第3話 月影の谷の秘密 ~故郷を失った民の記憶~

洞窟を出発した青霜とリュオンは、さらに険しい山道を進んでいた。周囲の木々は鬱蒼と茂り、昼なお暗い。空気はひんやりとして、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


「ここから先は、魔物の棲家もあるかもしれん。気を引き締めていくぞ……」


リュオンは杖を構え、周囲を警戒しながら言った。青霜も、腰の白い狐の面に手を添えた。


道中、二人は奇妙な足跡を発見した。それは、人間のものではない、獣のような、それでいてどこか人間にも似た、不気味な足跡だった。


「これは……」


青霜は息を呑んだ。リュオンは顔をしかめた。


「伝承に語られる、『影人(かげびと)』の足跡かもしれん……月影の民の末裔とも、谷を守る精霊とも言われているが……」


リュオンの説明に、青霜は背筋が寒くなるのを感じた。


さらに進むと、周囲の景色が一変した。木々はまばらになり、代わりに巨大な岩がごろごろと転がっている。そして、谷の奥には、巨大な岩壁が見えた。


「あれが、月影の谷じゃ……」


リュオンが指差した先には、巨大な岩壁に囲まれた、深い谷があった。谷底は霧に覆われ、全貌を窺い知ることはできない。


谷に足を踏み入れた瞬間、青霜は奇妙な感覚に襲われた。まるで、誰かに見られているような、監視されているような、落ち着かない感覚。


「この谷……何かおかしい……」


青霜はリュオンに言った。リュオンも頷いた。


「ああ、この谷には、強い魔力が残っておる。気を付けて進もう……」


谷を進むにつれて、霧は濃くなっていった。視界が悪くなり、数メートル先も見えない。


その時、霧の中から、うめき声のような音が聞こえてきた。


「何だ……?」


青霜は身を構えた。リュオンも杖を構え、周囲を警戒する。


霧が晴れると、そこに現れたのは、奇妙な姿をした生き物だった。体は人間のように直立しているが、顔は獣のように長く、鋭い牙が生えている。全身は黒い毛で覆われ、目は赤く光っている。


「影人……!」


リュオンは叫んだ。影人は唸り声を上げ、二人に襲いかかってきた。


影人の数は三人。


影人の動きは獣のように素早く、かと思えば人のように狡猾だった。青霜の杖を避けようと跳躍し、着地の瞬間に反撃を仕掛けてくる。


「輝ける光の槍よ、我が敵を討て!」


リュオンの杖から魔法が発動し、影人の肩を突き抜けた。その激痛に、影人は悲鳴を上げる。


青霜は、影人の爪を持っていた杖で弾くと、その杖先をくるりと回して影人の喉を突いた。

息ができなくなった影人は喉を手で押さえ、息ができずに藻掻き苦しむ。

三人目の影人は二人の強さに恐れをなして、逃げ去った。


青霜は生まれて初めて人の形をした相手と戦っていた。それが人ではないと分かっていても、手が震える。だが、後宮での戦いを思い出す。あの時は、戦うことすらできなかった。

もう、二度と無力ではいられない――。


「やはり、この谷は危険じゃ……」


リュオンは息を切らしながら言った。


「でも……何としても、この谷の秘密を解き明かさなければ……」


青霜は決意を込めて言った。故郷へ帰るためには、過去と向き合い、真実を知る必要がある。


谷の奥に進むと、廃墟と化した集落が見えてきた。かつて人々が暮らしていた場所は、今では崩れかけた建物と瓦礫の山と化していた。


廃墟を調べていると、青霜は奇妙な石版を見つけた。石版には、見慣れない文字が刻まれている。


「リュオンさん、これは……?」


青霜が石版をリュオンに見せると、リュオンは目を大きく見開いた。


「これは……月影の民の文字……! まさか、こんなものが残っていたとは……」


リュオンは石版を丁寧に調べ始めた。しばらくすると、リュオンは何かを理解したように頷いた。


「この石版には、月影の民の歴史が記されている……彼らがなぜ滅びたのか……その理由が……」


リュオンは石版に刻まれた文字を読み始めた。月影の民は、強大な魔法力を持っていたが、その力を制御できずに自滅してしまったという。そして、彼らは滅びる前に、自分たちの過ちを後世に伝えるために、この石版を残したのだという。


「彼らは……自分たちの故郷を、自分たちの手で失ってしまったんだ……」


青霜は悲しげに言った。リュオンは静かに頷いた。


「そうじゃ……彼らは、帰る場所を失ってしまった……」


リュオンの言葉に、青霜は自分の故郷を思った。いつか、自分も故郷に帰りたい。そのためには、過去と向き合い、真実を知らなければならない。

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