友人?

 教室から出て、階段の踊り場に出る。夢島学園の校舎は普通の学校のそれに近づけているが、大きさは一回り以上大きい。生徒だけでなく客を入れるため、余裕のある作りになっていた。

 さらに踊り場はフォトスポットにもなるため、見栄えがするようかなり広くなっている。リアリティと経済的合理性を突き詰めた結果の異形だった。


 そして広々とした空間は、生徒たちにも有効活用されている。建築の上下をつなぐ階段は、話し合いやゲームの場としても便利な場所だ。

 奈々が近づいていったのは、そんな踊り場で勧誘をしている二人の男女と、勧誘されている少年の方だった。


「おーい!一人見つけてきたよー!」

 よく響く声に、勧誘していた二人が顔を上げる。

「おお、さすがだな。こっちも一人来そうなところだ」

「藤田さん、まだ説得できていない。そういうやり方はよくないと思う」

 刈り上げの少年は藤田というようだった。眼鏡のすこしきつそうな印象の少女は、もう仕事が終わったと早合点する藤田をたしなめる。

「いや、僕も決心がついたよ。参加する」

 育ちのよさそうな、線の細い少年だった。彼を入れれば、牡丹たちは五人組ということになる。


「ほらみろ横溝。やってくれるじゃないか」

「結果論。そもそも私、こういうのって悪質商法みたいで嫌なのよ」

 眼鏡の少女の不機嫌丸出しの意見に、牡丹も苦笑する。ディーラーを集めた学園だけあって、同類は多いようだった。

 細めの少年の方は、軽く肩をすくめる。気を悪くした様子もない。

「まあ、いいよ。僕もゲームに興味はあったからね。僕は久木友哉ひさぎともや。とりあえずみんなの名前くらいは把握しておきたいな」


 妥当な話だった。集まった五人が、それぞれに名乗りをあげる。

「東雲牡丹です。よろしくお願いします」

「片町奈々!よろしく」


藤田翔ふじたしょう。よろしく頼む」

横溝美那子よこみぞみなこ。よろしく」

 横に立つだけでも、今までいた普通の世界の住人たちとは何か違うと分かった。

話す言葉、立ち振る舞い。そういったものを強く制御する意志の存在。キャストにふさわしいと認められた人材。

 決して心は許せないが、だからこそ尊敬できる友人にもなり得る人々だった。

「じゃあ、早く行きましょう。長くなりそうだしね」

 片町奈々が冗談めかして出発をうながす。集合したからには、否やを唱える者はいなかった。


 夢島学園は海外からも留学生を集める巨大な教育機関であり、生徒だけで五千近い。職員やその他の住人を入れれば万を超える。その人数を収容するのに十分な教室を持っているが、まともに授業を受ける者はほぼいないため、空き教室だらけになっていた。

 だが空いているからといって使われないわけではない。学園においてポイントは万能の通貨であり、教室も借りることができる。そのため、ある程度の実力を持つ生徒たちによって、便利な賭場として有効活用されていた。


 本来40人は入る教室には、現在3人しかいない。3人とも2年生だが、そのうち2人は黒手袋だった。

 牡丹を含めた5人組が教室に入ると、黒手袋の2人がドアを閉める。

「ガード」

 牡丹がつぶやく。先ほど受けた説明の通り、高校生といっていいのか危ぶまれるほど屈強な男たちだった。

「その2人は念のため俺が雇った」

 残りの1人。白手袋の2年生が口を開く。


「ありえないとは思うが、5人がかりで襲われたら困るからな」

「相手になるのはあなただけ。そういうことでいいんですね?」

 久木友哉が念を押す。繊細げな見た目どおり、慎重な性格のようだ。


「ああ。俺は富野修平とみのしゅうへい。これでも2年でちょっとはできる方だ。ひよっ子が徒党を組んだ程度で文句は言わん」

 完全に舐められていた。しかし牡丹からすればありがたいという感想以外ない。金を賭けているのだ。手加減してくれる分には、いくらしてもらってもいい。


「それで、ゲームはなにするんですか?見た感じボードゲーム?」

 奈々が机を指差す。富野修平が座っている席には、机を複数つなげた島が作ってあり、その上に正方形の厚紙が敷いてあった。

 その内側には辺に沿うようにマス目が描いてある。中央にはサイコロを落とす皿。単純なすごろくの形だ。

「モノポリーだ」




 有名なボードゲームである。すごろくのマス目に応じた物件を買うことで、その上に立った相手からレンタル料を徴収。自分以外を破産させることが勝利条件の、醜い争いを生むゲームであった。


「ルールはだいたい知っているな?基本はすごろく。サイコロを振って進むだけだ」

「モノポリーなら、カードとかイベントマスとか、細かいルールがあるはずですけど」

 横溝美那子が指摘する。このモノポリーにはマス目に文字さえ書かれていない。

 富野修平は頷いた。

「そのあたりはシンプルにしてある。長く楽しめるゲームもいいが、ここはカジノ。決着は早いに越したことはない。ルールを説明しよう」


 スタートのマス目に駒が置かれた。サイコロを持つ手が高く掲げられ、硝子の皿へダイスが落ちる。

 ただサイコロを振るだけだと、この学園の生徒なら大抵思い通りの目が出せるため、このような儀式が必要だった。ちりりん、と風鈴のような音がして、皿の底でサイコロが止まる。

「サイコロを振って進む。自分の駒を置いたところにポイントを賭ける。そのマスを踏んだ者は、賭けたポイントと同じ額を払う。一マスに賭けられるのは一人のみ。ここは普通のモノポリーと似ている。違うのは賭ける額は自由であること。ゼロでも百でも千でもいい。そして賭けた額は、賭けた本人以外見えない」

「それだとこっちが有利すぎませんか?」

 牡丹が質問する。どう考えても人数が多いほうが圧倒的に有利だ。


 モノポリーはモノポリーは、かつてアメリカで子供たちに経済の原則を理解させるための、一種の教材として生み出された。MONOPOLYとは”独占”を意味する英単語である。

 その名の通り、このゲームの基本戦略は、借金をしてでも物件を買い、相手からレンタル料を確実に徴収できる盤面を構築することだ。

 5対1なら購買力は五倍。勝つのはほぼ不可能になる。

それは富野修平にとっても分かり切ったことのはずだった。ゆえに、追加のルールを説明する。


「慌てるな。そうならないためのルールがある。まず、先手は俺だ」

 美那子の眉間が険しくなる。基本はすごろく。先に進めるということは、実質自分の攻撃手番を増やし、相手の手数を減らせるということ。

 とはいえ、ここで文句を言うのは筋が悪かった。富野はもっと大きな不利を、自ら受け入れているのだ。


「数の上で劣勢だからな。このくらいの有利は欲しい。だが、そうだな。その上で俺自身はマスにポイントを賭けない。これでどうだ?」

「どうだも何も……。それだと先輩がポイントを得る手段が無いじゃないですか」

 牡丹の突っこみに、富野修平も頷いた。

「そこが本題だ。このゲーム―――“掛け捨てターム・ライフ”モノポリーとでも言うべきか―――は一回につき五周で終わる。そしてゴールした時点で、場に出ていたポイントは相手のものになる。これを防ぎたければ、自分が賭けたマスにもう一回乗って、ポイントを回収しなければならない」


 その説明で、一年生たちの目が遠くを見つめた。まだヒヨコにもなっていない身であっても、彼らはギャンブラー。勝つために思索が必要なら、一気にそちら側へ切り替えることができる。


(確かに……。このルールなら、ポイントを賭けるのはかなり慎重にするべきかも。漫然と物件を買いしめるようなモノポリーのやり方じゃ、遊兵ゆうへいが出る)


 資産を積み上げていくことが最重要な通常のモノポリーに比べ、この特殊ルールでは同じマスを五回以上踏むことはあり得ない。一回も踏まないマスも多いだろう。

 仮にすべてのマスに賭けたとしても、相手が調子よく6の目を出し続ければマイナスになりかねない。かといって賭けるマスを少なくすれば、そのマスを踏む確率はずっと小さくなる。

 結局のところ、適当な数のマスに適当な額のポイントを賭けるべき、ということになる。そして、その適当なさじ加減を見極めるのが難しいというのが、このゲームの肝だった。

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