第7.5話「戦槌と原初の鼓動」

手の中で、戦槌「断罪」が不穏な唸りを放っていた。バルド・アイアンは眩い光の中で、全身を包む振動に集中する。それは鍛冶場で槌を振るっていた頃とは違う、もっと古く、もっと根源的な響きだった。


白く染まった視界の中で、守護竜の咆哮が轟く。地竜の鳴き声が応じ、そして古代の装置から放たれる振動が、全てを包み込もうとしていた。


(この振動は......)


鍛冶師として培った感覚が、異質な力の存在を告げている。守護竜の加護とも、地竜の暴走とも異なる波動。それは太古の記憶そのものが目覚めようとしているような鼓動だった。


隣でザイドが呟く。「はぁ......最悪のシナリオですねぇ」


バルドは即座にザイドの腕を掴んだ。相棒の姿は光の中でぼんやりとしか見えないが、その立ち位置は把握している。


「動くな」


握りしめた戦槌の柄から、異様な律動が伝わってくる。中央の装置から放たれる波動が、床を伝わって全身に響いてくる。それは、かつて地竜に襲われた日の振動とは全く異なる律動を持っていた。


「ザイド!装置の様子が......!」


メイベルの叫び声に、バルドは戦槌を強く握り直す。守護竜シルフィード・セージが翼を広げ、古代の遺物を覆い隠すように立ちはだかった時、装置からの振動がさらに強まる。


リリア・クレメンスの声が響く。役人らしからぬ冷徹さを帯びたその声は、この事態が表面的な暴走以上の意味を持つことを示唆していた。


「守護竜以前の技術。原初の地竜を再生しようとする試み。そして、その制御を可能にする装置」


バルドは黙って状況を見守る。戦槌が放つ震えは、リリアの言葉の真偽を確かめるように変化していた。


装置の中心で、原初の卵が不規則な振動を放ち始める。守護竜の加護を打ち消すような波動。それは、バルドが鍛冶師として経験した全ての力を凌駕する何かだった。


「チッ」ザイドの舌打ちの後、「バルドさん、頼みますよ」という声。


「ああ」


応答と共に、バルドは戦槌を振り上げた。地脈の流れを変えるための一撃。しかし、槌が床を砕いた瞬間、彼は理解する。この力は、もはや物理的な介入では止められないものだと。


「無駄です」リリアが告げる。「もう、誰にも止められない」


白い光が最高潮に達する中、バルドの手の中で戦槌の様子が一変する。それは破壊でも創造でもない、もっと根源的な変容の予兆だった。


「私の借金も、メイベルの実験も」ザイドの呟きが聞こえる。「全ては、このための布石だったというわけですか」


守護竜が大きく翼を広げた時、バルドは戦槌を通じて理解した。これは単なる封印や解放を超えた、より深い次元での対立なのだと。


「面白くなってきましたねぇ」


相棒の声に、バルドは無言で頷く。鍛冶師として、そして戦士として、彼もまたその予感を共有していた。


古の力と守護竜の加護が激突する中、戦槌から伝わる感触が変わり始めた。それは破壊でも防御でもない、まったく新しい可能性を示唆する波動だった。


(続く)

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