第3章 旅のゴールは・・

 シュウはジッピィに乗って畦道を進む。

 夜中にひとり動き回っているというスリルと、悪いことをしているという罪悪感が混ざって不思議な高揚感に包まれている。

 不思議と眠気はないが、目の奥がじんわりと熱いような感覚がある。

 シュウは息を大きく吸い込みながらジッピィを走らせる。

 ・・よし!

 辺りはシリリリと鳴く虫の声と、ジッピィの排気音だけが聞こえる。

 澄み切った星空を仰ぎながらシュウは自然の笑顔になっていた。

 楽しい・・!

 今まで経験したことのないワクワクを感じながら、一人と一台は夜を走る。

 走りは順調で、実にいい滑り出しだ。

 あとは限られた時間のなかで、どこまでいけるかの勝負だ。

 別に誰かと競っている訳ではないけども。

 しばらく走ると林道へ通じる交差部に行き当たった。

 ここから林道方向にハンドルを切り、気を張り詰めながら進んでいく。

 この林道は今は昔は登山道となっていたようで、行き着く果てはとある山の頂上だとは聞いている。

 だが、時間的にそこまでは辿り着けないので、途中時間を見て戻るつもりである。

 おっと

 道の少し先に、何か眼が光った。

 ジッピィを停車させ、少し目を凝らしてみる。

 何かの動物だ。

 しかし、ヒグマであればマジで洒落にならん。

 逃げるか・・!

 ジッピィでアクセルターンの練習の練習でもしておけば良かったと一瞬後悔する。

 しかし、古老ジッピィのスピードでヒグマから逃げ切れるのかな?

 ワンチャン砂利道だからいけるんじゃね?

 でも転んだら痛そうだ

 無駄な思考をグルグルさせていると、謎の生物の全容が見えてきた。

 エゾシカだった。

 シュウも驚いたが、向こうからしても驚きだろう。

 少しの硬直のち、ピョンピョン飛び跳ねるようにして林の中に消えていった。

 エゾシカは別段珍しい生き物ではないが、これだけ近くで見るのは初めてだ。

 シュウは軽くため息をついた。

 ごめんよ

 そして、おそらく驚かせてしまったであろうエゾシカに向けて謝罪の念を唱えつつ、気を取り直してさらに林道を進んでいく。


 その後も、途中で流れ星が見えたような気がしては少しジッピィを停め、空を眺めてみたり、意味もなく持ってきたコンパスを眺めて方向を見てみたり、走ってきた道を振り返ってみたりして走っていくと、やがて空が白んできた。

 夜明けがくる。

 そろそろか

 腕時計を見ると時間は午前4時前といったところだ。

 シュウは生い茂る木々の間、少し視界の開けたところにジッピィを停め、日の出を待つこととした。 

 あっという間の時間であった。

 リュックサックの中から冷めた缶コーヒーを取り出すと、徐々に明るくなる東の空を眺めながらプルタブを開ける。

 一口コーヒーを啜ると、今度はジッピィに目を向け、じっと眺める。

 ホント、今日は楽しかったよ

 心の中でそう呟く。

 シュウは、兄のリョウがバイクに乗って、いろんなところを走り回っている意味が少し分かった気がした。

 いまはコソコソとこんな時間に一人で走ることしかできないけれど、免許を取って自分のバイクを持ったとしたら、それはきっとすごい楽しいし、贅沢なんだろうなと思う。

 そして、そんな贅沢な時間を誰かと共有できたらもっと楽しいんだろうな。

 でも。

 今日の冒険は、些細な、小さな旅だけど、今だからこそできるものなんだ。

 缶コーヒーの苦味が頬の内側から鼻を抜ける。

 シュウは、なぜだか今の幸せというものが急にカタチを持って見えたように思えた。

 一段と空が明るくなる。

 大きく広いパッチワークのような田畑が色付いて見え、いつの間にか声を潜めていた虫の音の代わりに、鳥のさえずりが聞こえる。

 なんだよ、いいところじゃないか

 今更、我が愛すべき故郷への感想だ。

 シュウは昇ってくる朝日を眺めながら、家に帰ることへの一抹の寂しさと、ここまでたどり着いたことへの大きな充実感を噛み締めていた。

 また来ようか

 シュウは缶コーヒーの最後の一滴を啜り終えると、空き缶をリュックサックのサイドポケットにねじ込み、ジッピィにまたがる。

 ここが今回の旅のゴールだ。

 シュウは、もう一度、朝日を眺めてからジッピィを走らせる。

 次は、なにを見に行こうか

 もう少し早めに動き出して、山の頂上を目指すのもいい。

 次は、なにをしてやろうか

 アクセルを回すと、甲高い金属音を纏ったビイィィという音で応えてくれる。

 煌めく朝日を背に、シュウとジッピィは悠然と帰路に着くのであった。

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