第8話 サンプルシナリオ「領主の指輪」 ロット・ウォールの視点

我が敬愛する主人、ウェイラン様の一大事とあれば砦の兵士・各ギルドの関係者を総動員して捜索することも吝(やぶさか)ではない。

しかし斯様(かよう)な事をすれば事態は公となる。

人の口に戸は建てられぬのは世の理、そうなれば王の耳に届くのは時間の問題となろう。

それは断じて避けねばならぬ。

よって秘密裏に捜索・解決することを選択せざるを得ぬ。


という結論に至り、私はフードを被って酒場に足を運んだ。


ここウィンデイル砦はいまだ砦としての役割を担っている城塞都市である。

砦が元となっているため街としては小規模ながら、しかしそれなりに人の出入りがある。

秋の収穫を終えて近隣の村々から年貢を納めに次々に人が来ているので猶更だ。

ならば条件に適う者も居るのでは?と思い見まわしていると、はたして目ぼしい者達はすぐに見つかった。

その者達の隣の丸テーブルに座り、店へはシチューとワインを頼む。

皿が届くまでの間、耳をそばだてていると凡(おおよ)そ次のことが分かった。


彼等はラッカ村から何台かの荷車を押して今年の年貢を届けた者達で、同村の農民と同村に滞在している冒険者の混成グループだった。昨晩は一泊し、これから村へ帰る予定のようだ。


なるほど。ラッカ村は知っている。

ウィンデイル砦の西にある辺境の小村で、どこかへ行くにはこのウィンデイル砦を経由しなければならない。つまり、情報が漏れる可能性は低い。

また冒険者達と村民達の仲の良さを見る限り、それなりに気心が知れているようだ。そのような仲なら、冒険者達は村民が大いに困るようなことは実行を控えるだろう。

条件に適う冒険者をすぐに見つけられた幸運を天空神に感謝しつつ、隣のテーブルへ話しかけることにした。


「失礼。話しかけても宜しいか。」


===

私が貴族の使いであることを仄(ほのめ)めかすとラッカ村の村民達はすぐに察し、荷車は自分達だけで村まで運べると冒険者達へ伝えて早々に立ち去った。

残った冒険者4名のうち3名は油断なくこちらを伺っていたが、仕事の依頼であることと報酬を話すと乗り気になった。


そのままウェイラン様の館まで連れて行き、事情を説明する。


未明にウェイラン様の書斎に賊が侵入した。

今朝、賊の侵入に気付き確認したところ、デスクに置いていた何枚かの金貨と、非常に重要な指輪が1つ紛失していた。

その指輪は、ウェイラン様がウィンデイル砦の領主を拝命した際に王から下賜された特別なもので、王家の紋章が刻印されている。

指輪を紛失したことは極秘のまま、指輪を取り戻して欲しい。


弱みはこちらにある。

聡い者でなくとも気付くだろう。

案の定、ドラクと名乗った女性が明らかに報酬を吊り上げようとしている表情で口を開きかけた。仕方あるまい。口止め料も兼ねてある程度は報酬を上乗せするか。

しかし彼女が声を発する前に、一番身体の大きな戦士風の男が発言した。


「自分は今は一介の傭兵に過ぎず、盗人を捕えることが出来るかはわかりません。しかしウェイラン閣下がお困りとあれば全力を尽くします。他言も致しません。」


おやこの口ぶり、オスカーと名乗ったか、この者は元兵士であったか。

オスカーの宣言に他の3名は異存ないようだ。ドラクという女性も開きかけた口を閉じている。…少々不満そうには見えるが。

状況から察するに、意外なことにこの茫洋として見える大男がリーダーだったようだ。


「事情を酌んでいただき感謝する。宜しく頼む。」


私がそう言うと彼らは頷き、捜索を始めた。


今回の件、依頼相手が彼等だったことは幸いだったかも知れぬ。

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