第8話「策士と古の目覚め」

閃光が収まった地下施設で、異様な静寂が支配していた。中央の装置からは紫の靄が立ち昇り、壁面の結晶群は不規則な明滅を続けている。


「さて」ザイド・シャドウは、崩れた天井から差し込む月明かりを見上げながら呟いた。「どうなることやら」


守護竜シルフィード・セージの巨体が、古の遺物との衝突で損傷した装置を覆うように屹立している。その翼は、まるで何かを封じ込めようとするかのように広がっていた。


「これで、終わりです」


リリア・クレメンスの声が響く。しかし、その言葉とは裏腹に、施設内の空気は更なる緊張を帯びていく。


「本当にそうですかねぇ」


ザイドの軽い問いかけに、誰も即答できなかった。目の前で起きている現象は、明らかに彼らの理解を超えていた。


地竜が低い唸り声を上げる。その全身を覆う結晶が、装置の中心と呼応するように輝きを放っている。


「この反応......」メイベル・アポセカリーが、震える手で計測器を掲げる。「守護竜の加護が、何かに干渉されている?」


バルド・アイアンは黙って戦槌を構え直した。鍛冶の技術で培った感覚が、尋常でない事態の進行を告げていた。


その時、装置の中心から異様な振動が走る。


「来るぞ!」


バルドの警告と同時に、紫の靄が渦を巻き始めた。その中心から、誰も見たことのない光景が現れる。


原初の卵が、ゆっくりとその姿を変えていく。表面の古代文字が輝きを放ち、中から何かが......。


「父の研究が」メイベルが絶句する。「目覚めようとしている......!」


守護竜が咆哮を上げ、その力で封じ込めようとする。しかし、既に事態は誰の制御も及ばないところまで進行していた。


「興味深いですねぇ」ザイドが、コートのポケットから何かを取り出しながら呟く。「どうやら、私の借金返済の計画も、少し変更が必要かもしれない」


「何を......」リリアが警戒の声を上げる。


しかし、その声は突如として響いた轟音にかき消された。


装置の中心で、原初の力が目覚めようとしていた。守護竜の加護と古の遺産が激しく共鳴し、その狭間で新たな存在が姿を現そうとしている。


「バルドさん」ザイドの声が、珍しく真摯な響きを帯びる。「いよいよ、本番って奴ですよ」


戦槌「断罪」が、かすかな唸りを上げた。メイベルは父の研究記録を強く抱きしめ、リリアは何かを決意したように表情を引き締める。


そして——。


装置が完全な変貌を遂げた時、誰もが息を呑んだ。


目の前に現れた存在は、守護竜でも地竜でもない。より古い、より本質的な何か。原初の記憶を宿した、新たな種の現れ。


「これは」ザイドが、軽い口調の中に確かな緊張を滲ませて言った。「想定外の展開ということで......」


月明かりの下で、古の力と現代の秩序が、新たな局面を迎えようとしていた。


(続く)

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