第4話 月影の涙 ~故郷への祈り~
石版に刻まれた悲しい歴史を知った青霜とリュオンは、重い足取りで廃墟の奥へと進んだ。霧はさらに濃くなり、周囲はほとんど何も見えない。まるで、失われた民の悲しみが、霧となって谷を覆っているかのようだ。
「この先に、祭壇があるはずじゃ……月影の涙を納めるための……」
リュオンはかすかな記憶を頼りに、霧の中を進んでいく。青霜は白い狐の面を握りしめ、周囲を警戒した。
しばらく進むと、霧の切れ間から、巨大な影が見えた。それは、崩れかけた巨大な祭壇だった。祭壇は苔むし、所々ひび割れているが、かつては荘厳な場所だったことが窺える。
祭壇の中央には、小さな窪みがあった。リュオンは窪みを見て、確信したように頷いた。
「ここじゃ……ここに、月影の涙を納めるのじゃ……」
青霜は水晶玉を取り出し、窪みにそっと置いた。その瞬間、水晶玉から強い光が放たれた。光は霧を払い、周囲を明るく照らした。
光が収まると、祭壇の周囲に、奇妙な文字が浮かび上がっているのが見えた。それは、石版に刻まれていた文字と同じ、月影の民の文字だった。
「これは……祈りの言葉……?」
青霜は文字を読み取ろうとしたが、難解で意味が分からない。リュオンは文字をじっと見つめ、何かを考えているようだった。
「これは……故郷への祈り……」
リュオンはゆっくりと口を開いた。
「月影の民は、滅びる前に、故郷への祈りを捧げた……再び故郷に戻れるように……いつか、この谷に平和が訪れるように……」
リュオンの言葉に、青霜は胸が締め付けられるのを感じた。故郷を失った人々の悲しみ、そして、故郷への切なる想い。それは、青霜自身も抱いている感情だった。
その時、祭壇から再び強い光が放たれた。光は青霜を包み込み、彼女の脳裏に、様々な映像が流れ込んできた。
それは、月影の民が暮らしていた頃の谷の様子だった。人々は平和に暮らし、歌い、踊っていた。谷は緑に溢れ、花々が咲き乱れていた。
しかし、映像は次第に暗転していく。人々は争い始め、谷は荒れ果てていく。そして、最後には、巨大な光が谷を飲み込み、全てが消滅してしまう。
映像が終わると、青霜は膝をついた。激しい頭痛と、言いようのない悲しみが、彼女を襲った。
「青霜!大丈夫か!?」
リュオンが駆け寄り、青霜を支えた。
「私は……見てしまった……彼らの過去を……」
青霜は震える声で言った。
「彼らは……故郷を失い、悲しみの中で滅んでいった……」
リュオンは青霜の肩に手を置いた。
「彼らの悲しみは、今もこの谷に残っておる……だが、お前さんが月影の涙を納めたことで、その悲しみは少しずつ浄化されていくじゃろう……」
リュオンの言葉に、青霜は顔を上げた。祭壇を見上げると、文字が薄くなり、光も弱まっているのが分かった。
「私たちができることは……彼らのことを忘れずに、祈ることだけなのかもしれない……」
青霜は静かに言った。故郷への祈り、平和への祈り、そして、失われた人々への祈り。
その時、白い狐の面が、再び微かに光を放った。青霜は面を見つめた。
「そうだ……私たちは、帰らなければならない……それぞれの故郷へ……」
青霜は立ち上がった。彼女の目には、強い光が宿っていた。
「リュオンさん、行きましょう。私たちは、それぞれの故郷へ帰るために……」
二人は祭壇を後にした。霧は晴れ、谷には再び静寂が戻っていた。
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