第10話 遊園地大作戦②
場内に十二時の鐘が鳴り渡る。ちょうどお腹もすいてきた。僕たちは遊園地内のフードコートで食事をすることにした。
「みんなで大きいピザ食べない?」
そう提案すると、みんな賛成してくれた。その他に僕はフライドポテト、奏子はアイスティーとホットドッグ、優作はハンバーグ、メグは生ハムサラダを注文した。
ジャンボサイズのピザは四人で食べるのに十分だ。優作とメグは運動部だしいつもよく食べる。奏子はどうなのか観察していると、彼女も食べるのは大好きみたいで、大きめに切り分けられたピザを小さな口で一飲みした。まるでカエルみたいだと思ったけど、勿論口には出さない。
優作が席を立ちトイレに行った。その間に奏子に単刀直入に恋愛観について尋ねてみることにした。すると奏子はピザを食べる手を止め、ゆっくりと口を拭きこう話した。
「一部では私のことを恋愛クラッシャーとか言っている人がいます。でも私はすごく悲しいです」
アイスティーを一口飲んで、奏子は話を続ける。
「先輩、恋愛をしている人ってどんな色をしているか知っていますか。とても魅力的な色なんですよ。とても激しくてとても淡い色で、温かくて透き通っていて。一言では言い表せない美しさがあるんです。私はその色に惹かれるんです。光になびく蝶々のように。その恋の色の中に入っていると、私はとても幸せな気分になるんですよ。私にとって一つの確かな神様です。でも私にその人を捕まえることはできない。光に手を伸ばすと、全ては壊れるだけ。とっても悲しいんですけどそれは事実です」
僕たちは奏子の言葉に聴き入ってしまう。優作にまとわりついている彼女と、内面の彼女はこんなにも違うのだろうか。
「だからいつも、今度は今度はと思いながら恋をしているんですけれど。優作先輩は私の夢を叶えてくれるたった一人の人だと思います。メグ先輩もそう思いませんか」
奏子の目から涙が一粒こぼれ落ちる。メグは奏子の方を見ずにハンカチを差し出した。
優作が戻ってきてからは、さっきの神妙な会話が嘘のように奏子は再び彼にべったりだった。食事後店を出て次のアトラクションへと歩きながらメグは、
「私たち、だまされてんのかな」
と前を行く奏子を見ながら呟いた。キツネに化かされた後みたいに、僕らの心は靄がかってしまった。なんだか奏子を責める気になれなくなってきた。それどころか彼女の行為が純粋無垢なものにさえ思えてきたのだ。
僕たちはその後、一時から始まるパレードを見て、コーヒーカップやお化け屋敷などのアトラクションで遊んだ。お化け屋敷では激しい奏子アタックが繰り広げられ、さすがの優作も食傷気味だった。僕とメグは冷めた態度でお化けたちを一蹴し、中の人たちをひとしきり困惑させた。
「藤原君、ちょっといいかな」
いつの間にかピンクうさぎが僕の後ろに立っている。着ぐるみは間近で見ると結構怖い。中に摩耶が入っていると知らなければ、恐怖だ。
「どうやら先生に見つかったらしいわ。うちの学校の先生がデートしてるみたい。ほら見てあそこ。あの二人付き合ってたのね……。すごい秘密を知っちゃった、ってそれどころじゃない。バレたら停学だよ、どうしよう」
若い教師カップルは摩耶を探している。遊園地内のコスプレサービスを使い、二人はゾンビと死神の格好をし、実に楽しそうに「生徒狩り」をしているようだった。
「摩耶を発見した。ミミちゃんは背後から、僕は正面から追い詰めるぞ。規則違反は万死に値する! 停学に追い込む!」
教師たちの負のエネルギーに気圧されそうになりながらも、僕は頭をフル回転させ、摩耶が窮地を脱する方法を考える。そして一つの方法を思いついた。
「そうだ、僕がウサギの着ぐるみをかぶるから、石動さんはそれを脱いで!」
僕がウサギになって彼らの前に出れば、摩耶がバイトをしていたことも勘違いだと思ってくれるだろう。でも心配事もある。教師二人が事務所に詰め寄ってバイト名簿を出せと言わないだろうか。
「それは大丈夫。責任者の人には身バレしないように言ってあるから。でも私、ウサギを脱いだら変装グッズも持ってないし、見つかったらすぐバレちゃう」
その時「織部奏子被害者の会」の二人が浮かんだ。確か彼女たちはサングラスと帽子を持っていたはず。
「石動さんはこの休憩所の裏に隠れてて。すぐ戻って来るから」
二人を探すがどこにもいない。目立つ着ぐるみを着ている摩耶が見つかるのも時間の問題だ。僕は遊園地内を可能な限り走り回って探す。いない、いない、一体どこにいるんだ。
もうだめかと諦めかけたその時、アイスクリーム屋の陰に二人の姿が見えた。
「おーい、上田さん、松本さん……ちょっとお願いがあるんだ、あっ」
なんとそこには奏子もいた。三人が一斉にすさまじい形相で僕のほうを見る。どうやら業を煮やした被害者の会二人が奏子を拉致し、最終決着をつけるつもりのようだった。
「何で先輩がここに? まさかこの二人の仲間なんですか? 私のこと罠にはめようとしていたんですか」
軽蔑と悲しみの色が滲む。一瞬彼女の視線にたじろぐが、誤解を解く時間はない。松本に、「帽子とサングラス貸して!」と言って、半ば強引に変装セットを借り、摩耶の元へ走った。弁解は、後だ。
草むらに摩耶を誘導し、着ぐるみを脱がせる。何だかシチュエーションだけみればエロい感じだけど、事実はたいしてエロくない。着ぐるみは結構熱いらしく、摩耶の髪が熱で汗ばんでいる。それは結構淫靡だ。胴体部分を脱ぐのは結構大変みたいで、僕と二人がかりでも、結構手間がかかった。サングラスと帽子を摩耶に渡し、今度は僕が着ぐるみに入る。今まで摩耶が入っていたウサギの中は意外といい香りがして、ドキドキしてしまう。
「変装終了、っと。石動さんはしばらくここにじっとしてて」
「私も一緒に行く」
「それじゃ見つかっちゃうよ。折角変装した意味ないよ」
「大丈夫。ばれないようにするから。ほら、風船もちゃんと持ってね」
遊園地内はゾンビやらヴァンパイアやらで溢れかえっていた。そんなハロウィン浮かれの場内を摩耶に手を引かれて歩いていく。奏子はどうなっただろう、被害者の会からうまく逃げられただろうか。優作とメグは? 着ぐるみの中であれこれ考える。今日は優作とメグのために色々行動しようと思っていたけど、結局役に立たなかった。人のために行動するって難しい。
「優作、私たちこれからどうなるのかな」
メグの声。優作もいる。何を話しているんだろう。気になるが今は摩耶を救わなければ。歯がゆい、もどかしい。彼らに何もできないまま終わるのか。
二人の声が遠ざかっていく。後ろを振り返れない僕は、「これが終わったら必ず行く」と胸に誓う。
「先生がいた」
摩耶が僕の左手を強く握ってそう言った。彼らはウサギをロックオンすると、獰猛なハンターのように一歩一歩間合いを詰めてきた。教師たちは勝ち誇ったような顔をしている。そこまで生徒を追い詰めて何が楽しいのだ。摩耶の手の力が強い。たぶん彼女は教師たちの理不尽さに怒っている。
覚悟はできているか、藤原浩介。着ぐるみの中で深呼吸。そして着ぐるみを脱いだ。
「こんにちは。藤原浩介といいます。あのー、どなたかと勘違いされてません? 僕はいするぎなんとかいう名前ではありませんよ」
まさかの展開に教師たちは呆気にとられている。しかしなおも、
「いや、確かに石動摩耶をこの目で見た。今から事務所に行って確認させてもらうぞ」
と引き下がらない。
「どうぞどうぞ。好きなだけ確認してください。時間の無駄だと思いますけどね。僕は朝からこの着ぐるみに入っていましたし」
内心膝がくがく、心臓ばくばく状態だったけど、最後の大一番だと思って自信たっぷりにそう答えた。僕のあまりの堂々っぷりに、教師たちは言葉を失ったようで、くるりと踵を返して、すごすごと逃げ去っていった。僕と摩耶は思わず手と手を合わせて「やったね」と喜びをわかちあった。
「藤原君のおかげで助かったよ、ありがとう」
サングラスを少し外し、摩耶は笑顔でそう言った。
その時僕は大事なことを思い出す。優作たちはどうなっただろう。摩耶に事情を説明し、優作とメグの所へと急ぐ。二人はまださっきと同じところで話を続けていた。
「優作は奏子と付き合いたいんでしょ。今日の様子を見てたら、私わかっちゃった。親切心だけではあそこまでできないよね」
これはメグの皮肉が混じっている。優作の性格を知りぬいている彼女なら、優作が誰にでもあのくらいの親切心で接することぐらいわからないはずがない。でも心はうらはらで、どうしても素直な言葉が出てこないのだ。
「メグ、どうしたんだ。いつものお前らしくない。変だぞ」
核心に近づくのを怖れて、優作は話題を逸らしている。このままでは二人はすれ違い続けるだろう。
「はっきり聞かせて。優作は……」
メグが一歩前に出る。優作は半歩後ずさる。僕は二人の行方をじっと見守る。そんなタイミングで、息を切らし奏子が登場した。
「先輩、はぁ、はぁ。間に合った。言っちゃいますよ、私先輩のことが好きです。付き合ってください」
やられた。メグより早いタイミングで奏子が告白してしまった。勝負ありか。僕の後ろで状況を見守る摩耶も、通りすがりのゾンビたちも、もどかしそうにしている。
メグは二歩下がり、うつむいて優作の言葉を待っている。どんな結果になろうとも、最後までしっかり聞こうと思っているようだった。
「奏子ちゃん、ありがとう。でもごめん。君の期待には応えられない。俺には好きな人がいるんだ、だから……」
奏子は優作の目をしっかり見据え、
「誰ですか。名前を教えてください。それを聞いたら、私は引き下がるか考えます」
と言った。優作はなおもためらっている。メグは俯いたまま。何か優作を後押しするいい手はないのか。思案した挙句、僕はひらめく。あった、これならいけるかもしれない。
「優作、がんばれ」
手に持っていた二十個もの風船をすべて優作に渡した。こんなものしかないけれど、百本のバラのかわりになるかわからないけれど。
「何だよこれ」
優作は苦笑い。しかしすぐに真剣な顔になり、
「メグ、俺はお前のことが好きだ。受け取ってくれ」
色とりどりの風船をメグに渡した。風船を受け取ったメグは目に涙を浮かべながら、
「みんな見てるよ、恥ずかしい。でも嬉しいな、ありがとう」
両手を大きく伸ばす。優作がメグの体をぎゅっと抱きしめ、「付き合ってくれるか」と言うと、彼女は一言、「うん」とだけ言った。その時手に持っていた風船が空へ空へと飛んでいった。メグは残った風船を指に巻きつけ、僕に「ありがとう、浩介」と言った。
奏子は泣いていない。それどころか、何だか嬉しそうな顔をしている。その理由を尋ねると、
「お二人、すっごく綺麗な色をしてるんです。こうなったらもう私の入り込む隙間はありません。ていうか私の恋愛クラッシャーもついに止まりましたし。これからはまっとうな恋愛にいそしみたいと思います。そういえば、藤原先輩は私のことが好きなんですよね。付き合っちゃいましょうか」
この問題が残っていた。今更ながら過去発言を悔やむ。摩耶も後ろで「ふーん、そうなんだー」と言っている。サングラスの奥で怒っていないことだけを願うばかりだ。
「実はあれはつい口から出てしまった言葉で……」
「別にいいんですよ。先輩が私のことを好きじゃないことぐらい、キューピーちゃんでもわかりますから。でも私の心を弄んだんですから、一発殴られるぐらい覚悟はできてますか」
殴られてもしょうがないことだ。覚悟を決め、目を閉じた。すると「じゃ、いきますよ、口を開けてください」
えっ、口を? わけもわからず口を開く。すると奏子は、僕の口の中に何かを放り込み、数秒後激しい辛さが襲い掛かってきた。
「激辛百倍唐辛子キャンディーです。さあ先輩、のたうちまわってくださいね。ふふ」
身もだえするほどの辛さだ。水が欲しい。ウサギ姿の僕はその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。しかし一分もすると、すうっと辛さが引いてきた。
「これであと腐れなし、ですよ。さようなら、優作先輩、藤原先輩、メグ先輩」
そう言って奏子は笑顔で走っていった。僕らは彼女の姿が消えるまで、ずっと後ろ姿を見送っていた。
「藤原君、いつまで着ぐるみ着てるの? 返しにいくから脱いで。あ、それと私バイトがもうすぐ終わるから、ここで待っててくれる?」
摩耶が事務所から戻ってくるあいだ、僕たち三人はベンチに座りクレープを食べていた。
優作とメグは恋人になった途端、ぎこちなく口数が少なくなっている。やれやれ、前途多難だなと二人を微笑ましく思った。
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