45.思いの先に
翌日、アイリスはダンテに言われた通り、市街地を見て回ることにした。
外出制限などはなかったし、昼間に女性一人で出歩くのも不自然ではなかったが、一応買い物用の籠などを持って出掛けた。
外出用の服は、母や姉が用意してくれたものをもらっていた。薄いピンクの花柄が可愛い普段着用のドレスであった。流石に寒さが厳しくなってきたため、暖かい防寒用の上着も母はしっかり用意してくれていた。
ダンテの借りている部屋は街の南側に位置しており、そこから王宮へは歩くと30分程度かかった。
アイリスはアンデに連れて行かれるまで、この街以外で暮らしたことはなかった。
「家……」
アイリスは王宮近くにあった、政府の要職に就く者たちが中心に屋敷を構えていたエリアに寄りたいと思った。
あの辺りも戦火で被害を被り、その後はほとんどが廃墟。自分の育った屋敷もすでに取り壊されていると母から聞いていた。
全く気乗りはしなかったが、それでも奪われたものを一つ一つ確認したいという気持ちに、暗い面持ちのまま、自分の住んでいた場所へと足を進めた。
「ここ……」
生まれ育ったエリアは多くが更地になっていたいるか、新しい建物に立て替えられていた。一つ二つ、軍人用の宿だろうか、営業している宿屋が見えた。
残った屋敷を改装して、見た目も良い宿屋であった。
他の屋敷にはアンデの旗が翻っていた。統治府の役人の屋敷にあてがわれているのだろうか。
人通りはほとんどなかったが、なんとなく薄気味悪く感じたアイリスはその場所から去ろうとした。だが、どうしても足が向いた。
景色が変わっていても通りの位置は変わらず、足が自然と進む感覚に戸惑いつつも自分の屋敷跡へ向かっていたのだ。
だが、案の定そこは更地で何もなかった。ただ、庭に咲いていたダージャの花が残っていた。
一瞬で涙が溢れてきたのを歯を食いしばって、ぎゅっと我慢した。これまでの二十年以上過ごしたここでの自分の思い出が一瞬で消え去ったような気がしたが、負けたくなかった。
――建物がなくなっただけ。
アイリスはそう自分に必死に言い聞かせ、そこに咲いていたダージャの花を一本手折って籠に入れた。
その足で、王宮に向かった。王宮の建物は何一つ残っておらず、そこは広場になっていた。ただ王宮の正門にあった、見上げるほど高い門扉だけが残されていた。
「……何もない」
ここで父が亡くなったのかと思うと、アイリスはその跡地に足を踏み入れることが
できなかった。
こうして一つずつ奪われたものを思い出させるのは、自分の決心を揺るがないものにするために必要な作業だったのかもしれない。
ダンテはもしかして、それを狙って? そんな思いさえしてきた。
武器庫の場所へ行かなければ。そう思い、アイリスは急いだ。
「最初に押さえるべき場所は武器庫。あそこにある砲台を必ず押さえる」
昨夜の話し合いで、今回の作戦の絶対的な決定事項として言われたことであった。
「こちらの勢力の武器についてはどうなっているんですか?」
アイリスの問いにジルが答えた。
「ほぼ密輸だ。表立って武器を集めるわけにはいかないからね」
「うちのような商家が色々なものを他国から仕入れるときに、密かに輸入しているというのがほとんどだな」
コサヴィックが続けた。
「だが、砲台のような大物はさすがに密輸はできない。加えて、アンデの砲台はこの辺りの国では性能が桁違いだ。あれを持ち出されたら、必ず負ける」
「だから、必ずこの武器庫は押さえる」
ダンテは、自分もその武器庫に先陣切って飛び込む先鋒隊に入っているという。
「軍人でもないあなたが……」
それはアイリスにとっては予想外で衝撃であった。
二人になった時に、驚きと、本当にそのつもりなのか、という問いがアイリスから出た。
「軍人の経験はないけど、この二年の間に僕も一通り訓練を積んだからね」
聞くと、希望者には少しずつ実践的な戦闘訓練を、郊外の街や森の中で行っていたらしい。
「変わったのね、あなたも」
アイリスは少し悲しみを帯びた笑みを見せた。
「君も、あの頃とは変わったと言っていたじゃないか」
そう言ってダンテはアイリスを真っ直ぐに見つめた。
その視線が気まずく、アイリスは早々に寝具に身体をうずめた。
あそこが武器庫。
アイリスはすでに歩き疲れ始めていたため、武器庫を見たあとはどこかで昼食をとろうと少し足早に進み出した。
王宮の北側にポリシア時代からあった各省の建物や、軍部関係の建物が並んでいた。
現在はアンデに占有されている建物もあったが、ポリシアの人々がそのまま使用しているところもあった。まだお昼前の時間で建物内で仕事をしている人が多く、通りを歩いている人は少なかった。
武器庫に近づくにつれ、少しずつアンデの関係者も増えてくると思ったアイリスは、遠巻きに見て帰ろうとした。
その時だった。
向こうから歩いてくる三~四人程度の軍服の集団。アンデの兵士とすぐに気付いたアイリスは、なるべく目立たないよう、俯き加減で通り過ぎようとした。
その瞬間、声が聴こえた。
「その話は、どこまで通ってるんだ」
抑揚はあまりなく、冷静な声。その裏にどんな感情があるのか読めない声、話し方。
――この声は。
顔を上げてはいけないと、アイリスはそのまま俯き加減に前へ進んだ。すれ違う瞬間、気付かれるかもしれないという恐怖と不安と、同時にその人がすぐ触れられる距離にいる、という喜びに支配された。
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