第1.5話「戦槌と策士」

賞金稼ぎギルドの前で、バルド・アイアンは地面の震動を感じていた。戦槌「断罪」が、その振動に呼応するように微かに共鳴する。


鍛冶場が崩れ落ちる音が、まぶたの裏によみがえる。地竜の咆哮。散り散りになる同胞たち。打ち出される火花のように飛び散る血しぶき。そして、何も守れなかった自分。


(もう、あの時とは違う)


右手に残る古傷が疼いた。それは鍛冶の技術を極めようとした日々の証。無数の打撃の末に得た感覚。そして、己の無力さを克服するための戒めでもあった。


熱された鋼のように、体の中で何かが熱く燃える。報告書の文面が頭をよぎる。テラコア鉱山の異常事態。大地竜連邦からの特別要請。幼体とはいえ、地竜が暴走するというのは、尋常ではない。


ギルドの扉を開くと、すぐに目についた。黒いコートの男。掲示板の前で、わざとらしく大げさなため息をつく姿。その周囲には、嫌悪の視線が渦巻いている。


しかし、バルドの目は別のものを捉えていた。鍛冶の技を磨いた者特有の、無駄のない動き。薬屋のものとは明らかに違う、どこか見覚えのある仕草。掲示板を見る視線の鋭さは、素人のそれではない。


「おい」


低い声で呼びかけると、男が振り返った。


「あぁ、これは面倒ですねぇ」


軽薄な口調。挑発的な笑み。しかし、その瞳の奥には、計算された冷徹さが潜んでいた。


受付で、シャーロットが心配そうな目を向けている。彼女の優れた観察眼を、バルドは信頼していた。その彼女が、この状況を静観しているということは。


(この男に、何か見るものがあるということか)



山道で、バルドは時折、横目でザイドを観察していた。


一見、不用意な足取りに見える。しかし、その歩みには確かな技術がある。足場を選ぶ感覚は、鍛冶場で培った自分のものに似ている。力の入れ具合、重心の置き方。すべてが計算されている。


地面の痕跡を読む目も確かだ。かつて鉱脈を探った時のように、地脈の流れを読み取っているように見える。


グリーンモスの粉末を見せられた時、バルドは確信した。それは大地竜連邦の貴重な素材。通常の薬屋では扱えないはずのものだ。


(この男、ただの薬屋じゃない......)


地面を伝わる振動が、次第に強まってきた。それは、かつて鍛冶場で感じた恐怖の律動と同じ。しかし今は、その振動の中に規則性を見出すことができる。


「......ここだ」


爪痕の形状が、通常の地竜とは違う。まるで、精錬前の鉱石のように不純物を含んだ痕跡。地脈の流れそのものが歪んでいる。


地竜が姿を現した時、バルドの予感は的中した。全身に不自然な結晶を纏った姿。鋼を打つ時のように、本質を見抜く目が必要だ。


ザイドの罠は巧妙だった。それは認める。しかし......。


「うるせぇ」


地竜の全身を覆う結晶。その配置には、どこか鉱脈に似た規則性がある。これは正面から向き合うべき相手だ。


戦槌を構えた時、体が覚えている感覚が蘇る。無数の打撃を重ねた日々。一撃一撃に込めた思い。かつて赤熱した鋼を打ち込んだように、バルドは間合いを計る。


(この距離なら......!)


戦いは、予想以上に難しかった。地竜は通常の個体より俊敏で、その結晶が放つ力は地脈を狂わせる。しかし、それは鍛冶場で感じた地脈の律動と同じだ。不純物を含んだ鋼のように、その動きには必ず隙がある。


戦槌が描く軌道は、かつて鉱石から不純物を取り除いた時と同じ。一撃で、しかし決して砕くことなく。完璧な力加減で、地竜の意識だけを刈り取る。


「......終わりだ」


ザイドが「さすがですね」と言った時、バルドは複雑な思いを抱いていた。相手は自分の戦い方の意味を理解していたようだ。その上で、自分の作戦を取り下げた。


「......うるせぇ」


そう言いながらも、バルドの心の中には、ある種の納得が生まれていた。鍛冶の技を極めようとした日々のように、この男となら、何か新しいものが打ち出せるかもしれない。


Guild帰還後、ドラゴン管理局の調査官が現れた時も、その思いは変わらなかった。むしろ、これからの展開が少し楽しみになってきた、とさえ思う。


まだ誰にも言えない己の目的のために、この予想外のコンビは、案外いい選択になるかもしれない。鍛冶場で新しい技法を発見した時のような、確かな手応えがあった。


戦槌「断罪」が、静かに共鳴するように感じられた。


(続く)

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