第9話 遊園地大作戦①
人生にはモテ期が三回あるという。もしかすると今日がその一回目なのかもしれない。
いま僕は屋上にいる。なぜこんな風の強い日に屋上にいるのかというと、実は今朝生まれて初めてラブレターをもらったのだ。下駄箱に何かが入っているのに気が付き取り出して見たら、手紙だった。差出人はなく、横長ピンク色の封筒に「藤原浩介様」と書かれていて、後ろにはパンダのシールが貼られていた。
それで決戦の舞台に赴いた。心臓はマグマのごとく燃え盛り、今にも噴火しそうな勢いだ。ドアのところにいる山田メグにサインを送り、いざリングに降り立つ。
「あ、藤原先輩っ」
差出人は僕の姿を見つけると、ぱたぱたと駆け寄ってきた。走り方がペンギンみたいで可愛い。雛乃より背は低いが、胸はかなり大きく、人懐っこそうな瞳をしている。
「来てくださってありがとうございます。一年C組の、織部奏子です。奏子とかいてかなでこ。そうこじゃないですよ」
初対面なのに人見知りせずよく喋る子だ。こんな子とつきあったら毎日楽しいだろうか。 遠くの空へと視線を逸らし、奏子に何の用かと問いかける。
「実は……私は……」
生唾を呑み込む。少し気管に入ったが気にせず奏子の言葉を待つ。
「内川優作先輩が好きです!」
「あーありがとう。でも僕には……って、えっ? 優作?」
聞き間違えではなかった。何と彼女が好きなのは僕ではなく優作だった。メグの方をちらと見たけど、動きはない。このままノックアウトされてしまうのか。
「はい、優作先輩です。藤原先輩は優作先輩と仲がいいとお聞きしました。それで、仲を取り持ってほしいんです。とりあえず今週の日曜日にデートできるようにセッティングお願いします」
この子、顔に似合わずグイグイ積極的だ。僕に体を近づけ、意味もなく胸を押し当ててくる。無意識でやってるっぽいところがまた怖い。
メグの方を見る。今までの話は聞こえているはずだ。僕は優作がメグを好きなことを知っている。たぶんメグもそうだ。幼馴染という間柄、なかなか素直になれないでいるけど、二人は相思相愛なのだ。だからここでデートをオッケーすると二人の仲を壊す可能性がある。メグの気持ちを考えるとそれはなんとか避けたい。頭の中で小人会議がめまぐるしく意見を闘わせている。
「えーと、僕は君をかわいいと思う。優作じゃなくて僕はどうだい、奏子さん」
唖然とする奏子。メグも唖然。いつもの悪い癖で、二人を守ろうとしてその場に合わせた妄言を吐いてしまった。
「僕は君の彼氏に立候補する。だから日曜日一緒に遊園地に行こう」
自分で言っていて意味がわからない。
「はあ。ちょっと意味が分かりませんが。優作先輩を連れてきていただけるなら、別に構いません。藤原先輩の気持ちはちょっとわかりかねますが、オッケーです。じゃ、日曜日お願いしまーす」
と一礼して階段を下りて行った。あとに残されたのは僕とメグ。背筋にひんやりと極寒の冷気を感じる。メグは僕の所業を冷ややかになじった。僕が優作とメグのことを思ってやったことだと弁解すると、彼女は言葉少なに考え込む。
「浩介がいつも私たちの心配をしてくれてるのは知ってる。ありがたいと思ってるよ。だけど、時間がかかることっていっぱいあるし、どんなに頑張っても前に進まないことって、あるじゃん」
夕焼け空に目を潤ませ、メグは誰のことを思っているのだろう。僕は自分が犯した失点の回復と二人の幸せのために、できる限りのことをしようと心に誓ったのだった。
翌日、優作に屋上での出来事を話すと、怒る風でもなく、事実をそのままに受け止めているようだ。そしてデートの件も快くOKの返事が出た。優作は奏子の気持ちも最大限に尊重し、彼なりに最大限の誠意を見せるつもりだと言った。僕はそんな優作を正直偉いと思う。だからお節介で余計なことだとしても、僕は優作とメグが結ばれるようできるだけ働きかけたいと思った。
その日のうちに、織部奏子にデートの件がOKであることを伝えに行った。奏子を呼ぶと、クラス中が一斉に新種の深海魚でも発見したかのような、好奇のまなざしで僕を見た。
日曜日の集合場所と時間を伝えて奏子のクラスから離れる。一仕事終え、ほっとしたのも束の間、誰かが僕を呼び止めた。
「藤原先輩ですよね」
振り返ると腕を組んでふくれっ面の女子が二人立っている。制服のリボンの色からすると、どうやら一年生のようだ。顔はかわいらしいが、警戒しているのか空気がとげとげしい。
「私は一年の松本綾、こっちは上田愛。どうぞよろしく。さっき、織部奏子と話していましたよね。実は私たちは織部奏子被害者の会です。あの子は恋愛クラッシャーなのです。恋愛フェロモンを発している人を見つけて猛アタックする。そして、その人の恋まで破壊してしまうのです。今まで私たちを含め五人の女子が被害に遭っています」
なんてこった。強引だなとは感じたけれど、まさかそこまでとは思わなかった。それじゃ優作とメグも危険じゃないか。今すぐ知らせに行かなければ。
「私たちにも恋人未満のボーイフレンドがいましたが、彼女の横槍であえなく崩壊しました。だから今度は私たちが彼女を潰してやるんです」
その瞳は復讐心に燃えていた。彼女らを説得しようと試みたが決意は固いようで、何としてでも奏子を葬る気らしい。どんな手を使うのか怖くて聞けない。
「というわけで、私達も日曜日こっそり遊園地についていきます。藤原先輩は邪魔しないでくださいね」
厄介ごとがまた増えてしまった。このまま日曜日が来ないように、誰か僕にループの呪いをかけてくれないだろうか。
日曜日、これ以上ない快晴だった。遊園地までの道すがら、織部奏子は優作にしなだれかかっている。それを見ているメグは笑顔だけど、どことなく行き場がない感じだ。
遊園地に入っても奏子のべたべた作戦は続いていた。まるでガムかテープかはたまた蛭か。半ば呆れたが、優作が奏子に本当になびくのではないかと内心びくびくしていた。
「まずあのプリント機で写真を撮りませんか。あ、藤原先輩とメグ先輩も入ります?」
もはや弁当の付け合わせ程度にしか思われていない。メグは「やらない」と言って醒めた視線を奏子に送る。しかし奏子は意に介さない。まさに鋼のメンタルだ。
「じゃ、二人で撮りましょう。先輩、この写真機の中に入ってください」
二人を見守る僕の耳に、誰かのひそひそ話が聞こえる。耳を澄ますと、
「ほらきた。いつものパターン。奏子はああやって自分の虜になった男の写真を集めて飾ってるんだ。気の毒な優作先輩」
蔭でこっそり見ているのは松本さんと上田さんだ。サングラスと帽子を被り、不審者極まりない。彼女らの言葉にゾッとしながらも、優作が奏子の「コレクション」に加わらないことをただ願うばかりだった。
写真を撮り終えると、奏子は満足したように戦利品を手に携え、機械から出てきた。
「じゃ、次はあの噴水前で写真を撮りましょう」
噴水広場はこの遊園地一のフォトスポットだ。広場前にはさまざまなマスコットキャラクターたちが子どもたちと遊んだりポーズを撮ったりしていた。
「あのピンクのウサギに風船もらってきたら? あんただって奏子に好意があるそぶりを見せた手前、ある程度アクションしないと怪しまれるよ」
僕なんてほとんど眼中にないみたいだし、別にもういいんじゃないかと思う。でも、優作から彼女を引きはがす意味でも、僕は行動しなければならないのだ。
風船をもらおうと手を伸ばしたその時だった。一人の女児が着ぐるみに向かって抱きついた。うさぎはバランスを失い、その場にばたんと顔から倒れ、起き上がれなくなっている。
「大丈夫ですか」
着ぐるみの頭部が外れている。どこかで見た光景だ。
うさぎが僕を見て驚く。僕もうさぎを見て驚く。うさぎの中の人は、またしても石動摩耶だったのだ。
「また藤原君なの?」
「石動さん、ハニワ展のバイトは? ていうかまた着ぐるみ? 好きだねえ」
「ハニワ展は先週で終わったの。だから今週から遊園地でバイト。うちの学校バイト禁止だから見つかったら即停学よ。見つからないために着ぐるみのバイトしてるの」
とその時、どぼんと噴水に何かが落ちる音がした。振り返ると、奏子がいない。木陰から松本と上田の「うまくいったかな」という声がする。
優作は素早く噴水の中に入り、奏子を抱き起こした。ずぶぬれの彼女をお姫様抱っこし、水の中から現れる優作は、どこからどうみても王子様だ。奏子はそんな優作に更に心を奪われたようだ。たぶん松本と上田は奏子に恥をかかせたいのだろうけど、逆効果だ。
「あれ藤原君の友だち?」
摩耶が頭を装着してそう言った。
「認めたくないけどね」
「ま、頑張ってね。スマホに何のメッセージもくれない、いけずな藤原君」
そう言うと摩耶は風船を片手にどこかへ消えていった。もうちょっとだけ話をしたかったけど、バイトがあるなら仕方がない。またの機会にしよう。
「じゃ、次はミラクルジェットに乗りましょう。昔ながらのコースターですが、スリルは満点との噂です」
コースターは四人で乗ることになった。僕はジェットコースターは苦手だけど、乗りかかった船だ、仕方ない。するとその時、どこかからおどろおどろしい声が聞こえた。
「ミラクルジェットって怖いよね。今までで三十五人も死んでるらしいよ。死んだ人はスタッフに事務所に運ばれて、内々に処理されちゃうんだって。怖くない? それでさ、その三十五人が座ってた席っていうのが、全部前から六番目の右側なの。でも数珠があれば平気だそうよ」
声は優作や奏子の耳にも当然届いた。というか聞こえるように会話をしていたのだろう。声の主はたぶん松本と上田だ。奏子を怖がらせて醜態を晒そうということか。あまり質のいい妨害方法には思えないけど、彼女らがいいと思っているのならしかたない。
「ふん、私はそんな迷信なんて信じませんから。ね~、先輩」
奏子は強気の姿勢を崩さない。むしろメグのほうが怪談を怖がっているようで、乗る前から足が震えている。
僕たちの番が回ってきた。列の順番に前から座っていく。なんと、奏子は六番目の右側だった。さっきまで強気だった彼女はどこへやら、ひとりでぶつぶつと何かの呪文を繰り返し唱えている。奏子のとなりの優作は当然気遣い男ぶりを発揮し、何度も優しい言葉をかけてあげている。しかし奏子の精神状態は崩壊しそうだった。突然、
「数珠! 数珠を買ってきて」
と空中に向かって叫ぶと、ジェットコースターは彼女の声に呼応するようにカタカタと
上へ上へと上昇を始めた。「数珠だ! 数珠だ!」奏子がおかしくなってしまった。でも僕たちにも彼女を心配する余裕なんてないんだ。コースターはてっぺんまで昇り、反転急降下を始めた。乗客の悲鳴がこだまする中メグは一変、最高に楽しそうにしているではないか。嬉しくなって僕も大きな悲鳴をあげる。二回転、三回転、四回転。何回まわれば気が済むんだ、そして何度落ちれば僕らは許してもらえるんだ? 奏子には気の毒だけど、これはめちゃくちゃ楽しい乗り物だ。自分がコースター好きとは思わなかった。いまだ絶叫は続いている。最後の二回転を終え、コースターはゆっくりと開始地点へと戻っていった。
「奏子ちゃん、大丈夫?」
優作はそう言って、奏子の体をおんぶした。ほとんど気を失っているはずなのに、奏子はおんぶされていると気づくと、がしっと優作の肩を強く持つ。まったく抜け目がない。
奏子の目は本気で恋する乙女のようで、僕とメグはこの恋が本物であると確信せざるをえなかった。
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