Dual Hunters -策士と戦槌-
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第1話「策士と戦槌」
風竜の加護を受けた賞金稼ぎギルドの建物内、天井から吊るされた魔導灯の柔らかな光が、壁に並ぶ七大国の守護竜の紋章を照らしていた。特に風竜共和国を象徴する翠風シルフィード・セージの紋章は、いつもより鮮やかに輝いているように見える。今日は風脈が活発な日なのだろう。
「あぁ、これは面倒ですねぇ」
ザイド・シャドウは、掲示板を眺めながら、わざとらしく大きなため息をついた。黒いコートの襟をいじりながら、チラリと周囲の反応を確認する。
(さて、どんな顔してるかな)
案の定、ベテランハンターたちから、嫌悪と軽蔑の入り混じった視線が一斉に集まった。その中には、Gold Starの徽章を輝かせる古参も何人かいる。彼らの経験豊富な目は、新人である彼の一挙手一投足を観察していた。
(よし、これで誰も近づいてこないはずだ)
彼は満足げに、掲示板の片隅に貼られた一枚の依頼書に目を留めた。
『緊急依頼:暴れ龍の捕獲』
- 対象:地竜の幼体一頭
- 場所:テラコア鉱山周辺
- 報酬:3万G
- 制限:生け捕り必須、危険度B級
- 備考:大地竜連邦からの特別要請あり
「これは......興味深い案件ですね」
ザイドは、上品ながらも尊大な声音で呟いた。周囲のハンターたちは、さらに眉をひそめる。彼らの反応は当然だった。まだNoviceランクの新人が、B級の案件に手を出そうとしているのだから。
受付カウンターの向こうで、シャーロット・レセプションが複雑な表情を浮かべる。彼女の机の上には、几帳面に整理された報告書の山。その端には、"SS級ハンター・シャドウキャット"の称号を持つ彼女の身分を示す銀の徽章が、さりげなく置かれていた。受付業務の合間に、彼女は新人ハンターの動向を記した報告書に、几帳面な文字を記していく。
「ザイドさん、その依頼はちょっと......」
「ご心配なく」ザイドは挑発的な笑みを浮かべる。「これくらい、一人でどうにかしてみせますよ」
シャーロットは眉をひそめた。Noviceランクの新人が、単独でB級の案件に手を出そうというのだ。ベテランハンターたちからも、軽蔑と呆れの視線が一斉に集まる。
その時、ギルドホールの入り口から、重い足音が響いた。
「おい」
低く重い声に、ベテランハンターたちが息を飲む。入り口に立つ大男の姿を認めたからだ。
その右腕には、鍛冶の痕跡である古い火傷の跡。戦槌を持つ手には、制御を誤れば命取りになる破壊力への慎重さが滲む。瞳の奥には、過去の記憶――おそらく地竜との何かしらの因縁を示唆する影が潜んでいた。
漆黒の革鎧に身を包み、等身大の戦槌を背負った巨漢。バルド・アイアン。大地竜連邦の片田舎で、凄腕の鍛冶師として名を馳せた男だ。なぜ彼が賞金稼ぎに転向したのか、誰も知らない。ただ、その手に持つ戦槌「断罪」は、彼自身の手によって打たれたものだという噂だけが、ハンターたちの間で囁かれていた。
「あの方とお知り合いなんですか?」シャーロットは一抹の意外そうな表情を浮かべる。
「まぁ、こっちは知ってるってことで」ザイドは軽い調子で答えた。その時、彼の目は一瞬だけ真剣な色を帯びる。
*
テラコア鉱山への道すがら、バルドが重い口を開く。
「......お前、本当に作戦はあるんだろうな」
山道に残された地竜の爪痕を見ながら、彼は眉を寄せた。その跡には、通常の幼体には見られない不規則な模様がある。まるで、地脈の力を意図的に乱そうとしているかのようだ。
「ああ、任せとけって」
ザイドは、コートの内ポケットから小さな布袋を取り出した。中には緑がかった粉末が入っている。大地竜連邦原産の珍しい素材、グリーンモスの粉末だ。周囲の地脈から漂う大地の魔力に反応し、かすかに輝きを帯びていた。
「これは......薬屋の知識か」
その言葉に、ザイドの表情が一瞬だけ曇る。左胸のポケットに入った薬瓶の欠片が、重みを増したように感じた。
(メイベル......3ヶ月、待ってくれ)
しかし、すぐに普段の挑発的な笑みを浮かべる。
「まぁ、暴れ出したら、バルドさんにお願いってことで」
「......勝手にしろ」
会話はそこで途切れた。二人は黙々と山道を進む。時折、地面から伝わる振動が強まっていく。幼体とはいえ、地竜の存在は歴然としていた。
突然、バルドが立ち止まる。
「......ここだ」
鉱山の入り口から少し離れた場所。地面には深い爪痕が残されている。しかし、その痕跡は、大地竜連邦で見られる通常の地竜のものとは明らかに異なっていた。
ザイドは、地面の様子を慎重に観察する。その仕草には、軽薄な態度からは想像もつかない、確かな技術が感じられた。
「この爪痕......」
「ああ、普通じゃねぇな」
「うん、深さと角度が特徴的です。まるで......」
その時、地面が大きく揺れた。岩肌を砕きながら、一頭の地竜が姿を現す。
体長3メートルほどの幼体。グリズリーほどの大きさだが、その全身には異様な輝きを放つ結晶が散りばめられていた。通常の地竜には見られない特徴だ。地脈の力が、その結晶を通じて歪められているように見える。
「来たか!うっ!」
予想以上の速度で地竜が襲いかかってくる。ザイドは間一髪で飛び退いた。チェーンブレードが描く軌跡が、大地の魔力を帯びて淡く輝く。
「チッ、こいつ......ただの幼体じゃないな」
通常、地竜の幼体は餌に目がくらみやすい。しかし、この個体は違った。グリーンモスの香りに誘われながらも、それが罠であることを察知している。地脈を操る能力も、幼体離れしている。
(これは......大地竜連邦の特別要請の理由か)
地面の振動が不規則になる。まるで、地竜が意図的に地脈の流れを乱しているかのようだ。これは、ドラゴン管理局の報告書にも記載のない異常事態。
「......任せろ」
バルドが前に出る。戦槌を構えた姿に、地竜が警戒の唸り声を上げた。
「いや、まだ手はあるんです。私の作戦が......」
「うるせぇ」
バルドの一喝に、ザイドは言葉を飲み込んだ。相手の背中に浮かぶ筋肉の隆起を見て、彼は理解する。
弱いものを装った罠。卑怯な手段による捕獲。それらは、バルドの信条に反する。幼体とはいえ、戦士としての誇りを持つ相手には、正面から向き合うべきだ。
「......分かった。好きにしろ」
ザイドが下がると同時に、バルドが動いた。
重い戦槌が、信じられない速度で風を切る。地竜の攻撃をわずかにかわしながら、少しずつ間合いを詰めていく。その動きには無駄がない。まるで、鍛冶場でハンマーを振るうように、正確な軌道を描いていく。
「......っ!」
一瞬の隙を突いて、バルドの戦槌が地竜の顎を捉えた。しかし、それは致命傷を与えるような一撃ではない。絶妙の力加減で、地竜の意識だけを刈り取る一撃。
巨体が崩れるように倒れ込む。その全身を覆っていた結晶が、力を失ったように輝きを弱めていく。
「......終わりだ」
バルドの言葉に、ザイドは小さく笑みを浮かべた。
(やれやれ、計画は台無しだが......まぁ、これはこれで)
そう思いながら、彼は地竜の体表の結晶を注意深く観察した。これは、後でドラゴン管理局に報告する必要があるだろう。
「さすがですね」
「......うるせぇ」
そんな会話を交わしながら、二人は倒れた地竜の確保作業に取り掛かった。
***
数時間後、賞金稼ぎギルドに戻った二人を、意外な人物が待っていた。
ドラゴン管理局の特別調査官、リリア・クレメンス。几帳面そうな服装の若い女性だが、その真摯な瞳には並々ならぬ決意が宿っている。
「お二人、お待ちしていました」
厳格な声音で、彼女は続けた。
「テラコア鉱山の地竜の件、詳しくお話を伺いたいのですが......」
ザイドは軽いため息をつく。この展開は、想定外だった。
(やれやれ、面倒なことになったな......)
しかし、その表情には確かな期待も浮かんでいた。この予想外の展開が、彼の目的達成への新たな一歩になるかもしれない。
横目で、バルドの姿を確認する。このまま一緒に仕事を続けられれば、あの約束も、この借金も、きっと何とかなるはずだ。
そう確信できる、ある種の手応えを感じていた。
(続く)
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