第9話 サンプルシナリオ「領主の指輪」 フローセヒの視点

ラッカ村の納税は年に一度、収穫した作物をウィンデイル砦へ運ぶ。年貢って奴だ。


村に家畜はいるけど荷車を曳かせることはできないから、人力で運ぶ。

荷車1台につき曳き手が1名、後ろからの押し手が1~2名の計2~3名で1組になる。

去年までは村の男衆で荷車2台を2往復させていたが、今年はオスカーのおっさん、ツェッペリン、ドラクも加わるので1往復で行ける目途が立った。

野宿は避けたいので未明に村を出発し、一日中荷車を押したり曳いたりして砦に到着したのは夕方だった。

近隣の村は野盗やモンスターに襲われるリスクを少しでも減らすため、昼に荷を運ぶことが一般的だ。だからこの時期は砦の受付も夜まで開けてくれている。

今年の納税も無事済んだ。


宿泊所と酒場を兼ねている店で一泊した後、皆で朝食を食べていると、隣のテーブルからフード被ったおっさんに突然話しかけられた。砦の貴族の使いだそうだ。俺達を冒険者と思っているようで仕事を頼みたいと言ってきた。

一緒に呑んでいたラッカ村のモヤンの旦那達はそれを聞くと、自分達だけで荷車を押して村へ帰ると言ってきた。自分達が関わらないほうが良いと判断したんだろう。たしかに危ない話には近付かないことが一番だ。

しかし傭兵稼業のオスカーのおっさんやドラク、魔法戦士のツェッペリンにとっては危ない話こそ飯の種だ。そしてこのメンツには癒し手が居ない。ということは俺が必要ということだ。

かくして4名でこの貴族の使いサマについて行き、砦で一番エライ貴族サマの指輪を取り戻すという仕事を請けることになった。


===

犯行現場の書斎も見せて貰ったが手掛かりらしい手掛かりはなかった。

いや俺達に官憲のような捜査能力はないけどね。

ただ、金貨と指輪という目立ちにくく価値のある物だけを盗んだ手際の良さと選択眼から、それなりに場数を踏んだ盗賊の仕業だろうと見当はついた。

だが地元の住人なら砦の一番偉い貴族サマをわざわざ敵に回す真似をするか?となると、流れの盗賊が金持ってそうな屋敷に忍び込み、盗みを働いたってところじゃないかな。


と、ここまで俺も考えたんだけど、ウチの頭脳労働担当のツェッペリンも同じ考えだったらしく、全部先回りして皆に話すもんだからここまで俺は一言もしゃべっていない。

え?今回も俺しゃべれないの?


===

お屋敷ではこれ以上はわからない。

また流れの盗賊が盗んだなら、砦に閉じ込められるのを恐れて早目に出発するだろうから俺達も急いで追いかけなきゃならない。

ってことで屋敷を出て、散開して情報収集することになった。


だが誰に何て訊けば良い?


指輪が盗まれたことを秘密にしたまま、指輪を盗んだ盗賊の風体と行き先を訊き出さなきゃならない。

先ずは酒場かな?と思い、砦で一番外れのほうにある店に入る。給仕のお姉さんへの質問を考えているうちに少し時間が経ってしまった。


(良し、これで行こう。)


質問する言葉を組み立て終わった丁度その時にツェッペリンとドラクが店に入ってきた。

手掛かりを見つけたそうだ。


これだからコミュ強は。ヒトの努力とかお構いなしだからな。


いや手掛かりが見つかったことは喜ばしいんですけどね。

給仕のお姉さんへの質問を考えたことが無駄になった俺は内心そう独りごちる。

そしてそこまで考えてふと気付く。


もしかして俺、コミュ障?


結局、今回もまだ一言もしゃべってない。

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