第6話「策士と守るべきもの」

ドラゴン管理局の緊急会議室。特別調査官リリア・クレメンスの前で、古びた研究記録が開かれていた。頭上の魔導灯が、その内容を浮かび上がらせる。


「地竜の遺伝子操作......原初竜の再構築計画......」彼女の声が震える。「これは、一体......」


窓の外では、風竜シルフィード・セージの影が不規則な動きを見せていた。通常なら安定しているはずの風脈が、まるで何かに干渉されているかのように乱れている。



同じ頃、地下施設の中央室では、ザイド・シャドウが冷静な分析を続けていた。


「この文字列」コートのポケットから取り出した特製の拡大鏡で、卵を覆う結晶の表面を観察する。「守護竜以前の文字......古代帝国時代のものですね」


バルド・アイアンは、黙って戦槌を構えたまま。地竜は、依然として卵の前から動く気配を見せない。その姿には、純粋な守護者の威厳が感じられた。


「父の手記によると......」メイベル・アポセカリーが、震える手で記録を開く。「これは、守護竜の加護に頼らない、新たな力を引き出す実験。でも、なぜ父は......」


「分かりますよ」ザイドの声が、珍しく真摯な響きを帯びる。「現代の魔導技術は、全て守護竜の加護に依存している。もし、それに頼らない力が手に入れば......」


「......天下を取れる」バルドが低く呟く。「だが、それは同時に」


「ええ」ザイドが頷く。「守護竜との均衡を崩すことにも」


突然、施設全体が大きく震動した。中央の装置が、まるで目覚めるように唸りを上げる。


「この振動!」メイベルが叫ぶ。「地脈が......乱れている!」


壁面の結晶群が不規則な輝きを放ち始めた。その光は、守護竜の加護を打ち消すかのように、紫の渦を形成していく。


その時、地竜が突如として咆哮を上げた。全身の結晶が強く輝き、まるで何かに応えるように......。


「来るぞ!」


バルドの警告と同時に、天井が轟音とともに崩落。その隙間から、巨大な影が降り立った。


「あれは......」メイベルの声が震える。「守護竜!?」


風竜シルフィード・セージの巨体が、施設内に出現した。その瞳には、普段の穏やかさは微塵もない。まるで、古の敵と対峙するかのような厳しさを帯びていた。


「ザイド」特別調査官リリアが、崩落した天井の隙間から姿を見せる。「申し訳ありません。この件は、ここで終わりにさせていただきます」


その声には、公務員としての冷徹さと、何かを隠すような緊張が混ざっていた。


「はぁ」ザイドは大げさなため息をつく。「どうやら、面倒なことに巻き込まれたようですねぇ」


しかし、彼の右手は既にコートの内ポケットに伸びていた。そこには、薬屋時代に作った特製の効果剤が......。


「待って!」メイベルが前に出る。「この研究には、きっと重要な意味が!父は......」


その時、予想外の出来事が起きた。


地竜が、突如として卵に接触。結晶の共鳴が、一気に最高潮に達する。


「これは......!」


紫の光が渦を巻き、地脈の力が一点に集中していく。守護竜が、それを止めようと介入。しかし、既に反応は制御不能なまでに高まっていた。


「バルドさん!」ザイドが叫ぶ。「お願いします!」


バルドは即座に意図を理解した。戦槌「断罪」を構え直し、床を打ち砕く。地脈の流れを変えようとする一撃。


同時にザイドが、特製の薬剤を投擲。紫の渦に、青い光が交錯する。


「父の研究は、これを......!」メイベルが、最後の試薬を投げ込んだ。


三者の力が交わった瞬間、眩い光が施設を包み込んだ。


守護竜の咆哮。地竜の鳴き声。そして、古の遺産が目覚めようとする振動。


全てが交錯する中で、ザイドは確信していた。


これは終わりではない。全ては、これからが始まりなのだと。


(続く)

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