第28話 捜索②
ファミリーレストランに向かうと、すでに優作たちは来ていた。しかも織部奏子もいる。なぜ彼女も一緒なのだろうと不思議に思ったが、聞かないでおく。僕は優作たちに会えたことで、張りつめていた気持ちが緩んだ。だいぶ気が張っていたのだとその時気づいた。
「織部さんも文化祭以来だね」
「最近は優作先輩の有能な部下として工作中なのです」
何の工作なのかはわからないが、きっとろくでもないことをしているのだろう。そんな優作たちとは対照的に、メグの表情は固かった。
「でさ、本題なんだけど。浩介が調べてくれっていった医者のこと、少しわかったんだよね。それでさ、この三上って医者、かなりやばいことをやってるって噂だよ。世間では悪魔の医者か、神様かって言われてるらしい」
メグはある週刊誌を鞄から取り出し僕たちに見せた。僕はその医者に見覚えがあった。ところどころ白くなった髪が無造作に肩まで伸び、まるで古いロックシンガーのような細身の中年男。そして独特な黒マント。間違いない、雛乃が定期受診している病院で、僕に美味しいレモネードの作り方を教えて去っていったあの男だ。まさかこの男が例の三上医師だとは。
「それでこの医者が雛乃ちゃんがいなくなったことと関係してるっていうの?」
「うん。実はこの前遊園地で会った石動摩耶が、この医者から腎臓移植手術を受けているんだ」
僕は摩耶に関わるいきさつをみんなに話した。その話を聞いてメグは摩耶に対する怒りで、テーブルを軽く何度も叩きながら唇を噛んでいる。優作はそんなメグを優しくなだめた。
「この医者がたぶん何かを知っている。だから会って話がしたいんだ。住所ってわかるかな」
奏子がスマホを出して調べ始めた。そして数分後に、「ここです」と三上医師の病院を見つけ出した。その場所は、ここからバスで十五分ほどのところにある、湘蘭坂という海の近くのいわゆる高級住宅地だった。三上病院はその一角に位置していたが、立派な門構えにも関わらず、どこか寂しい印象を受けた。
「行ってみるか」
優作が力強く、まるで背中を押してくれるように言った。メグと奏子も、期待と不安が入り混じった表情で、僕の決意を待っているように見えた。安達さんの「雛乃ちゃんは海を見たいと言っていた」という証言と、三上病院の場所、共通項はどちらも海だ。二つの点がつながった気がした。
湘蘭坂行きバスは、急な坂道を力強く進む。だんだんと周りの景色が変わってきた。瀟洒な門構えの家が増え、道行く人たちもどこか一般庶民の僕たちとは違った雰囲気が感じられる。アナウンスが「湘蘭坂西」と告げ、僕たちは慌ててバスを降りた。
優作とメグは坂道を軽々と登っていく。遅れがちな僕を、奏子が僕を励ましてくれている。そして、目的の場所に辿り着いた。三上病院だ。だが、様子がおかしい。
「本当にここなのか?」
敷地内に入ってみると、駐車場まで草ぼうぼうで何の手入れもされていない。車も一台も止まっておらず、閑散としている。
「変だな。誰もいないのか」
入口のドアを開けようとしたけど、鍵がかかっているようでびくとも開かなかった。まるで廃墟のようなたたずまいだ。途方に暮れていると、犬を連れたお年寄りが通りかかって、三上医師は既に転居したと僕たちに告げた。
その瞬間、手がかりがぷっつりと途切れてしまったような気がした。雛乃はここに来たのではなかったのか。僕たちは絶望し、その場に立ち尽くした。これからどうすればいいのだろう。やはり警察に捜索願を出すのが得策かもしれない。
「とりあえず海に行ってみよう。雛乃は海に行きたがっていたんだ」
僕らは海へと向かった。十一月の海岸に着くと、冷たい風が頬を刺し、周囲には誰もいない静けさが広がっていた。波の音だけが規則正しく耳に届く。
「雛乃ちゃん、どこへ行っちゃったのかな」
メグが海を見ながらひとりごとのように呟く。折角みんなの力を借りてここまで来たのに、何の手がかりもないなんて。自分の不甲斐なさにやるせない気持ちになる。
「帰ろうか」
元来たバス停の方に歩き始めたとき、砂浜の上に見覚えのあるものを見つけた。それは、僕がはにわ展で雛乃に買ってあげた土偶ストラップだった。こんなストラップをつけている人は滅多にいない。だとすると、これは雛乃が落としたものである可能性が高い。
やはりこの海岸に来たのだ。ではその後どこへ消えてしまったのだろうか。
三人にそのことを告げ、海岸をもう一度探してくれるように頼んだ。もしかするとここに手がかりがあるかもしれない。
しかし小一時間探しても手がかりはなかった。風が強くなり、天気も悪くなってきている。僕たちは諦めて帰ることにした。全て徒労に終わろうとしていたその時、突然老婆に話しかけられた。
「あんたらお寺にお参りにきたのけ?」
老婆は莞爾と微笑み、お寺のいわれについてゆっくりと話し始めた。それによると、ここから五分先に良円寺というお寺があり、その名の通り良縁を求める人たちがよく集まるのだという。江戸時代にも大名家の若侍が元服後に訪れた由緒ある寺らしい。老婆はまるで自分が寺の主であるかのように、とめどなく寺について語り続ける。
僕らは初めは頷きながら聴いていたけど、何度も同じ話を繰り返すからいい加減うんざりしてきた。どう話をまとめようかと思っていたらメグが、
「おばあちゃん、私たちそのお寺に行ってみます」
と上手く話を切り上げた。僕たちは老婆に礼を言い、彼女が見えなくなるまで手を振る。
冷たい海風に逆らい、僕たちは寺まで歩いた。鬱蒼とした竹林を進み、細い石段を登ると、良円寺に辿り着いた。お寺の境内に足を踏み入れたとき、激しい既視感に襲われた。
「ここは、雛乃が神隠しに遭ったあと、発見された寺だ」
雛乃が失踪して十日ほど経ったある日、お寺を訪れた地域住民が賽銭箱の前にぼんやりと座っている雛乃を見つけ、大騒ぎになった。直接この寺に来たことはなかったけど、テレビで何度も放送されるのを見た。ニュース番組を見るのが辛くてチャンネルを変えても、どこでもこの不可解な失踪事件が話題になっていた。
僕にとってこの寺は雛乃が見つかった寺でもあり、古い記憶を呼び覚ます忌むべきものでもあったのだ。なのに何の導きか、寺に辿り着いてしまった。不思議な運命を呪いたい。僕たちには雛乃の気持ちがわからなかった。ただ、未来へ行きたいと言っていた雛乃が、過去を辿りながらそして過去を終わらせ前を向くためにここへ来た可能性はあると思う。
「あそこに絵馬がありますよ」
奏子が指さした先に、願い事を書いた絵馬がたくさん架けられていた。絵馬は神社だけのものかと思ったけど、そうではないらしい。僕たちはそれらをひとつひとつ眺める。
「浩介、これ見てみろ」
優作がいきなり大きな声で僕に言う。何だろうと思い一番端にある絵馬を見て、僕は「あっ」と声をあげた。なんとそこには雛乃が書いた絵馬がかけられていたのだ。絵馬には、「こどもに還って、おとなになる 雛乃 」と書かれていた。
「これどういう意味だ?」
「わからない。ねえ、浩介はわかる?」
こどもに還っておとなになる? 頭をフル回転させて考える。考えすぎて頭がクラクラしてくるけど、ここで諦めたら二度と会えないかもしれない。そんなの兄失格だ。ブラコンならブラコンらしく、妹のために尽くせ。すぐには答えが出ない。けれど僕の脳裏にある場所が浮かんだ。
「あの場所か!」
そう閃いた瞬間みんなに「一度駅まで戻ろう」と言った。三人はやれやれと肩をすくめ、お互いに顔を見合わせ笑った。
「何か見つけたみたいだね」
メグが笑顔で言う。
「じゃ、善は急げってことで!」
と、優作。
「本当に手間のかかる人ですね」
奏子がため息をつく。
「急がないと日が暮れるぞ」
大きなカラスが大木から飛び去り、彼方へと消えていく。傾いた太陽が僕たちの背中を照らしていた。
そうして、僕たちは緑ヶ丘駅前まで戻ってきた。
「ここまで協力してくれて、本当にありがとう。いつかお礼するよ」
僕がそう告げると、メグはすかさず、
「じゃあ、焼肉食べ放題ね」
と両手を前に突き出してピースサインした。それを見た優作が、
「女子なら、そこはスイーツ食べ放題ってところじゃないか?」
とメグを茶化すと、
「あっ、そういう偏見はよくなーい」
とすかさず抗議。そしてみんなで大笑い。最後に優作が、
「じゃあ、頑張れよ。必ず雛乃ちゃんを見つけろよ」
と軽く手を振り、三人は去っていった。一人になった僕は深呼吸をして気持ちを引き締め、目的地へと向かって歩き出す。
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