第2話「策士と龍の調査官」

ドラゴン管理局の一室で、ザイド・シャドウは退屈そうに椅子に腰掛けていた。


窓の外では風竜シルフィード・セージの巨大な影が、まるで雲を掻き分けるように現れては消えていった。


その度に窓から差し込む光が明滅し、応接室の空気までもが龍の呼吸に合わせて揺れているようだった。


建物に埋め込まれた風竜の鱗を模した結晶が、微かに輝きを放つ。巨竜の接近を知らせる管理局特有の仕組みだ。しかし今日は、その反応がどこか不規則に見える。


「では、地竜の外見について、もう一度詳しく」


特別調査官のリリア・クレメンスは、積み上げられた報告書の一枚に目を落としながら話を進めた。

黒縁眼鏡の奥の瞳には、何か焦りのような感情が垣間見える。

その手元には、各地からの報告が散りばめられており、彼女はまるで複雑なパズルのピースを組み合わせようとしているかのようだった。


(事情聴取のわりには、随分と慎重だな)


ザイドは内心で考えを巡らせながら、表面上は煙たそうなため息をつく。


「はぁ......何度も同じ話を」


「念のための確認です」リリアは真摯な表情を崩さない。


「些細な違いが重要な意味を持つこともありますから」


横では、バルド・アイアンが不機嫌そうな顔で座っている。

その大きな体格に、応接室の椅子が悲鳴を上げていた。

机の上に並べられた結晶の写真に、鍛冶師としての彼の目が自然と引き寄せられる。


「全身を覆う結晶は黒っぽい色で、大きさは不揃い。これでいいですか?」


ザイドは、わざと投げやりな態度を見せる。


「それでは、お引き取り願います」


突然、リリアが立ち上がった。その意外な態度に、ザイドは一瞬だけ素の表情を見せる。

「これだけの事態を、新人に話すべきではないと判断しました」

(ここで切り上げる?まさか......)


「失礼します」ザイドが椅子から身を起こした瞬間、リリアの声が響いた。


「ただし、薬屋としての見解をお持ちなら、それは別件として」


ザイドは、コートのポケットに手を入れながら、計算された笑みを浮かべる。


「実は、結晶の色味が気になるんです」


「ほう?」


「ええ。薬屋で扱う鉱物系の材料に似た特徴が。特に、龍血石という希少鉱物の性質に」

その言葉に、リリアの表情が微かに強張った。


「......鉱脈の件か」


バルドの低い声に、重い沈黙が落ちる。鍛冶師として素材を見極めてきた経験が、その一言に込められていた。


「お二人の観察眼は確かですね」リリアは一呼吸置いて、姿勢を正した。「実は、地竜の件について、もう少しお話を......」


「いや、構いませんよ」ザイドは、さらに挑発的な笑みを浮かべる。

「私たちゃ新人ですから。こんな重要な案件に首を突っ込むつもりは」


「待ってください」リリアの指先が、かすかに震えた。「この件に関して、実は......」


「本当にいいんですか?」ザイドは、意図的に声を落とす。「他にもベテランハンターはいるでしょうに」


リリアは一瞬の逡巡を見せた後、決意を固めたように小さく頷く。

「お二人には、守秘義務付きで、まずは追加調査をお願いしたいと考えています」


「へぇ」


「報酬は、調査一回につき10万G」


ザイドは、内心で計算を始める。3000万Gの借金。残り3ヶ月の期限。


「条件は?」


「基本的な調査と報告です。戦闘は......」


「避けろってことですね」ザイドは言葉を継ぐ。「なるほど。目立たない新人の方が、都合がいいと」


「それは......」


「分かりました」ザイドは、珍しく真摯な表情を見せる。「ただし、こちらにも条件があります」


「サンプルの分析結果の共有。必要な装備の支給。そして......」


「そして?」


「調査の自由度」ザイドは、真剣な眼差しでリリアを見つめる。「私たちの判断で、必要な調査ができる。それさえ認めてもらえれば」


リリアは、机に広げられた報告書を見つめる。そこには各地での類似事例が記されているが、どれも断片的な情報にすぎない。彼女は眼鏡を直しながら、決断を下すように頷いた。


「分かりました。ただし、定期的な報告と、危険な独断は避けていただきます」


「もちろん」


交渉を終えて部屋を出る時、バルドが低い声で言った。

「......何か企んでるな」


「まさか」ザイドは、軽く笑う。「ただの調査ですよ」


しかし、その瞳の奥には、既に次の手が描かれていた。地竜の結晶。各地での異常事態。そして、管理局の慎重な対応。


(メイベル、もう少し待ってくれ。きっと、約束は守る)


かつての薬屋での思い出が、夕暮れとともによみがえる。研究に没頭する彼女の後ろ姿。そして、あの実験の結果......。


風竜共和国の街並みが、窓越しに夕暮れに染まっていく。その向こうには、かつて働いていた薬屋「癒しの泉亭」がある。ザイドの脳裏に一つの地図が浮かぶ。薬屋時代に見た鉱脈の分布図。そして、最近の地竜出現地点。その重なりは、偶然とは思えなかった。


懐かしい景色を見つめながら、ザイドは次の一手を練り始めていた。

借金返済まではまだ遠い。しかし、この調査には、何か大きな可能性が隠されているはずだ。


それは、薬屋時代の知識が告げている。

地竜の異常。結晶の性質。そして、管理局の焦りめいた対応。

全ては、まだ見ぬ何かを指し示している——。

(続く)

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