二
異変が起こった日から一週間が経過した水曜日。
携帯のアラームは六時半になるといつものように、その身を震わせ激しく主張する。
うらうらとした春の兆しを感じさせるこの時期は、
アラームの気勢が増しても尚、遥太はその相手をすることはない。息が詰まるような閉塞感と、どっしりと重く体にのしかかるような
布団は身体から
コップのふちを歪な刃で
母親は宿直勤務でそのまま今日も仕事のため面倒はかけられない。それに今日は四十五分の短縮授業だ。行けるなら行きたい。などと
少し経ち、ピピピと鳴らすそれを脇から抜き取ると、どうやら熱はないらしい。ひとまず学校には行けそうだ。
大学生の兄もまた一足早い春休みに入り、何日か家を空けている。そうなると家にいるのは人間一人と猫一匹。二つの生命が呼吸音と生活音とともに
「あーん」と可愛い声を上げる飼い猫のアノにまずは朝ご飯を出してあげる。その後に遥太のご飯。ひっそり閑としたキッチンで、立ったまま食パンとチーズとゆで卵を
そのままごくりと
朝食を簡単に済ました
この調子で今日も一日を平穏に過ごそう。そんなことを思いながら腕時計に目をやると、結局いつもと変わらない時刻。そろそろ家を出なければ、学校の朝礼時間に間に合わない。玄関の上がり
冷たくも暖かみを帯びた風が体にまとわりつく。それがなんとも心地よい。春の気配が濃くなってきたことに嬉しさを見出すなんて、遥太は実に
最寄り駅までの道のりをひとり軽い足取りで進んでいく。道中、犬を連れた老年の女性やランニングをする大学生ぐらいのお兄さんを見かけたが、特に気にも留めず駅へ向かう。
いつもと変わらない日常の
そんなことを思うと少し
見慣れた街並みに思いを募らせながら駅に着くと、目的の電車を待つ。駅のホームは通常運転。あくびをする社会人や各々異なる制服を着た中高生などで溢れ、
毎日乗っている電車が来ると、乗り慣れた車内に身を投じる。運が良いことに今日は端の席が空いていた。そのままその席に座り、遥太の席だと言わんばかりにくつろぐ。
電車が乗客たちを一日の活動の本拠地へ運んでいる
英会話を学んで英語力の向上を目指すポスター。美容整形を施して圧倒的な美しさを手に入れることを提案するポスター。どれもそれらがすでに足りている人にとっては一切関係のないものなんだな、と思う。英語を母語とするネイティブスピーカーにとっては英会話なんていらないし、生まれつき完成された美貌を持ち満足している人にとってはそれらのポスターに目もくれないだろう。それでも今こうして車内ポスターとして
なぜかそんな当たり前のことを、遥太は電車に揺られながら思い巡らすのだった。
何十分かかけて学校がある駅に到着すると、ホームから改札まで進み、駅舎を抜け出す。この時間帯この駅で降りる人は同じ学校の生徒が多い。皆が同じ目的地へと歩み描いていく道筋を、遥太は
無事学校に着くと、昇降口で靴を履き替える。
履き替えたら教室へ向かう前に、まずはトイレで身なりを整える。
代わり映えのない退屈な一日の始まり。
遥太はこのときまで、誰一人とも話すことがなかった。だからこそ、この後遥太にどんな災難が待っているか想像もつかなかった。
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