第11話 遊園地大作戦③
摩耶は着替えを済ませ、いつもとは違うガーリーな服装で現れた。黒系の服も似合うが、女子っぽい格好も似合うんだなと胸の高鳴りを覚えた。
「最後に観覧車に乗らない?」
太陽はすでに西に傾いている。 僕たちは 観覧車乗り場へと急いだ。ハロウィンの仮装をしていた人たちも 今はもう服を脱ぎ 遊園地内は元の風景に戻りつつある。閉園時間が近いということで 観覧車乗り場は 人でごった返していた。僕たちはその列の最後尾に並ぶ。
「私は優作と乗るから、浩介は石動さんと乗ってね。あんたもその子と仲を深めるいいチャンスじゃない」
順番が来て、僕たちはふたりで観覧車に乗り込む。観覧車は徐々に高度を上げていく。地上から離れていくと僕の気持も高ぶっていった。夕陽を背にした石動摩耶はとてもきれいだ。僕は間違いなく彼女に惹かれている。でも心にストップがかかるのは、僕が発した例の呪いのせいかもしれない。
「今日はありがとう。あなたがいなければきっと先生たちに見つかって停学になっていたと思う」
摩耶は頬杖をつきながら、僕をじっと見ている。僕は彼女の顔を直視できない。
「たいしたことはないよ。石動さんが困っていたし、助けるのは当たり前だよ」
照れ隠しに素っ気なく言ったが、摩耶の視線は変わらない。なんだか気恥ずかしくなって外の風景に目をやる。
「今日は優作とメグの関係が深まるように色々手助けしようと思ってたんだ。でもあまりうまくいかなかった。優作は僕よりずっとスマートに物事に対処できる。僕の出番はなかったよ」
本当にそう思っていた。でも自分が蒔いた種を拾うのが精一杯で、とても他人に気を配る余裕などなかった。
「でも、結果的にあの二人は仲良くなれたんだし、私のことも救ってくれた。藤原君が意図した結果にはならなかったかもしれないけど、みんな君のおかげだって思ってるよ。少なくとも私はそう」
「もっとうまくやれた気がするけど」
「風船を二人に渡すところなんて、ドラマみたいだったよ。周りにいた人はみんな何かの演出だと思ったんじゃないかな」
その言葉に深い沼から救出され、自分の冴えない毎日にほのかな灯りが灯った気がした。
「ありがとう、石動さん。君のおかげかもな」
観覧車がてっぺんに到達した。僕たちは立ち上がり、遠く小さな街を不思議な気持ちで眺める。
「私たち、これからもっと仲良くなれるかな」
摩耶が街を見下ろしながら、ぽつりと呟いた。
「僕は石動さんのこと、もっと知りたいよ」
下りだした観覧車はゆるやかに僕達を現実へと戻していく。現実に戻る前にできるだけ夢のカケラを保存しておきたかった。そうしなければ、僕らは簡単に離れてしまいそうな気がしたのだ。
いつの間にか再び向き合って座っている。向き合って、見つめ合って、なんだか恋人同士みたいだ。不忍池のときみたいにキスされるかなと思ったけど、摩耶は今日は自重しているようだ。
「私も藤原君のこと知りたい。でも私のことを深く知ったら、藤原君は私を殺したいほど憎いと思わないかな」
摩耶の言葉が冗談なのか本気なのか僕にはわからなかった。でも、自分と摩耶を信じるしかない。
「大丈夫だよ。嫌いになんかならない」
「そう、それならよかった」
差し出された手を、僕はしっかりと握った。
「これからもよろしくね」
満面の笑顔で摩耶がそう言った。この瞬間を永遠に留めておけるならどんなにいいだろう。しかし観覧車は地上に降り、僕たちは現実世界へと戻らなければならなかった。
「今日は楽しかった。また遊んでね」
握った右手を名残惜しそうに離し、摩耶は薄暮の中へ消えていった。一緒に帰りたかったけど、僕に余韻だけを残していつも摩耶は消えてしまう。すぐにでもメッセージを送りたい。でもスマホを打つのも億劫に感じるほど、僕の心は満たされていた。毛布にくるまれた羊のようにできるだけ静かに、彼女の存在の温かさの名残を感じながら、その瞬間を失いたくなかった。
優作たちも観覧車から出てきて、帰ろうかと思ったとき、僕らの後ろから「せんぱ~い」という情けない声が聞こえてきた。そこには顔と服が汚れ、情けない顔をしている「織部奏子恋愛被害者の会」の二人がいた。なぜそんな格好をしているのか尋ねると、
「私ら返り討ちにあったんです。実はあの子柔道二段だったんです、甘く見てました。でも帰り際のあの子を見たんですけど、ちょっと雰囲気が変わったような気が……。何かあったんですか」
奏子にそんな特技があったとは知らなかった。僕たちはみんなで電車に乗り、奏子の裏話や摩耶の話、その他雑多な恋愛話などをしながら楽しく帰った。なんだかめまぐるしい一日だったけど、こうして笑い合いながら帰れてよかった。
七時過ぎにようやく家に着いた。家には誰もいないようだ。雛乃もまだ帰っていない。「また誘拐されないようにね」いつかのメグの言葉。急に不安になり、雛乃の名前を呼びながら、部屋のドアを開けた。部屋は相変わらずきれいに片付いていて、几帳面な性格がうかがえた。
ふと、机の上に置いてある分厚いノートが気になった。手にとってみるとそれは日記だった。悪いとは思いながらもパラパラと紙面をめくる。
「お兄ちゃん、何してるの」
雛乃が青ざめた顔で立っていた。慌てて日記を閉じ、
「ごめん、つい見ちゃったんだ。悪気はなかった」
と謝った。
「もう、着替えとスマホと日記は、覗いてはいけないものランキングベスト三だよ」
本当に悪いことをしたと僕は反省する。今後雛乃に口をきいてもらえないかもしれない。雛乃は大きく肩で深呼吸し、
「それで、どんなお兄ちゃんの悪口が書かれてた?」
と言った。この日記は僕の悪口で埋め尽くされているのだろうか。
「三月七日、お兄ちゃんが魚屋でアジをくわえて逃げた」
「どら猫じゃないし」
「七月十日、お兄ちゃんが本屋でBL本を立ち読みしていた」
「それは別にいいだろ」
「というわけで、人の日記を読まないでください。今度読んだらギロチン一直線だからね」
雛乃は僕ににじり寄り、怒りに満ちた笑顔でそう言った。
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