第11話 サンプルシナリオ「領主の指輪」 ツェッペリンの視点
洞窟はウィンデイル砦から徒歩で半日かからない所にあった。
元は天然の洞窟だったようだが、足元は土が敷き詰められ歩きやすくなっており明らかに人の手が加えられていた。
出発前に砦の兵士に訊いたところでは、かつてウィンデイル砦が最前線だった折に予備兵力を隠しておいたり、砦から脱出する際の第一退避場所だったりといった使い方をされていたとのこと。成程。それなりの加工が施されているのはそういう背景があったからか。
一部人口とはいえ暗い洞窟の探検。くー、こういうスリルを味わいたくて冒険者になったんだよ私はっ!
思わずほころんでしまう顔を隠しもせず「じゃあ洞窟入りましょうかっ!」と元気よく声を張ってしまう。
普段と違ってウッキウキの私を見て、ドラクもフローセヒも若干ひいているのがわかる。
ただ一人、普段通りのオスカーさんがいつもと変わらぬ口調で「じゃあ隊列を組もう」と一言。
オスカーさんは元兵士で辺境での国境警備や治安維持をしていたとのこと。そこでは狭い場所へ突入したり、探索することもあったとか。そのような場所では脅威は前からだけとは限らない。全方位へ注意を向けつつ探索もおこなうための隊列を組まざるを得なかったとのこと。
「…。」
オスカーさんに説明を受け、一応はこのメンバの頭脳労働担当を任じている我が身としては軽率であったと恥じ入るばかり。浮かれていた気持ちも一気に冷静に。
臆病になり過ぎてはいけないが、危険に備えないのは愚の骨頂と言える。
話し合いの結果、前衛は探索能力に優れたドラクと戦闘要員のオスカーさん、後衛は私で後方を警戒、前衛と後衛で挟むかたちで回復要員のフローセヒ という構成に。
戦闘力を前衛と後衛に分散させているが、その代わり不意打ちはされにくい。このメンバとしてはベストな隊列ではないだろうか。
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洞窟探索は順調なほうだったと思う。
隠し通路もドラクが難なく発見し、かつての武器庫と思われる部屋ではオスカーさんにぴったりの銘入りの剣も発見できた。
蝙蝠などの獣が襲ってはきたものの脅威というほどではなく、負傷することもなく探索は進む。
唯一の失敗らしき失敗は、地下水が流れているところでドラクが珍しく足を滑らせたことくらいか。
地下水はかなり冷たかったらしく、全身ずぶ濡れとなったドラクは寒さに震えることに。普段は器用な彼女だが、その後は指がかじかんでナイフを取り落とすといった塩梅で、一旦洞窟から出て焚火か何かで暖を取るかこのまま洞窟調査を強行するかを皆で相談しなければならなくなった。
彼女の様子を見る限り、無理をせず一旦引いて暖を取ることが適切だったかもしれない。しかし洞窟のかなり奥まで調査を済ませたつもりでいたことと、もしこの洞窟にゲーノが居なかった場合はすぐに彼を追いかけなければなりないことという2点が迷いを生じさせた。
結局、目的のことを考えるならこのまま洞窟の調査を完遂するほうが良かろうという判断になった。
そしてすぐにこの判断を後悔することになる。
===
ごく一部を除き、洞窟内は外部の光が全く届かない。即ち、人間は洞窟に入る際には何らかの明かりが必須となる。
我々は中列のフローセヒに松明を持たせて探索を行なった。
この松明という物はランタン等の高級品と違い、外気ですぐに炎が揺れる。つまり移動するだけで明かりがちらつく。するとどうなるか。
慣れるまでは、石筍や岩などの影がゆらゆらと動きまるで生き物がそこに居るかのように見えてしまう。警戒しながら探索を続ける我々にとっては必要以上に危険なように見えてしまうのだ。
しかし洞窟探索ではそのような風景が連続する。いつまでも揺れる影に意識を尖らせていたら神経がすり減ってしまう。
すると今度は、人間は無意識のうちに、そのような景色に徐々に慣れてしまう。神経が必要以上にすり減らないように、目から入る情報を選別するようになる。
洞窟の最奥と思われる空間へ入った時の我々は、この「松明で照らされる洞窟の風景」に慣れた状態になっていた。
一行は空間の入口付近にある大き目の岩を時計回りに迂回する。私も後衛として後ろに目を配りつつ皆の後に続く。先頭のドラクとオスカーさんの様子を見る限り、岩の向こうに何か隠れているわけではないようだ。するとゲーノはこの空間の端のほうに隠れているのか?そう思って洞窟の壁に意識を向けて隠れるような場所があるかを探す。その次の瞬間、私の”意識の外”になっていた存在が僅かに音を立てた。
すぐにいま迂回中の岩を見返すと、つい数瞬前まで岩だった筈の”何か”は半分立ち上がっていて巨大な腕を振り回しているところだった。
全身に衝撃を受けて吹き飛ぶ。
おそらく少しだけ気を失っていたと思う。気付いたらオスカーさんとドラクが”何か”と戦っていて、私は少し離れたところでフローセヒの回復の奇跡を受けているところだった。
奮発してパーツメイルを買っておいて良かった。もし鎧を着ていなかったら行動不能になっていただろう。
「ありがとう。」
意識を取り戻したことを気付いて貰うことも兼ねて、フローセヒへ礼を言う。
フローセヒは無言で頷く。
「さっきまで大きな岩だと思っていました。本当はモンスターが蹲(うずくま)っていたのか。二階に届く程の背丈の岩のようなヒト型のモンスター…『トロール』か。」
この言葉にもフローセヒは無言で頷く。
だとすると一撃が重いのも納得だ。だがそれだと今のドラクが前衛に居るのは危険だ。彼女は寒さでかじかんで動きが鈍くなっている。
剣を持って立ち上がりながらフローセヒに伝える。
「私も前に出ます。援護を。」
フローセヒはこの言葉にも無言で頷く。
さて、たぶんこの戦闘が今回の冒険のクライマックスだ。出し惜しみなしだ。
私とフローセヒの攻撃魔法が次々にトロールの頭部に命中する。しかし流石の巨体、まだまだ戦う姿勢を崩さない。
剣を構えてドラクと入れ替わる。
よし、勝負!
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