第6.5話「戦槌と古の選択」
古代文字の刻まれた卵型の結晶体が、紫の光を放っていた。バルド・アイアンは、不規則に輝く壁面の結晶群を見つめながら、この状況の異常さを感じ取っていた。
「この文字列」ザイドが拡大鏡を取り出し、「守護竜以前の文字......古代帝国時代のものですね」
バルドは黙ったまま、戦槌を構え直す。目の前の地竜からは、これまでとは全く異なる威厳が感じられた。単なる暴走個体ではない——より古い、本質的な何かの守り手としての存在感。
「父の手記によると......」震える声でメイベルが語り始める。「これは、守護竜の加護に頼らない、新たな力を引き出す実験。でも、なぜ父は......」
「分かりますよ」
ザイドの声に、珍しい真摯さが混じる。鍛冶師の直感が、相棒の言葉の重みを感じ取った。
「現代の魔導技術は、全て守護竜の加護に依存している。もし、それに頼らない力が手に入れば......」
「......天下を取れる」
バルドは低く言葉を紡ぐ。故郷の鍛冶場で培った素材への理解が、この状況の危うさを告げていた。
「だが、それは同時に」
「ええ」ザイドが言葉を継ぐ。「守護竜との均衡を崩すことにも」
突然の轟音が、会話を遮った。施設全体が大きく揺れ始める。天井の一部が崩落し、その隙間から巨大な影が降り立った。
「あれは......」メイベルの震える声。「守護竜!?」
シルフィード・セージの巨体が、狭い空間に威圧的な存在感を示す。その瞳には、街を見守る温和な風竜の姿はなかった。
リリアが現れ、事態の収束を告げる。しかし、地竜が突如として動き出した。卵に触れた瞬間、結晶の共鳴が制御不能なまでに高まる。
「バルドさん!」
ザイドの叫び声に、即座に意図を理解する。床を砕き、地脈の流れを変える必要がある。しかし——。
地竜の瞳に宿る決意が、バルドの動きを僅かに躊躇わせた。その光は、かつて故郷で見た暴走個体のものとは全く違う。より深い、より本質的な使命を帯びているように見えた。
「父の研究は、これを......!」
メイベルの声とともに、紫と青の光が交錯する。瞬間の判断を迫られるなか、バルドは戦槌を振り下ろした。
鍛冶師として、素材の本質を見抜く目が、今という瞬間の選択を導く。
床を打ち砕く一撃。それは地脈の流れを変えると同時に、古の力と現代の加護が交わる道筋ともなった。
眩い光の中で、守護竜の咆哮と地竜の鳴き声が重なり合う。そして、目覚めようとする何か。
この選択が、全ての始まりになることを、バルドは確信していた。
(続く)
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