第2章 絶対に見つかるな!

 七木ななきシュウは、平成のはじめ、北海道で牧場を経営する両親の次男として誕生した。

 北海道の牧場といえどもおおかたの方々が想像するような、郊外に広大な敷地を誇るようなものではなく、町の少しはずれにこぢんまりとあるようなものだ。

 高校生である現在は、自宅から自転車で通える場所にある近場の公立校に通っている。

 そしてその高校は残念なことにバイク通学はもちろん、免許の取得であっても校則違反御法度千万なのである。

 さて、ここまでだと七木少年とバイクにはなんら接点がない。

 そんなシュウがバイクに惹かれた理由は3つあった。

 ひとつはこの当時、少女とバイクが旅するとあるライトノベルが流行っており、もれなくシュウもこれを読んで、時折自己投影のような妄想に励んでいたためである。

 この時はあまり声を大にしてライトノベルを愛読していると公言できないご時世だったが、新刊が出るたび、ひとり書店に向けに自転車を走らせていたのだ。

 ふたつめはシュウの兄、リョウの存在である。

 シュウと6歳ほど離れたリョウは、ラッキーストライクと大々的に描かれたのガンマというフルカウルに乗っており、学生時代はシュウとは違い少々ヤンチャな青春を送っていたらしく、今でも時折リョウの武勇伝じみた話を学校で耳にする。

 ガンマこそ触らせてもらえなかったものの、リョウはシュウに優しく、流行りの漫画や雑誌を貸してくれたり、服のコーディネートだったり、髪型や眉毛の整え方を教えてくれた名実共に頼れる兄貴であった。

 そんなリョウの乗るガンマを間近で見てきたシュウは心の底で微かな憧れを抱いていたのだ。

 最後は単純明快にして思春期のさがともいえる。

 それは、ただ単に禁止されているからこそ何故か変な憧れを抱いてしまうというものだ。

 それらの理由を混ぜ合わせた背景と、牧場内でジッピィを走らせたときに抱いた感動を足して2で割らず、若さゆえの衝動の様、シュウはこのジッピィでひとり旅をしてみたいという考えに至った。

 それにボヤボヤしていると、いつジッピィが売りに出されるかわからない。

 裁きを下す母さんは、やる時はホントにやる女なのである。

 シュウは素知らぬ顔をしながら、ひとり作戦を練り、ジッピィとの出会いから1週間後の新月の夜、それを決行することにした。


 深夜2時、丑三つ時とも言われるその時間は、健全な人間であれば深い眠りについている時間帯である。

 そう、作戦とは言いつつやはりこの手段、真夜中の旅である。

 免許を持っていないシュウが公道にジッピィで繰り出そうものなら当然、なんらかの罪を犯すことになるのは承知しているし、これが学校にバレたら良くて停学、最悪退学処分になることももちろん判っている。

 無論、両親に完膚なきまでボコボコにされようことは論を俟たない。

 ではどうするか?

 そう、見つからなければいい。

 実にイージーだ。

 両親が寝静まる真夜中からスタートし、仕事で起き出す早朝5時までに帰ってくればいいのだ。

 そして、公道には出ず、牧場裏の畦道を通って抜け出す。

 厳密に言えば当然、ここも公道にあたるとは思うのだが、ここは家の建物から見ると牛舎が影となり見えない道であり、しかもちょうど夏季ということで、シュウの背丈以上に伸びた草木や夜虫の鳴き声でエンジン音やその身をかき消してくれるのだ。

 さらに、畦道の先につながる林道まで、他のクルマや万が一に巡回しているパトカーなどにも絶対出会さないであろうという考えである。

 また、決行日を新月の夜にしたのは、少しでも暗がりに紛れやすくするためだ。

 月夜の晩の冒険、というのも乙な響きがあるが、ここはロマンではなく、作戦の勝率を取った。

 完璧だ。さて。

「行ってみるか」

 シュウはデニムジャケットを羽織り、事前の用意していたリュックサックと物置に置いてあった古いリョウのヘルメットを手にして、細心の注意を払い、静かに動き出した。

 部屋の電気を消し、静かに自分の部屋を出ると抜き足でそろりそろりと1階に向かう。

 廊下の途中、両親の寝ている部屋の扉からは灯りは漏れておらず、父さんのいびきが聞こえる。

 よし。

 音を立てないよう、気配すら消すように動くも、結構年季が入った我が家だ、普段は気にならない床板の軋む音が、今だけはとんでもなく気になる。

 ギギィ

 うわっ

 ・・・

 ・・よし!

 ガタン

 !

 ・・・・よし

 こんな調子でやっとこさ1階に辿り着く。

 我ながら小心者である。

 誰に似たんだか。

 シュウの家は階段を降りるとすぐに広めのホールになっており、玄関扉が見えるような構造になっている。

 1階まで降り立つと幾分気が楽になった。

 油断せず玄関まで忍び、普段履きのアディダスカントリーではなく、靴箱から、スタンスミスを出してつっかける。

 万が一、両親が起きて玄関を見られた際に普段履きが無いと疑われてしまうからだ。

 スタンスミスの踵に人差し指入れてねじ込み、扉の取手に手をかける。

 その時、2階からなにか物音がした気がした。

 動きを止めて、耳を澄ます。

 ・・いや気のせいじゃない!だれか1階に降りてくる! 

 マズい!

 いま玄関扉を開けると音でバレる。

 中に戻っても階段下でバッタリ行き合う。

 どうする・・!

 玄関ホールの電気が付く。

 降りてきたのは父さんだった。

 眠そうな顔でトイレの方に向かう。

 ・・・!

 こちらを向いた気がしたが・・スルー。

 そのままトイレのある方にフェードアウトしていった。

 ・・・ふう

 シュウはとっさに転がり、家の中から見ると死角となる上り框のところに横になり息を潜めていたのだった。

 バリアフリーの概念は全く無いが、今だけは框が無駄に高い家でホント良かった。

 トイレの扉が閉まる音を聞くと、シュウは素早く起き上がり、軽くジャケットの埃を払いながら玄関の扉を開けて、スルリと外に出た。

 外は晴れ、月の代わりに星がよく見える。

 ほんのり冷気をもった心地よい夜だ。

 シュウはそのまま静かにジッピィが置いてある倉庫に向かった。

「おまたせ」

 シュウはジッピィに声をかけ、サイドスタンドをあげると車体を押して牧場奥の畦道に向かう。

 途中、家の方をチラリと見るが、バレている様子はなさそうだ。

「いこうか」

 畦道に入ったところで、再度ジッピィに声をかけ、エンジンを掛ける。

 ジッピィはそれに応えるように小気味よく唸った。

 ヘルメットを被り、ジッピィにまたがると、まずは深呼吸。

 そしてクラッチレバーを握り込んだまま、少しだけエンジンを吹かす。

 ビィーーー

 ジッピィの排気音は、この夜の冒険を拒む事なく、歓迎しているように聞こえた。

 シュウは、この時だけは年季を感じさせない頼もしさをジッピィから感じた。

 お互い、準備はよろしいようだ。

 ・・・出発、進行!

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