第11話 雨乞い
日曜の朝だというのに、俺は七時前に起き、パンに餌をやっていた。
こいつにとっては曜日など関係ない。俺が寝坊でもしようものなら、うるさくキーキーと鳴いて餌の催促だ。全く休みの日ぐらい、寝かせてくれよ。
すっかり目が覚めてしまった俺は、仕方なく自分の朝食を済ますと、たまった洗濯物を洗濯機に入れ、片付けをしていた。洗濯物を干しに行こうとして、ふとパンがゲージの中でぐったりとなっているのを見かけたが、まあ天見にでも呼び出されているのだろう。俺は気にもとめず、午前中を部屋の片づけに費やした。
ようやくひと段落して、さてゆっくりするかと、腰を下ろした時、急にパンがゲージの中で騒ぎ出した。ゲージを見るとパンは、ゲージの網に向かって立ち上がり、俺の方に「チュチュチュッ」と何かを訴えている。
「餌はもうやっただろ。ゆっくりとさせてくれって」と背を向けてゴロリと横になる。
すると、キーと一声鳴いたかと思うと、ゲージをガタガタさせる音がしていた。そんな奴を俺は完全に無視して、寝転んだままタブレットを見ていると。
頭にぶつかってくるものがあった。振り向くとパンだ。
白黒のこいつは、ゲージを出て、振り向いた俺にキーキーと叫んだ。
「お前なあ、また勝手に出やがって」
俺がパンを捕まえようとした時、携帯が鳴りだした。
着信は知らない番号だったが、出てみる。
「先生、私、天見です。今、下にいます。出てきてもらえますか」
突然のことに驚きながら、俺は慌てて部屋を出た。
なんで俺の携帯知ってるんだ。それに俺の部屋まで、あ、そうか。俺は一階へ降りながら、その情報源はパンだということに気づいた。奴しかいない。最近、数字もわかるようになったって言ってたはずだ。
マンションの玄関を出てみると、少し離れた電柱の陰に、天見がリュックを両手で抱きかかえて立っていた。ひどく暗い顔の彼女は、目が合うとお辞儀をした。
俺が近寄っていくと、すぐに天見は、
「先生、ごめんなさい。勝手にパンから先生の家、聞いちゃいました」
「やっぱりな。で、どうしたんだ、こんな休みの日に」
「それが、先生、トビが、トビが病気になっちゃったんです」
と泣きそうな顔で、手に持つリュックの口を開けて見せた。
中には、バスタオルに包まれたトビ三毛がいた。トビの本体だ。だが、それは俺のよく知る元気でちょっと偉そうな野良猫ではなく、ぐったりとしてなすがままになっている。かろうじて薄目を開けて、俺を見る目には力がなかった。
俺は、そっとトビをリュックから出してやると手に抱いた。それでも、トビは、眠ったようにぐったりとしているだけだ。天見はトビの様子を話してくれた。昨日まではなんともなかったのが、今朝、呼び出すと、すでにぐったりとしていたという。
すぐに天見は、トビの本体の所へ行って介抱したが、どんどん熱も高くなるようで、自分だけではどうしようもなく、かといって家に連れ帰ることは絶対できないのだという。そして思いついたのが、俺ということらしい。俺なら、トビのことも彼女の力のことも知っている。
「お前、それで、わざわざ一時間もかけてここまで来たのか」
「だって、私の力のこと知ってるの先生だけだし、トビ死んじゃったらどうしようって」
少しパニックになっているように思えた。彼女の目から涙がポロポロ溢れる。日頃の天見は、借りてきた猫のようなどこか感情を抑えた印象だった。それが、これほど感情を顕にしているのは初めてだった。
俺は、すぐに動物病院を携帯で探した。日曜でも診てくれる所は、なかなかなかったが、なんとか頼み込んで連れていくことにする。自転車をとってくると前カゴにトビを乗せて、動物病院を目指した。
トビの症状を説明すると、俺たちは特別な別室に通され、出てきた女医さんは、マスクとゴーグルまでつけて現れた。トビを診て、その女医さんは首を振るばかりだった。
「最近、この症状で運ばれてくる犬や猫、多いんです。どれも同じ症状、急な発熱、意識も朦朧となることが多い。色々情報は集めてるんだけど、原因ははっきりとしないの。うつるのは確かなんだけど、はっきりとした感染経路も見つかっていなくて、だから、今は完全に感染症対応をしないと診ることもできない状態でね。
手当としては、解熱剤ぐらいしかないのよ、ごめんなさいね」
俺たちは薬をもらい、礼を言って動物病院を出た。
帰り道、天見は、昨日、行ってきたという「成らずの柿」の経緯を話してくれた。
俺は、その一部始終を聞き終わっても、言葉が出なかった。
トビのことにも関係するのか、天と地の気の流れ、天の「お使い」……、余りに話が途方もなさすぎて、俺は深い霧の中に立ち尽くすだけだった。
「すまん、天見、俺にはどうすればいいか分からない。……ただ、言えるのは、もっとたくさんの人の協力がいるってことだ。その『祀り』っていうのは、どう考えても大勢の人を巻き込んだものでないと意味がないんだろ?」
「昨日の夜、トビにも言われちゃって。『お前、もっと人に頼れ』って、その時はまだ全然元気だったのにトビ……」
天見は、また泣きそうな顔になって黙り込む。
「その、なんだ、輪を広げる手始めに、まずは、お前の友達に話さなきゃだめだろ」
俺の言葉に、天見はグッと奥歯を噛み締めるようにして感情を飲み込むと、「はい」と答えた。
彼女も昨夜からずっとそのことを考えていたようだ。
「できるだけちゃんと伝えたいんだけど、小町さんのことや私の力のことは伏せるしかないし……、でも今からでも話してみます」
天見は、心を決めたように、前髪越しに俺を見上げ、そう言った。
俺は、それ以上とやかく言わず、ただうなずく。
彼女は、すぐに携帯で伊山と南條を呼び出した。
天見のいつもとは違う様子を察したのか、二人とも急いで来てくれるというので、鴨川デルタの近くにある葵公園で待ち合わせることにした。
普通の病気じゃないとしたら、やはり陰の気が関係しているのかもしれない。
俺たちは、待つ間に小町さんを呼び出して、トビを診てもらうことにする。取り乱していた天見は、そういうことすら考えられないほどだったようだ。
天見はスケッチブックに小町さんを呼び出すと、小町さんは、トビを一目見るなり、
「これはやっぱり陰の熱にあてられたみたいね」
と言った。過去にも同じような人間を見たことがあるという。
平安時代、東日本大震災と同じような大地震が起き、東北の多賀城を大津波が襲って多くの被害が出るということがあった。その年に災害の除去を祈って神泉苑で祀りが行われた。それが祇園祭の起源となったのだが、そこに参加していた小町さんは、東北からの被災者たちを、その時に見たという。
「あの時に見た者たちが、同じような熱を身のうちに宿していたわ。体の表面は冷たいのに体の芯に冷たい炎の熱が激っていて、その熱に命をどんどん吸い取られていくの。多くの人が、その流行り熱で死んでいった。動物は人よりも命の力が小さいから、先にその影響を受けるのかもしれないわね。……そうだ、その時のまじないを試してみましょう」
そう言って、小町さんは、俺と天見に指示を出した。
俺たちは言われるまま、スケッチブックの紙で急ごしらえのお札を作り、天見が文字を記していく。そのお札に、小町さんが、指で印を結び、しばらく念じ続けた。
「これをトビのそばに置きなさい、これで結界を作る。その結界でなんとか陰の気に触れるのを防ぐことができれば、これ以上の悪化は防げるかもしれない」
天見が、トビのタオルの下にお札を入れる。
「とにかくこれが効くか様子を見ましょう。ただ、効いたとしても、これはあくまでも一時凌ぎにしか過ぎない。わかってるわね」
天見は頷き、また涙がこぼれそうになるのをこらえていた。
そうしていると、公園に、伊山、南條が自転車でやってきた。
「ソラ、どうした、暗い顔して。対抗戦のヒロインがそんな顔じゃあ、みんな心配するぞ」
「そうだよ、最近、なんか元気ないなあって美紅とも話してたんだよ」
「実はね、トビが……」
天見が、トビのことを話すと二人は悲鳴を上げた。
後にいた俺の手の中のバスタオルで巻かれたのが、そのトビだと知ると、二人はすがりつくように、トビを覗き込む。
小町さんのお札が効いたのだろうか、トビは静かな息で眠っていて、何の反応も示さなかった。
「そんな、何でトビが」
南條は目に涙を溜めている。伊山も悲痛な顔だ。
そんな二人を前にして、天見は迷いの表情を見せていたが、心を決めて二人に話を始めた。
天見は、まず自分は神社の巫女の家系だと話をし、知り合いの巫女からの話として、天と地の気の流れの話をした。が、肝心の小町さんの話も出せず、話はしどろもどろ、それでも何とかこの世の中の危機を伝えようとした。
「あの『成らずの柿』の伝説にある、実が成ると戦争が起きたという話は、本当のことだったの。今、この世の中の気といわれる力の流れが悪くなっていて、悪い気が溜まってしまって、破裂しそうになっているの。今起きているこの日照りも、トビの感染症も、その悪い気、陰の気が溜まっているせいだろうって。陰の気がどんどん溜まって、そのために熱が上がって、もう限界で破裂しそうになってるのが今なの。
そしてね、ここからが大事なんだけど、それを救うには、『雨乞い』の儀式をやって、この大地の熱を冷やすのが一番だって。それも熱の規模から考えて、とても大きな規模の天の雨が必要で、それをやるには、祈りの聖地である神泉苑で大々的に『雨ごいの儀式』をすること。今ある危機を防ぐためにできることは、それぐらいだろうって」
そこまでを一気に話した天見は、二人が真面目に受け取ってくれたことにホッとする。
「ねえ、どうしたら神泉苑で雨乞い、できるんだろ。私にはもうわからなくって」
「その『雨乞い』すれば、トビも助かる?」
南條の言葉に、天見は、今はわからないと呟いた。
「でも、きっと陰の熱が溜まって破裂したら、この世界は大変なことになる。それを変える可能性があるなら、『雨乞い』の儀式、やってみる価値があると思うの。それがうまくいったら、きっとトビの熱も……」
「その神泉苑っていうのも、必要なのよね?」南條の問いに天見が答える。
「神泉苑は、昔からある霊場なんだって。今回のように大きな力が必要な祀りには、その場所の力も借りないと無理だって……」
「俺もできるだけ、あたってみるが、神泉苑を丸ごと貸りるっていうのは、なかなか大変な話になるな」
俺は大人としてすぐに力になれない情けなさに俯く。
それまで黙っていた伊山が、顔を上げていった。
「私には細かいところはよくわからないけど、ソラの言いたいことはわかった。私も、最近、どんどん嫌なことが増えていってるのは、肌で感じるもの。世の中、負の連鎖みたいなのが続いてるなあって、ニュースだって嫌なのばっかり増えてさ。自然だけじゃなくて、人間もどっかおかしくなってんじゃないのかってね。でもそれが何かわからなかったけど、ソラの話で、なんとなく腑に落ちた。そのぐらい大きな流れが関係してると思わないと納得できなかったから。
そしてね、大事なのは、今の私たちにできそうなことが形としてあるということだよ。それが大事だと思う」
伊山は、そう言うと、
「一つアイデアがあるんだ。一度、父さんに話してみるよ」
と言った。伊山の父さんは、小さいとはいえ会社を経営している。そのつながりで京都市商工会の役員とも繋がりがあり、そこへ話をしてみるというのだ。
「まあ、やってみるよ」
伊山の不敵な笑顔が妙に自信ありげだった。
野良であるトビは、俺のマンションで預かることにした。
俺が仕事の間の昼間が心配だったが、天見と相談して、天見がパンに様子を確認するということになった。あとは小町さんのお札が、どのくらい効いてくれるかだ。それは様子を見るしかなかった。
俺は、それからは毎日、朝と夜にパンとトビの世話をすることになった。
そして一週間、トビは小町さんのお札が力を発揮したのか小康状態を保っている。
熱も薬のおかげで今は下がり、お札で陰の気に触れないのが良かったのか元気を取り戻してきている。
ただ、小町さんのお札の結界からは絶対出てはいけないと言われているので、少し大きめのダンボール箱の中からは出ることができない。そのストレスで、トビはしょっちゅうガリガリとダンボールで爪を研ぐものだから、すぐに箱がボロボロになって、俺は慌てて大きな爪研ぎを買ってやった。
自由にゲージを出るのが公認となったパンは、初めは心配そうにトビの周囲をうろついていた。猫の心配をする白黒ネズミという妙な光景がしばらく続いたが、今では別の心配をすることになる。元気を取り戻したトビが結界から出られないのをいいことに、パンがからかうように、ちょっかいを出すのだ。俺はこいつらに毎日振り回されるばかりだった。
だがそんなことばかりも言ってられない。この一週間、俺は神泉苑のことや雨乞いのことを、自分なりに調べてみた。
神泉苑は、元々は平安遷都と同時に作られた最古の禁苑、皇族の庭園だ。それが室町時代までは東寺が管掌する雨乞いの道場になっていたが、その後一旦廃れてしまっている。それが江戸時代に再興され、今は寺院となっていた。
そこを使うとなると、さてどんな理由をつければ貸してくれるんだろう。それに、神泉苑自体が、小町さんのいた平安の頃とはすっかり変わってしまって、規模にしたってとんでもなく小さくなっていることも不安なところだ。一度、神泉苑に行って境内を使わせてもらえるかを聞いてみたが、そこは話の持っていきようで可能性はありそうだった。だが、どう持っていくか。考えどころだ。
天見も、トビのこと、雨乞いのことへの心配からか、どうも日に日に元気をなくしている。伊山、南條も気にしてくれているのだが、本人が大丈夫だとしか言わないというのも、気がかりなことだった。
そんな時、事は俺の想像を超えたところから動き出すことになる。
朝学校に行くと、伊山が、放課後に話があると、俺を含めた三人に招集をかけた。
実習室に集まった俺たちに、伊山は早速説明を始める。
「あの話さ、父さんに聞いてみたのよ。神泉苑とか借りることなんて無理かなって。かつての東寺と西寺の雨乞い対決っていうのがあったみたいだけど、そういうの、今できないのかってね。
この日照りで京都の観光もさっぱりっていうからさ、それなら昔あった、有名な空海の雨乞いをやってみるのはどうだって聞いたのよ。昔のように東西対決にすればみんな盛り上がるし、大人が本格的にやるとなると、色々あるだろうけど、私たちがやるなら、失敗してもそう問題ないっていうのがいいだろ。若い私たちが今の目線で雨乞いをやってみるのは、意味があるんじゃないのかってね。適当に理由つけて話したんだ。
そしたら父さんが、今度、商工会の副会頭をやってる池田さんと会うから、あの人は西寺復興会の会長もやってるし、会った時少し聞いてやるよって言ってくれたの。
それでね、昨日その副会頭とうちの父さんが会ったんだって。そしたらさ、なんとこの雨乞いの話で盛り上がったらしくてさ、今の若者になんとか京の伝統の心を残さないといけないって。 若い世代にどうやって京の心を残していくか、前からよく話題になっていたらしくてね。伝統儀式の復活、その再現として宣伝すれば、これ、商売としてもいけるんじゃないかってことになったみたいでね。ちょっと話が、勝手に進んじゃったみたいなんだ」
話を聞いていた俺たちは、いきなりの展開に目が点になる。
「それって、神泉苑を使えそうってことか」
俺の言葉に、伊山は「うまく行けばね」と言って頷く。
「ソラ、雨乞いできそうだし、OKよね。あ、ちなみにその池田さん、甲子社高校の理事長でもあるのよ」
「甲子社高校の理事長が西寺復興の会って、それ、美紅、全部知ってて、仕掛けたんでしょ」
天見はあきれたというよりも感心して言った。
「まあ、人は心で動くもんだからね。いや、この場合、損得勘定か」
「うわ、美紅がそこまで策士だったとは。でもすごいじゃない、あの神泉苑が使えるなんて」
南條がそう言うと、美紅は、少し苦笑いになった。
「うーん、それがそう簡単じゃないんだ。実は、その池田さんがさ、今日にでも私たちに会いたいっていうんだ。発案者であり、三校対抗戦勝利の立役者の私たちにね」
「えー!」
というわけで、俺は伊山に言われるまま、すぐさまアポをとった。今日の18時なら会えるということで、俺たちは、その日の夕方、京都市商工会の事務所で、池田副会頭と会うことになってしまった。商工会の事務所は四条駅前だから30分はかかる。気づくと時刻は5時になろうとしていた。
時間がない。とりあえず動きながら相談だ。
俺たちは、どう話すんだ、何を話すんだとガヤガヤ言いながら、校舎玄関まで出る。
俺は、いきなり京都の大物と会うというのでどう説得すればいいか、これにはいろんなことの命運がかかってる、と頭を悩ませているのに対し、伊山は全く肝が座っているというのか、「まあ、なんとかなるっしょ」という感じで、天見まで「あ、忘れ物、先に行っといて」と途中で引き返す始末だ。なんだか俺一人だけが、あせっている気分で、ますますテンパってしまった。
なんとか時間前に駅前ビルの事務所についた俺たちは、すぐに部屋に通された。
そこには割腹のいい池田副会頭が、黒い皮のソファーにどっかりと座り、俺たちを待っていた。いかにも仕立てのいいスーツにエネルギッシュな副会頭は、四十代というところか、予想以上に若い。伊山の話だと、この池田という人物は、何百年も続く京都の老舗の商店を大きく再興させて、役員の中でも一番若いやり手だという。副会頭は、入ってきた俺たち4人を笑顔で迎えた。でもその目の奥は決して笑っていなかい。一人一人をしっかり値踏みしている目だ。
「いやあ、君たちだね。今回の発案者は」
挨拶もそこそこに、池田副会頭は、単刀直入に、「雨乞い」をしたい理由を聞いてきた。
俺が話そうとするのを制して、「直接、君らの言葉を聞きたい」と、3人を見た。
3人はそれぞれに素直に、今思うことを話した。皆は、ここで小細工をしても仕方ない、自分たちの思いをぶつけよう、そう話して、ここに来ていた。
伊山が、旱魃の今、伝説の雨乞い対決を現代に再現する。これは今、まさに京都の危機を救う催しになる、と感情豊かに堂々と語る。
南條は、この京都の街の伝統の危機と地元の若い自分たちがこの京の伝統を行う意義について理路整然と話した。
そして、天見も、今、この世の中は、人が他人を思い、自然を思う心がいかに忘れられているかを話し、だからこそ、自然を思い、人のことを思う、雨乞いという祈りが、本当に必要とされているのだと、言葉は足りないながらも熱を持って訴えた。
3人の話を聞き終わると、池田副会頭は、にこりとして言った。
「確かにこの夏の旱魃は深刻だ。しかも世の中には不穏なことが溢れている。君たちでなくとも、私たち大人もね、何かしなければと、いつも話しているんだよ。
……使う許可は取ってあげよう。
ただし、多くの人を集めるには、みんなが納得する理由が大事だ。
そこでだ、ここからは具体的な話だが、伊山くんだっけ、君の提案に乗ろうじゃないか。かつて行われた東寺、空海対西寺、守敏の雨乞い対決の再現だ。もちろん、それをやるのは。西の甲子社対東の鴨川だ」
驚く俺たちの反応を楽しむように池田副会頭は話を続けた。
「さしずめ対抗戦の第二ラウンドというわけだな。
わが甲子社が三年間、私の代になって一度も優勝できないというのは、いささか気に入らないしね。互いに美術的工夫の凝らしがいがあるから、まさに美術校対決に相応しいと思わないかね。それを、歴史ある神泉苑で行うんだ。上賀茂さんには申し訳ないが、ここはかつての東対西の雨乞い対決の再現というのを前面に出すために、東西の二校でやるというのが、わかりやすいと思うがね。
この条件なら、やってもいい。私が責任を持って準備のお手伝いをしよう。
私もね、まさか本当に雨を降らせることができるとは思っていない。だが、若い高校生たちが京の町のために歴史的儀式を再現し対決する。今、君たちのその言葉をそのまま世に問えばいい。今、日本中が雨を待ち望んでるんだ。これほど時を得たイベントはないだろう。
そして、これなら私たちにも利がある。十分商売として成り立つ。
どうだい、やれるかい?」
さすが京に千年続く老舗の商売人だ。俺たちは、顔を見合わせ、頷きあった。
こうして、話は俺たちが思っていた以上の形で、大きく動き出すことになった。
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