盛大なゲームをしようとは思わない。

 こつこつポイントを貯めていては、あっという間に学園の三年間が終わる。だからこそ、同じ生徒からポイントを集めるのがスターキャストの条件だった。

 澄川断巳や香倉朱由のような超一流とはいかないまでも、その足元に及ぶくらいになりたければ、どこかで生徒キャストと戦うことになる。


「今は何人くらいいるの?」

「三人。牡丹を含めたら四人になるね。あと一人くらいいたら挑戦しようかと思ってるけど」

「ふむ……」

 悩む牡丹だったが、最終的に選択をさせたのは好奇心だった。

 早く勝負の世界を見て見たい。その空気に触れてみたい。さっきのなんかよく分からない戦いは無かったことになっている。人間の都合のいい脳みそのマジックだ。

「とりあえず、他の人たちにも会ってみたいな。いいよね?」

 色よい返事に、奈々は満面の笑みで対応する。

「もっちろん!じゃ、一緒に来て!」

 ぐいぐいと腕を引っ張られる。自分で歩けるよと言う暇もなく、牡丹は引きずられていった。


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