第32話

由良は静かに立ち上がった。


無言で建物の方へ歩き出せば、後ろからはついてくる気配がする。


不自然ではない程度に距離を開けて戻れば、すでに話し合いは片付いたようだった。


最初にいた部屋の入口に揃って、由良たちを待っていた。



圭介がにこにこと由良を迎えてくれる。


「おかえり、由良」


「ただいま、お父さん」


優しげに細められた瞳に由良も僅かに頬を緩める。


普段よりもしっかりとしている圭介は世の理想の父親像そのものだろう。


いつも由良の前で見せる崩れた圭介はここだけ見れば想像もできない。



軽く食事会が行なわれたものの、縁談話にはほとんど触れることはなかった。


お互い、話し始めのきっかけ程度で本気ではなかったのだから当然といえば当然か。


交わされるのは仕事と、たまに学校生活について聞かれる程度。



夏楓は普段のわざとらしい笑顔とも違う、綺麗な笑みを浮かべていた。


まるで仮面でもつけているかのようだ。


「ねえ、夏楓さん。あなたもそう思わないかしら」


「ええ、お祖母様。それは非常に素晴らしと思います」


たまに振られる話題に対しても従順そうに笑顔で完璧に答えていく。



いつにもまして完璧で、いつにもまして窮屈だ、と由良は無表情に眺めた。


完璧なときも崩れたときもしんどそうだと感じる。




***


「本日はありがとうございました」


「いえいえ。こちらこそ有意義な時間が過ごせましたぞ。うちの夏楓ともどもこれからも御贔屓にお願いいたします」


「由良さんも、またお会いいたしましょうね」


ぺこりと頭をさげた。



綺麗な笑顔を浮かべる三人と別れて、圭介と二人車に乗り込む。


榊グループの娘としてほとんどない、令嬢としての仕事は終わりだ。



「由良、今日はありがとうな」


くしゃり、と由良の頭を圭介が撫でる。


その手つきは尊の仕草とそっくりだ。

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