第5.5話「戦槌と原初の卵」
戦槌「断罪」が、これまでにない振動を伝えてきていた。バルド・アイアンは、地下施設の中央で、その異様な共鳴に戸惑いを覚えていた。
壁を埋め尽くす結晶群から放たれる紫の光は、鍛冶場で感じた地竜の気配とも、守護竜の加護とも違う。より古い、より根源的な何かを感じさせる。
(これは......鍛冶の技術を超えた反応だ)
中央の巨大な円筒状装置を見上げながら、バルドは眉を寄せた。その構造は確かに精錬炉に似ている。しかし、通常の鍛冶で扱う規模を遥かに超えていた。まるで、大地そのものを素材として扱おうとしているかのような、禁忌めいた造りだ。
「......おかしいな」
戦槌を構え直しながら、バルドは装置の振動を観察する。その律動は、かつて地竜に襲われた時の記憶とも異なっていた。より制御された、意図的な波動。
「この装置。鍛冶場で使う精錬炉に似てるが、スケールが違う。まるで......」
言葉が途切れた時、ザイドがそれを継いだ。「大地そのものを精錬しようとしているようですね」
その指摘は的確だった。バルドは黙って頷く。鍛冶師として培った感覚が、この場所の異常性を告げている。
メイベルが父の研究記録を読み上げる声が響く。守護竜の加護に頼らない力。より根源的な何か。その言葉の一つ一つが、戦槌の振動と呼応するように感じられた。
突然、中央の装置が大きく唸りを上げた。地竜の咆哮が、それに応えるように響く。
「来るぞ!」
警告の声を上げながら、バルドは地面の震動に神経を集中させた。その振動は、守護竜の加護が及ぶ地表とは明らかに異質だった。より深い、より古い律動。
「バルドさん!装置の真下を!」
ザイドの指示に、迷いはなかった。戦槌を振り上げる腕に、鍛冶場で無数の打撃を重ねた記憶が蘇る。力の制御。正確な一撃。そして、素材の本質を見抜く目。
槌が装置の基部を捉えた瞬間、ザイドの投げ込んだ薬が炸裂する。閃光が紫の渦を貫き、そして——。
「これは......」
メイベルの声に、バルドは目を見開いた。渦の中心に浮かぶ巨大な卵状の結晶。その表面に刻まれた古代の文字。そして、何よりも戦槌が放つ共鳴。
(この反応は......)
地竜との初めての戦い。鍛冶場の崩壊。そして、戦槌を打ち上げた時の感覚。全ての記憶が、目の前の光景と重なり合う。
メイベルの言葉が、静かに響いた。「守護竜以前の......原初の地竜の卵」
地竜が、その卵の前に立ちはだかる。その姿には、バルドが知る地竜の野性味は感じられなかった。より古い、より厳かな存在感。まるで、太古の記憶の守護者のように。
戦槌「断罪」の柄を握る手に、確かな手応えがあった。これは単なる復讐や防衛の戦いを超えた、もっと本質的な力との対峙。
(今度こそ......)
バルドは戦槌を構え直した。守るべきもの。向き合うべきもの。その全てが、この地下施設で明らかになろうとしていた。
(続く)
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