第12話 サンプルシナリオ「領主の指輪」 再びツェッペリンの視点

あとでオスカーのおっさんに謝らなきゃならないことがある。

いつもおっさんのことを内心「トロールみたいだ」と思っていたけど、本物のトロールはもっとデカくて醜悪だった。ゴメン。

と、心の中で考える。実際に謝るのはここを生きて凌げたら、だ。


オスカーのおっさんを中央に、右を寒さで動きの鈍いドラク、左を最初のダメージから回復したツェッペリンが固め、3名でトロールに相対する。

俺は後衛で回復と、突発的なナニカが起きる場合に備える。

松明は2本目に火を点け、まだ燃えている1本目を近くの地面に投げる。これで明かりが増えて洞窟内でも見辛さはだいぶマシになる。

トロールは逃げるつもりはないらしい。っつーか、たぶん俺達を寝床に入ってきた食料だと思っているんじゃないか?よく見たら涎(よだれ)を垂らしてる。キラーウルフや吸血蝙蝠に襲われるのとはまた違うおぞ気が背中を伝い、思わずぶるりと震えが来る。「喰われるかもしれない」という考えは恐怖に直結しているらしい。急いでその考えを頭から追い出す。いまは恐怖は出番じゃない。


前衛3名は上手く連携を取っている。

1名が牽制役になってトロールの注意を惹く。その隙に別の2名が死角から攻撃を試みる。

しかしトロールが強いのか運が悪いのかわからないが、攻撃はなかなか成功しない。

いっぽうでトロールの攻撃も大振りなものが多いせいか、前衛3名は今のところは上手く避けている。

暫くはガマン比べのような攻防が続く。


トロールの攻撃に捉まったのは意外にもドラクだった。

トロールの振り回す棍棒がドラクを吹き飛ばす。急いで近付き、助け起こす。

ドラクは意識はあるが肋骨にダメージを受けていそうな感じだったので、回復薬を渡す。済まん。今日のぶんの回復の奇跡はもう使い切ってるんだ。

俺から回復薬を渡され、ドラクは回復の奇跡が打ち止めだってことを察したようだ。痛みにむせながらも回復薬を口に入れる。

ドラクが回復薬を飲み切り、薬が回り始めるまでの間に棍棒で金属を思いきり叩くような「ガアン!」という音が何度か響く。あ、これは「ような」じゃなかった。トロールの拳骨がオスカーのおっさんのプレートメイルを叩いてひしゃげさせた音だった。

先にツェッペリン、次にドラクの順で攻撃を受けたのを見て、オスカーのおっさんは怒りの本気モードになってる。しかしときどきトロールの棍棒と自分の剣を合わせ力比べを始めてしまい、トロールに力負けして体制を崩されたところを特大の拳骨で殴られていた。

…おっさんもしかして自分より大きなモンスターと戦ったことないのか?


(トロールと力比べするんじゃなく、攻撃を受け流して隙を作るとかするほうが良いんじゃないか?)


そう思って声を掛けようとしたときにツェッペリンが先に口を開く。


「オスカーさん!自分より大きい相手と正面からぶつかっては駄目です。ドラクの戦い方を真似してください。」


…俺、またしゃべり損ねた。

まぁ俺の事は今はいい。

オスカーのおっさんに目を向けると、今のツェッペリンの言葉が聞こえたらしく深呼吸して怒り心頭の状態から少し冷静になったようだった。

その後は半歩・一歩の足さばきでトロールの棍棒や拳骨の軌道から上手く身体を外していく。

凄ぇ。やっぱこの人上手いな。


トロールのスタミナは無限にあるんじゃないかと思えるくらい、トロールは最期まで暴れまわった。しかし後半は徐々にツェッペリンやオスカーのおっさんの攻撃が当たるようになり、最後はオスカーのおっさんがトロールの口に剣を刺し込んで決着した。


戦闘が終わったときは前衛は全員ボロボロで、しばらく誰も口がきけないほど疲れ切っていた。

俺も緊張のせいか疲れてたけどケガはしてないので動ける。全員に食料と水を配る。ダメージのデカいオスカーのおっさんには回復薬も渡す。

前衛組が休息している間に洞窟のこの空間を調べるのは、動ける俺の役目だろう。ぐるりと歩いてまわると地面で何か光るものがあった。

「?」と思って用心深く近付くと、破れたポシェットからはみ出した金貨が松明の明かりを反射していた。ポシェットは死体が着けていた。死体は半分喰われていた。まだ死にたてホヤホヤ(?)なところから察するに、こいつがゲーノだろう。ということは指輪を持っている可能性が高い。探ってみるとポシェットの中から指輪が見つかった。よくわからん紋章も彫られているからたぶんコレだろう。


指輪と金貨を回収して皆のところへ戻ると、話せる程度には一息ついて回復したのだろうオスカーのおっさんが「何か見つかったか?」と訊いてきた。

俺は無言で指輪と金貨を見せる。

それで状況は理解してくれたようだ。


更に少し休息し、全員が歩ける程度に回復したところで砦に戻ることになった。

が、洞窟を出ると深夜だった。

洞窟に入る時が既に午後だったし、集中し過ぎててみんな時間の感覚がおかしくなっていたようだ。

少し回復しているとはいえ今の状態で砦まで歩くのは危険だという話になり、洞窟の入り口で焚火をして朝まで過ごすことになった。

僅かな時間を交代して寝ながら過ごす。

火を焚いたからだろう、幸い獣やモンスターに襲われずに朝を迎えることが出来た。


4名のうち半分以上が満身創痍、慣れない洞窟の探索で神経はすり減り、折角手に入れた鎧はデコボコ、回復薬は使い切り魔法は打ち止め、睡眠も足りず全員目の下にひどいクマがある状態。

でも何だろう。達成感っつーの?これだけボロボロなのに気分は良かった。俺だけじゃなく他の皆も。

依頼された仕事は盗賊を捕まえ指輪を取り返すことだったけど、今回やったことは冒険だった。間違いなく冒険だった。


冒険、悪くないかも。

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