第30話

「……別に敬語でもいいけど」


ぽつり、と事もなさげ言ってみれば、夏楓は虚を突かれたような顔でこちらを振り向いた。


中途半端に口を開いたまましかし何も言わない。



「何?」


驚いたように由良を見て固まる夏楓に由良がしびれをきらしたように催促する。


「……何を、言ってるのかな?」


取り繕ったような笑みをじっと見つめてみる。


相変わらず眼鏡越しの目の奥は笑っていないようだ。



「別に、どっちでもいいけど。話しやすいほうで」


(喋り方とかとくに気にしないし)



それこそ由良にとってはどうでもいいことだった。


敬語のが素に近いだろうと言う直感だ。


無理して敬語をやめる必要はないし、敬語じゃない話し方にも慣れているならそれでもいい。


ただ、ふと、なんとなく思ったから口にしただけ。



夏楓の否定のようなごまかしに興味をなくした由良は視線をずらした。


心底どうでもいいと思っているような態度に、夏楓はじっと由良を見つめてきた。



「……無理な笑顔と言葉だと、朱理に言われたことは、あるよ」


君もそう思ってるのかな?と作ったような笑顔で問われて、由良は逸らしていた視線をちらりと一瞬だけ戻した。



「別に。そういうの、人が決めることじゃないでしょ」


自分がどう思うかどうか。他人がどう思うかどうか。


そこが一致するかしないかは大した問題ではない。



「……榊の会長が再婚したあとの子供としては年齢が合わないと思って気にしていなかったんだけど、そうだとわかれば確かに榊会長と似ているかもしれないね、君は」


年齢が合わないのなんて当たり前だ。由良は圭介の子供ではないのだから。


夏楓は敬語の話題から話を逸らしたのかようだが、その内容に気を取られる。



(……似てる?)


誰か?


誰と?



くすり、と珍しく由良の口から出たのは笑い声だった。


思わず吹き出したよう笑みに、夏楓が訝しげな声を向けてくる。


「お父さんと似てるなんてあるわけない。私、お父さんともお兄ちゃんとも血の繋がりないから」


困ったような、自嘲じみたような、わかりづらい声音で。



(うん、でも。勘違いでも。少しだけ嬉しかも知れない)



あとで圭介に言おうと決める。


圭介は確実に喜んでくれるだろう。


圭介は由良のお父さんで、そこに血縁なんて関係なかった。ずっと。


それはきっとこれからだって同じだ。

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