第5話 帰る場所 ~それぞれの故郷~

祭壇を後にした青霜とリュオンは、谷の出口を目指して歩き出した。霧は完全に晴れ、谷には静寂が戻っていた。しかし、青霜の心には、月影の民の悲しみが深く刻まれていた。


「彼らは、故郷を失ってしまった……」


青霜は再び呟いた。リュオンは静かに頷いた。


「そうじゃ……だが、彼らの祈りは、この谷に残っておる。いつか、この谷に平和が訪れるように……」


リュオンの言葉に、青霜は顔を上げた。谷を見渡すと、木々の間から、一条の光が差し込んでいるのが見えた。


「出口……!」


青霜は走り出した。リュオンも後を追う。


谷の出口にたどり着くと、目の前に広がるのは、雄大な山々の景色だった。遠くには、雪を抱いた山脈が連なり、空は青く澄み渡っている。


「綺麗……」


青霜は思わず息を呑んだ。後宮では見ることのできなかった、広大な景色が、彼女の心を癒していく。


「さあ、行こう……」


リュオンは青霜に微笑みかけた。二人は再び歩き出した。


山道を下りながら、青霜はリュオンに尋ねた。


「リュオンさん、あなたは、どこへ帰るのですか?」


リュオンは少し寂しそうな顔をした。


「わしには、もう帰る場所はない……かつては、故郷があったのだが……もう、長い間帰っていない……」


リュオンは遠くの山々を見つめた。その瞳には、深い悲しみと、かすかな希望が宿っていた。


「でも……お前さんと旅をしたことで、わしは、大切なことを思い出した……故郷を想う気持ち……それは、決して失われることはない……」


リュオンの言葉に、青霜は頷いた。故郷を想う気持ち、それは、青霜自身も抱いている感情だった。


二人はしばらくの間、無言で歩いた。それぞれの心には、故郷への想いが溢れていた。


やがて、二人は街道に出た。街道には、人々が行き交い、活気に満ち溢れていた。


「ここでお別れじゃな……」


リュオンは青霜に言った。


「リュオンさん……本当に、ありがとうございました……」


青霜は深々と頭を下げた。リュオンは優しく微笑んだ。


「お前さんも、元気でな……いつか、故郷で会おう……」


リュオンはそう言うと、街道を反対方向へ歩き出した。青霜はリュオンの背中を見送り、再び歩き出した。


白い狐の面は、相変わらず青霜の腰で静かに揺れていた。青霜は面を手に取り、そっと撫でた。


(私も……いつか、故郷に帰る……)


青霜は心の中で誓った。そのためには、真実を見届けなければならない。そして、大切な人たちのために、強く生きなければならない。


青霜は再び歩き出した。彼女の心には、故郷への想いと、未来への希望が満ち溢れていた。白い狐の面は、彼女の旅路を、これからも見守り続けるだろう。

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