第1章 企み
ジィジィと声を張り上げるエゾゼミの合唱に混じり、何やら外から言い争う声が聞こえる。
俺は開けっ放しの窓に近づき、これでもかというくらいカラッとした夏空をちらり仰ぎ見、少々立て付けの悪い網戸を開けて声のする方に顔を向けた。
争いの元は案の定、父さんと母さんだ。
ふたりは今日も仲良くケンカ中。何やらガラクタのようなものを挟んでヤンヤヤンヤとしていらっしゃる。
俺が網戸を開けた音で気付いたのか、父さんが俺に向かって叫んだ。
「シュウ!ちょっと降りてきて助けてくれよ!」
「なーにが助けてくれよ!?わたしが悪いみたいじゃない!」
俺は小さくため息をつき、かったるい感情を胸に秘め、言われたとおりに外へ向かう。
「あっ!おまえ今ダルいと思っただろ!」
「反抗期ね!お母さん、悲しい!」
なんだ、顔に出てしまってたか
でも反抗期はしょうがないだろ、なにやらそういうふうに人間できてるんだから
外に出ると今日のふたりのケンカの原因がちょこんと鎮座していた。
「なんだこれ?オモチャのバイク?」
「オモチャじゃねえよ。立派にナンバーついてんだろ」
「こんなボロボロのバイク、もう乗れないでしょ?整理整頓!こんなもの、すぐにバイク屋さんに売りに行きましょう!」
自称キレイ好きの母さんはボロに厳しい。
「いやその、そ、そんな・・!」
そして、母さんの打撃に対して父さんは打たれ弱い。
そんな漫才を横目、俺はボロに近づき、しゃがんでそれを眺めた。
ボロは確かにバイクだった。
相応の汚れを纏っているように見えるが、明るめなべっこう色のベースカラーに、ママチャリを彷彿とさせるアップハンドルの付け根には、いやいや俺はバイクだ!と主張しているかのような単眼丸ライトが付いている。
破れて下地が出てしまっているが、デカくて潰れたコッペパンのようなシートの下には、ポップな字体で車種名のようなものが書いてある。
「随分古そうだね。なんてバイクなの?」
「ヤマハのジッピィだな。ホント懐かしいよ。」
「なんだか熱帯魚みたいな名前ね」
それはグッピーだろ
「いいだろシュウ!実はもう少しイジって動かせるようにしたんだ」
「あっ!どおりで随分長いことゴソゴソしていたのね!なんでそんなことしてんの!?どうせ乗らないでしょ!」
「だって可哀想だろ、俺が忘れてたのも悪いけど、ずっと肥料の下敷きなってたんだから・・」
そりゃ可哀想だ
「でも母さん、動かないバイクより動くバイクの方が売るにしても高値がつくでしょ。父さんはナイスプレーをしてくれたんじゃない?」
「シュウ・・!そうさ母さん!俺は良かれと思って・・!」
「はいはい。シュウの言うことは一理あるわね。もう少しキレイにしてあげたら処分ね」
「・・・」
感謝してくれよ父さん、執行猶予がついたんだ
今回俺が父さんに味方したのには理由がある。
「とりあえず動くんだね。跨ってもいいかい?」
そう、今までは少し歳の離れた兄貴が乗っていたけど触らせてもらえなかったり、雑誌テレビの中だけで見ていた遠い存在のバイクが、まさにすぐ目の前にあるのだ。
目の前の憧れは、想像していたより少し小さくて幾分ボロいけど。
俺は父さんから簡単なレクチャーを受けて改めて聞いた。
「兄貴は乗っていたけど、実際にバイクを触るの初めてだよ」
それを聞いて父さんは大口で笑う。
「このジッピィと、お兄ちゃんのガンマとは、キャラも目的も時代も少しばかり違うけどな」
「少し走らせてもいい?牧場の中なら大丈夫でしょ」
間髪入れずに母さんが返す。
「ホントに大丈夫?不良みたいでお母さん心配!」
「母さんは考えすぎだよ。シュウ、車道と牛舎の中には入るんじゃないぞ」
そうこなくっちゃ
恐る恐るエンジンを掛けてみると重低音・・・ではないが、ビィンビィンと確かに動きそうな小気味良い感じの音がする。
そんな軽快な音色の中にキリリリという感じの金属音も混じっているけど、これがデフォルトなのかな?
「芝刈り機みたいな音だね」
「ぬかせよ、こんなに動くだけ奇跡だぜ」
「その奇跡はおいくらになってくれるかしら」
「・・・」
あくまで執行猶予の身。
父さん曰く、このジッピィなるバイクは俺が生まれる20年くらい前に登場したバイクらしい。
そんな化石のようなバイクを今こうして自分が跨っていることになぜだか少し高揚感を覚える。
「メットはここにはないから、気をつけて運転しろよ」
その言葉にグッと右手をサムズアップして応える。
自分で言うのもなんだけど、浮かれている。
左足つま先のペダルをトンと押し込んでニュートラルから1にギアを入れ、左手で握るクラッチレバーを緩めながら、反対の右手のスロットルを回して・・・
「・・・動いた!!」
後輪にジワリと力が繋がった感覚がして、車体が前に繰り出していく。
当然、跨る俺の体もグイグイと前に出ていく。
「エンスト無しかっ!シュウ、バイク乗るのホントに初めてか⁉︎」
「センスだよ、センス!」
動き出した車体は、俺のアクセル操作に合わせてスピードに乗り、乗ってる俺からも、側から見ている方も走ってる感がでてるだろう。
わ、なんだ、楽しいじゃないか。
「シュウー!あんまり調子に乗るんじゃないわよー!」
父さんと並んで見ていた母さんの声が聞こえる。
いやいや、それはできない相談だ。
自分の足で漕ぐ自転車とは違う、原動機付きの乗り物。
自分の思うがままに加減速するジッピィ。
初めての経験だ。
それほど広くはない牧場の中を、何周も走る。
親の顔より見た景色、そんななかでも全然に飽きない。
世界観が変わるってこういうことだろうか?
だとしたら俺も安い男だな。
恥ずかしげもなくニヤニヤしてしまう。
ようやっと気持ちのキリがいいところで帰ってくると、陽が傾きかけていた。
「よう、気に入ったみたいだな」
「シュウが不良の道に進んだみたいでイヤ」
俺が遊んでいる間、散り散り各々仕事をしていた父さん母さんから様々ご意見賜るが、その時、俺は一つ企てごとを考えていた。
なぜか尾崎豊の歌が頭に浮かぶ。
いやいや、俺は別にバイクを盗むわけじゃない。
「なかなか楽しかったよ、空いた時間で俺がキレイに磨いてあげようかな」
「ジッピィも喜ぶぜ」
「せめて牛のエサ代にはなって欲しいわね」
「・・・」
ジッピィ、まだまだ前途多難である。
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