第7話 ハニワ展で……①

 ライラックとの交流会が終わると、いよいよ文化祭が近づいてくる。雛乃はスピーチとダンスに余念がない。毎日午後五時に帰宅し、週三回塾に行く。その合間にスピーチを覚え直し、ダンスの練習もこなす。傍から見てて心配になるくらい忙しそうだ。さすがの雛乃も限界に近かった。ある日プリンを食べていた雛乃は、突然テーブルに顔を突っ伏した。心配になり妹の肩をゆすると小刻みな体の振動が伝わる。そして勢いよく体を持ち上げ、

「ハニワ! ハニワを見に行きたい!」

 と叫びだした。そして博物館で行われている「日本のハニワ大集合 全国ハニワ会議」のチラシを僕に見せた。雛乃は昔から古代史が好きで、部屋にも埴輪のぬいぐるみが置かれている。「ロマンだよ、ロマン」と言うが、何がそんなに惹きつけるのか僕にはわからない。どちらかというと土偶のほうが面白みを感じるけど、雛乃的には土偶ではダメらしい。

「お兄ちゃん、これに行きたい! 今すぐ」

 雛乃は好奇心で澄み切った瞳をしている。妹に懇願されるとノーとは言えない僕だけど、たまには毅然とした態度を取ってみるのも悪くない。そう思って試しに「ひとりで行ってきな。僕は忙しいんだ」と言ってみた。

「最近は何かと物騒なんだよ。卵あっためおじさんの噂知らないの?」

 興味がない素振りをしてみたけど、その不思議なフレーズに僕は惹かれた。

「道を歩いているとね、七十年代のフォークシンガーみたいなおじさんがうずくまってるの。大丈夫ですかって聞くと、『卵あっためてますから』って言って、ゆで卵を満面の笑みで見せてくるんだよ」

 雛乃はそのおじさんの姿を真似た。

「でもね、この前ある男の人が『大丈夫ですか』って聞いたら、お前にやる卵はねえ! と言って、全速力で追いかけてきたんだよ。ああ怖い」

 雛乃は目を大きく見開いて、真剣な表情で続けた。

「だから絶対興味本位で近づいちゃだめなんだよ。神出鬼没でどこにいるかわからないから、狭い路地とかで会ったら最悪なんだよ!」

 確かに怖いが本当ではないだろう。雛乃はよく「おじさんホラーネタ」で僕に揺さぶりをかけてくるのだ。

「う~、お願い聞いてくれないお兄ちゃんなんて……」

「待った待った。じゃ、今週の日曜日に行こうか。僕も暇だし」

 それを聞くと嬉しそうに首を縦に振った。いかに自立の道をひた走っているとはいえ、こういうところはまだまだ子どもだ。


 日曜日、九時に家を出て博物館へと向かった。博物館がある恩賜公園は、森の奥から秋の涼やかな風が吹いて心地良い。キャラメル色のキャスケット帽から雛乃の楽しそうな顔が見える。

 博物館の中は大勢の客で賑わっていて、僕たちは館内の案内掲示板を頼りにお目当てのはにわ展を探した。エスカレーターで二階に上がると、入口に大きく「はにわ第一会場」と書かれている。

「はにわってすごいんだよ。昔の人が作ったものなのに、すっごくデフォルメされてて、現代アートみたいなんだ。宗教儀礼で使われることが多かったと思うんだけど、儀礼で使うのに最大限のデフォルメしちゃうってヤバくない? お葬式で美少女キャラのお坊さんを飾るようなもんだよ?」

「確かにすごいよな。絶対どこかで写実にしたいって欲求が出てくると思うんだけど、デフォルメに徹するって」

 ほとんどハニワのことを知らないから、何とか知識を動員して話に合わせた。そんな僕などお構いなしに雛乃は話を続ける。

「そうそう。日本文化の原型がすでに古墳時代にできていたってことだよね。しかも保存状態がいいんだよ。きっと日本人の絶え間ない努力があって、私たちはハニワを見られるってことだよね。感謝しなきゃ」

 展示を見る前から興奮状態だ。何がそこまで彼女を惹きつけるのか。展示室に入ると雛乃は感嘆の声を出し、今にも走りださん勢いだ。妹が飛んでいかないように、雛乃のバッグの紐をしっかりとつかんだ。

「これかっわいい。コケコッコーって鳴きそうだね」

 そこには鶏のデザインの埴輪があった。とさかはないが、ちゃんとニワトリに見えるから不思議だ。ちょっと恐竜にも見える。これは東北で出土した「鶏型埴輪」と言うらしい。

 会場にはさまざまな形の埴輪が展示されていた。馬の埴輪やコミカルな踊る埴輪、かわいらしい猿の埴輪。どれも個性的で素晴らしい。

 僕が心を奪われたのは、船の埴輪だ。三世紀の頃の物とは思えないほど、造形がしっかりしていて、見た目は単純かもしれないけど、その分想像力の余地がある。昔の人が船に乗って旅をしたり漁をしたりする姿が目に浮かぶ。

「その埴輪は船形埴輪と言います。もちろん当時の航海のあり様を表していますが、実は葬られた人の魂が黄泉の国へと向かう船とも言われています。悲しい話のようで、結構ロマンチックだと思いませんか」

 ガイドの女性が僕たちに話しかけてきた。

「そうですね。亡くなるときにこんな船盛みたいな船で天国に行けたら、最高だと思います。刺身とか食べられそうだし」

「刺身とか食べられそうだし? それ本気で言ってるのお兄ちゃん」

 雛乃が冷たい視線を僕に向ける。例えが下手だっただろうか。ガイドさんはそんな僕らを見て笑った。

 僕たちはその後も埴輪をじっくりと観察した。これほど多くの埴輪が一堂に展示されることは滅多にないらしい。雛乃が来たかった理由もよくわかるというものだ。一時間ほど展示を見て、僕たちは一旦外に出ることにした。その前にミュージアムショップに寄ろうと雛乃が言う。

「あっ、あれじゃない?」

 ミュージアムショップと書かれた店内では、展示を堪能した客たちが列をなして買い物にいそしんでいる。店の前では埴輪の着ぐるみがぴょんぴょんと飛び跳ね、その周りを子供たちが取り囲む。

「かわいい。私も触りたい」

 雛乃は一目散に走り出し、ぺたぺたと埴輪の頭や手などを触る。他の誰にも負けないくらい大きなリアクションは、控え目に言って目立っていた。

 その時だった。一人の男児が埴輪に抱きつこうとしてタックルをかました。埴輪はバランスを失い、その場にばたんと顔から倒れ起き上がれなくなっている。

「大丈夫ですか」

 雛乃が腕を引っ張ると重い頭が前後に揺れ、頭部がすぽっ、と外れてどこかへ転がっていった。頭を失くした埴輪は顔が丸見えだ。長い髪の女性は咄嗟に顔を隠す。僕は転がる埴輪の頭を取り、着ぐるみの女性に返した。

「ありがとう。あっ」

 埴輪も僕も雛乃も、一斉に驚きの声をあげた。埴輪の中の人は、なんと石動摩耶だったのだ。摩耶は慌てて頭部を装着し、何事もなかったかのように手をパタパタ動かしたり、小さくジャンプしたりした。そして耳元で、

「十二時にバイト終わるから、それまで待っていてくれる?」

 と小さく囁いた。軽く頷いたけど、雛乃は何だか気まずそうだ。どうしたのだろう、やきもちでも焼いているのかな。そんなわけないか。―シスコンめ。

 それから僕と雛乃はミュージアムショップに入った。雛乃は熱心にキーホルダーなどを手に取って見ている。

「これ買おうかな。いいでしょ、ハニワペンダントと挂甲武人のぬいぐるみ」

 妹のセンスに文句は言わない約束だ。でも値札を見ると、ぬいぐるみが四千五百円。高校生が買うにしては、高くないか。

「大丈夫だよ。私もバイトしてるし、お金はあるんだ。あ、お兄ちゃんにもプレゼント買ったからね、はいどうぞ」

 それは、生気を失った焦げパンのような、埴輪ストラップだった。うん、かわいくはない。けど妹がくれたものだ、大事にしよう。

「じゃ、僕からも土偶ストラップ。はい」

「土偶は怖いってば!」

 怯えた顔でストラップをひったくる。冗談が過ぎたかな。

 買い物に満足した僕たちは、アイスを食べることにした。外は肌寒いかと思ったけど、日差しがあって心地良い小春日和だ。

「桜ソフトおいしいよ。お兄ちゃんも買って食べなよ」

「いいよ。普通のソフトクリームで十分」

 僕たちは暫く他愛のない会話を続けた。何だか話題が尽きなくて、このまま日が暮れるまで話していそうだ。でも急に雛乃は、

「ねえ、お兄ちゃん。今日はこのまま帰ろうか。さっきの子に会わないとだめかなあ……」

 両手で顔を抑え声の調子を落として言った。

「石動さんに会いたくないのか? 一応約束しちゃったしさ、会うだけ会おうよ。イヤだったらすぐ帰ってもいいし」

 雛乃は赤くなった鼻のあたりをぐずぐずさせ、しかめっ面を僕に向けた。さっきまでは晴れていたのに、灰色の雲が近づいてきていた。スマホで天気予報を確認してみたら、夜はかなりの確率で雨という。雲行きの怪しさに、心がざわついていた。僕は雛乃を思いながらも振り返らずに、半歩先を歩いた。

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