11.始まりの予感

 「早く、こっちへ!」

 アイリスは他の神殿の職員とともになんとか地下神殿に滑り込んだ。

 祭事に必要なもの、国宝といわれる貴重なものたちが、アイリスが大学卒業後正式に勤務し始めた大神殿には多く収められていた。

 首都攻撃は突如として始まった。

 地鳴りのような大きな音が天地を揺るがしたと思い、神殿から近い職員寮で寝ていたアイリスは飛び起きた。

 ――ついに、ここまできた。

 何度も何度も頭の中でシミュレーションはしていた。だが、それが今身に迫る危機となったとき、心が凍り付き、それに伴って手足が動かない。

「アイリス!」

 同僚の女性が勢いよくドアを開けて入ってきた。その呼びかけに、身体が瞬時に反応して動き出す。

 お気に入りの花の刺繍の夜着を脱ぎ捨て、動きやすい服装に着替える。必要な物資も地下に持って入っていたため、アイリスは職員証だけ持って他の職員と防空壕を目指した。

 神殿の地下には国民には非公開であり、その存在すらあまり多くの人には知らされていない神殿があった。この戦争が起こる前から、国の有事に備えて何度も掘られ、補強されを繰り返していた場所であった。

 その場所に、事前に避難させていた国宝物を守ること、それがアイリスたち職員に課せられていた。

 命がけで国宝を守らなければ――。

 職員たちが次々と神殿へと向かっていた。

 アイリスが神殿に向かう途中に丘から見た景色は、橙(だいだい)に染まる首都の景色であった。

あちこちで火災が起こっていた。首都の中心部までアンデ軍が進軍しているのが分かった。

 王宮の方からも銃撃戦の音がしていた。

 ――父は。

 アイリスは父や母の安否を知らなかったが、父は政治の中枢に関わる要職のため、王宮に向かっていたはずだ。

 アイリスの脳裏に父の顔が浮かぶ。

 母や姉は政治幹部の家族が住む場所に居を構えていたが、その方面もすでに橙一色であった。

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